仁王さま (テーマ:修学旅行)

 夕食のメインはすき焼きだった。テーブルにつき一個ずつ用意された固形燃料式の小型七輪に火を入れ、さぁ食うぞ!と勢い込んで箸を延ばした瞬間、バンッ! と襖を蹴倒して広間に入ってきたのは仁王だった。金剛力士とも呼ばれる、寺の門を左右で守っているアレの片割れだ。筋骨隆々。身長は三メートルに近いだろうか、高々と結い上げた髷がほとんど天井に届きそうだった。修学旅行生向けのホテル側の余興……なんかじゃないよな。  

 憤怒に煮えたぎった形相(それが素ではあるが)の仁王は、無言のままズシズシと畳を踏み抜きそうな勢いであるテーブルへと向かい、その上にドンッ!と足を置いた。料理と食器が派手にブチ撒けられたテーブルに着いていた三人の男子生徒はといえば、真っ青な顔でただ呆然と、文字通り「仁王立ち」の仁王を見上げている。

 「貴様ら!これに見覚えがあろう!」

 見ると、仁王の踵の辺りに「北中三羽烏、参上!」などとマジックで書いてある。そういえばあの隣のクラスの三人組、今日見学したある古刹の門の辺りで何やらコソコソしていたのを見かけたが……やはりあんな落書きをしていたのか。

 「くだらぬ悪戯をしおって!この無礼の代償は大きいぞ!」

 仁王の足が、三人組の顔面を捉えた。小石でも蹴り飛ばすような軽い動きに見えたはずなのに、絶叫と共にひしゃげた鼻からの鮮血と、折れた前歯が宙を舞った。近くにいた女子の甲高い悲鳴が大広間に響き渡ると、その声を合図に皆が我先にと出口に殺到していく。

 「やかましい!」

 仁王の一喝はそんな騒ぎを一瞬で鎮圧して見せた。怯える一同をギロリと睨み付けた仁王が「おい! 貴様!」と棍棒のような指を突きつけた相手は、他でもないこの僕だった。

 「あいつらの悪戯を見ておったであろうが!何故止めなんだ!」

 ……え~と……そんな事言われても……ねぇ。ほら、僕には関係のないことだし……

 「愚かなり!そのつまらぬ性根を叩きなおしてくれるわ!」

 ゴツイ指で鼻を弾かれ、脳天を貫くガツンという衝撃に仰け反った僕は……耐え難い激痛で目を覚ました。どうやら隣に寝ていた寝相の悪い級友の踵落としをモロに食らったらしく、顔を押さえるとドロリとした鼻血の感触。慌てて洗面所で顔を洗い、鼻にティッシュを詰めていると廊下がやけに騒々しい。何事かと顔を出して見れば幾人かの生徒が救急隊員の手によって担架で運び出されるところだった。聞けば全員同時に突然悲鳴を上げながら飛び起きて、何度も何度も自分で顔面を壁に叩きつけたのだそうだ。 

 ひどい顔面骨折で入院することになったのは、夢で仁王に蹴られたあの三人組だった。

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