縄張り (テーマ:修学旅行)

 漫画や映画ではよく見かけるシーンですが、本当に人間が吹っ飛ぶところを目の当たりにしたのは初めてでした。修学旅行で訪れた京都の新京極というアーケード街で友人と一緒に土産物を見繕っていた時のことです。ガンッ!という何かが衝突したような音に驚いて振り向けば、こちらに向かって学生服姿の男子が吹っ飛んでくるところでした。私達は慌てて店の奥に逃げましたが、その男子は凄まじい勢いで陳列台に激突。新撰組の提灯や阪神タイガースグッズ、京都銘菓の「おたべ」なんかが陳列台の破片と共に飛び散り、店先は竜巻でも吹き荒れたかのような有様に成り果てました。

 「田村君!?」最初に気付いたのは友人でした。そう、彼は隣のクラスの男子だったのです。助け起こしに行こうかと躊躇しているうちに、田村君は獣のような咆哮を上げて立ち上がって店内に入ってきた男子……こちらは見知らぬ顔でしたが、たぶん地元の人です……に飛び掛っていきました。二人は揉み合いながら店から転げ出て、通行人の行き交う繁華街で凄まじい殴り合いを続けています。逃げ出す人、遠巻きに見守る人、携帯で写真を撮る人……反応は様々でしたが、どうやら地元の人と思われる人が平気な顔で通り過ぎて行くのをなんとなく奇妙に思いましたがそれどころではありません。「止めにいかなくちゃ!」と駆け出そうとした私達を「ほっといたらええんよ。すぐに収まるよって」と、店のおばちゃんでにはんなりとした京都弁で制止されました。とは言うものの同級生としてはさすがに放っておくわけにもいかないので、私達は田村君を追ってアーケード街へ出たのですが、そこはまるで地震直後の光景。とても人間によるものとは思えないほど破壊された商店街の惨状に思わず息を飲み、その場に立ち尽くしてしまいました。

 ですが、それよりも私の目を釘付けにしたのは殴り合いながら破壊の限りを尽くす二人を包み込む、半透明の大きな影でした。それは裸で取っ組み合う筋肉質な二人の人間の姿に、いえ、その頭部には鋭い角が屹立していて、まるで伝説の「鬼」そのものに見えます。

 「あんたら、岩手か?あそこにもようけ鬼はんがいてはるみたいやからねぇ。時々ここいらの鬼はんと縄張り争いになるんよ。こないだも岡山の老人会のお爺さんが大暴れしはったしねぇ。あぁ、心配せんでええんよ。ここいらの人はみんな慣れとるし、店は保険に入ってるから。それに、鬼はんに憑かれはった人は大暴れしても大した怪我せぇへんみたいやからねぇ」

 呆然と立ち尽くす私達に、店から顔を出したおばちゃんが声をかけてくれます。目の前の惨状より、獣のように殴りあう男子より、見上げんばかりの大きな鬼より、こんな非常識な事態を前に平然としている京都人の方が、私にはなんだか恐ろしく思えました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る