アメコミ (テーマ:本)
ほとんど神隠しのようなTさんの失踪は、アメコミファンの間で少なからず話題となった。何しろTさんは同人誌即売会などのイベントには必ずコスプレをして現れるほどの、あるヒーローチームに所属する人気キャラクターの大ファンとして有名な人物なのだ。学生時代にラグビーをやっていたというマッチョな体格はアメコミヒーローに相応しく、細部までこだわった自作コスチュームの完成度の高さと相まって「まるで本物のようだ」とファンの間では高い評価を受けていた。
そんなTさんの大好きなキャラが死んだ。まぁ、死んだキャラクターの復活など日常茶飯事のアメコミなので、読者も「ふ~ん、で、いつ生き返るの?」ぐらいの反応が普通なのだが、その時だけは少し事情が異なった。何しろ、Tさんの理由なき失踪とそのキャラクターの死の時期が、あまりにピッタリと重なりすぎているのだ。彼を知る誰もが「果たして、これは偶然なのか?」と疑念を抱くのも当然だろう。
一応説明しておくと、アメコミとは「アメリカン・コミック」の略称でスーパーマンやスパイダーマンなどのヒーロー物を主流とする、要はアメリカの漫画である。日本でも一時期ブームが到来したことがあったのだが、現在では一部のコアなファンが細々と愛好しているだけのマニアックなジャンルに戻っている。何しろ異常に多いキャラクター、次々と追加される後付け新設定、製作陣が変わるたびにキャラの顔が変わってしまう統一性のない絵、死んだり生き返ったりクローンだったりの複雑怪奇な人間関係など、読者を翻弄しようとしているとしか思えない特徴が山ほどある上に、全文英語なので、新規のファンがなかなか取っ付きにくいジャンルなのだ……もっとも、そこが魅力でもあるのだが。
半年後、Tさんが何事もなかったかのような顔でひょっこり姿を現した事で僕達の疑念は確信に変わった。何しろTさんの帰還は件のキャラクターが作品中で復活し、チームに復帰したのと同時だったのだ。Tさん自身が失踪中の事を一切語ろうとしないので真相は闇の中であるが、キャラクターの死とTさんの失踪の間に何らかの関連があることを疑う者は、もう仲間内には存在しない。
現在、コミックの方では復活した件のキャラの前に本物だと名乗るそっくりさんが登場、チームが混乱に陥るというアメコミにありがちなストーリーが展開されているのだが、僕達はそのストーリーの動向をいつになく注視している。なぜなら、このところ各所で頻発している目撃情報を総合すると、どうしてもTさんが複数存在しているとしか考えられないからだ。
やがて訪れるであろう二人の直接対決、その果てに待つ結末とはいったい……僕達はもう、コミックからも現実からも目が離せない。
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