手形 (テーマ:雪)

 一面に積もった雪の中に、黒い手形が残されていた。私の手と合わせてみると心もち小さいようなので女性か、大きめの子供のものだろう。それにしてもどうやって付けたものか、あまりにも綺麗に、クッキリと印されているのが妙な感じだった。

 悪戯にしては少し奇妙に思えて興味を覚えたが、大の大人が朝っぱらから道端にしゃがみこんでいて不審者扱いされるのも遠慮したかったので、早々に観察を打ち切った。しかしあらためて雪道を歩き始めるとそれぞれサイズは異なれども、あちらこちらに同じようなものが点々と残されているのに気付いた。中にはプロレスラーか相撲取りかと思えるような大きさのものもある。えらく大掛かりな組織的犯行が行われた形跡に感心しながら駅に向かって歩いていると、前方からセーラー服の女子が足を引き摺りながらふらふら歩いてくる。はて、あれはウチの学校の制服ではあるまいか?登校中にしては方向が逆なのだが……などと思っているうちに接近すれば、それは他でもない、私の教え子だった。どこかで滑ったのか、全身水浸しというか泥まみれというかとにかくひどい格好で、髪の毛からポタポタ落ちる泥水が青褪めた顔に灰色の筋を残し、むき出しの膝小僧からは血が滲んでいる。

「おい、どうしたんだ、それ」

 私が声を掛けると、彼女の虚ろだった瞳にふっと、光が戻ったようだった。青白い頬にも紅を差したような血の気が戻ってくる。血流の音が聞こえるような気がするほど劇的な変化だった。

「せんせ、い……先生!」

 泣きながら胸に飛び込んできた彼女の制服は、やはりグッショリと濡れていた。

 携帯で学校に連絡し、授業に遅れる旨を伝えて彼女を自宅へと送る道すがら事情を聞いてみたのだが、その話がなんとも奇妙だった。なんでも一人で信号待ちをしている時に、突然背後からドンッと凄い力で突き飛ばされたらしい。幸運にも車は走ってこなかったが、雪の溶けた車道へとモロに倒れこんで泥まみれになってしまった彼女が慌てて起き上がると、ケラケラ笑う女の声が辺りに響いたという。だが周囲に人影はなく、ただ目の前に浮かんでいた真っ黒な何本かの手がスゥーッと消えていくだけだったそうだ。

 真っ黒な、手?私は彼女の件で忘れかけていた例の手形を思い出した。あれと何か関係があるのだろうか?だとすれば……得体の知れない存在がすぐ近くを徘徊しているようなうそ寒さを背中の辺りに感じ、思わず辺りを見回した私は次の瞬間、足が滑るのも構わずに彼女の手を引いて走り出していた。私達の後をつけるように、無数の手形が路面に出現していたのだ。そして、その彼方に見える雪に覆われた山の斜面には途轍もなく巨大な手形が……

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