深夜の逢引 (テーマ:修学旅行)

 修学旅行二日目の午前三時、夜中に部屋を脱け出した僕は彼女との待ち合わせ場所である大浴場前の娯楽室へと向かった。数台のマッサージチェアとくたびれたUFOキャッチャー、それにタバコとドリンクの自動販売機があるだけのささやかなスペースの片隅で、ジャージ姿の彼女は愛らしい笑顔で僕を迎えてくれた。

 僕達は小声で他愛の無い話をいつまでも語り合い、話のネタが尽きると軽いキスを交し合った。互いの手から伝わる心地よい体温が手放し難くて、どうしてもその場から離れることができない僕達はただ無言で抱き合いながら時を過ごしていたのだが、何度目かに二人の唇が触れ合おうとした瞬間、慌てて体を引き離したのは「グウォン、グウォン……」という音が突然聞こえてきたせいだ。見ると、無人のマッサージチェアの背もたれがボコボコと蠢いている。誤作動でも起こしたのか?とりあえずスイッチを切ったものの、そのアクシデントのおかげで興も冷め、また薄明かりに照らされた娯楽室が何とも薄気味悪く思えてきたので、僕達はようやく娯楽室を離れるつもりになった。

 ところが、廊下に出るとまた背後から「グウォン、グウォン……」という動作音が。互いに強張った顔を見合わせてから恐る恐る振り向くと、いつの間にかマッサージチェアに浴衣を着た老人が座っていた。いったい、いつの間に?気配なんて感じなかったはずなのに!老人はしみの浮き出た枯れ木のような手でマッサージチェアのリモコンを掴み、こちらを眺めてニヤーッと厭らしい笑みを浮かべている。人間じゃない!そう直感した僕は立ち尽くす彼女の手を握って夢中で駆け出したのだが、自分の部屋に辿り着いた頃に気付くと僕は一人になっていた。気が動転してよく覚えていないのだが、多分階段の辺りで別れたのだろう。女子と男子の部屋はフロアが別で、互いの行き来は固く禁止されているのだ。

 その後は一睡もできぬままに、震えながら朝を迎えた。ようやく起きだした級友達とともに朝食に向かう途中、ホテル本館への渡り廊下で他の宿泊客とすれ違った僕は思わず「あっ!」と声を上げた。一団の中に、昨夜の老人がいたのだ。あれほど不気味に思えた姿も朝日の中では普通の人。恐らく夜中に風呂に入り、マッサージチェアに座りに行っただけだったのだろう。僕は拍子抜けして、自分の馬鹿さかげんを笑うしかなかった。

 朝食の席で彼女をつかまえ、笑い話のつもりでそんな話をしたら、何故か怪訝な顔をされた。聞けば昨夜はうっかり眠り込んでしまい、娯楽室には行きそびれたというのだ。後で確認すると、朝早くに謝罪のメールが携帯に届いていた。するとあの時、僕が逢っていたのはいったい……そう考えるとどうしても彼女のほうが薄気味の悪い存在に思えて仕方がなくなり、僕達は修学旅行から戻るとほどなくして別れてしまった。

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