すりかえ (テーマ:本)
「やられた……」
仕事帰りの電車の中で買ったばかりの文庫本を開いた瞬間、あまりのショックに全身の力が抜けた。ホラー小説を買ったはずなのに、開いた瞬間目に飛び込んできたのは胸ばかり大きな萌え系少女が得体の知れぬ触手に犯されている過激なイラスト。しばし呆然としてしまったが、満員の車内でエロライトノベルの、しかも挿絵のページを開きっぱなしだということに気付いて慌てて本を閉じた。一体どこのどいつだ、カバーのすりかえなどという低レベルなイタズラをする奴は。チラリと視線を上げると、つり革につかまっていた若い女性に視線を逸らされた。なんという屈辱。
仕方がないので、一緒に買ったもう一冊の本を取り出した。こちらは仕事の参考にと思って購入したビジネス書だ。帰りの電車の中で仕事の事など考えたくはないが、無為な時間をただ過ごすよりはマシだろう。パラリと本を開き……またもや慌てて閉じた。まさかこの本のカバーまでもが「イラスト図解 彼女をイカせる性感テクニック」とすりかえられているなんて! 思わずため息が出た。駅前の大型書店の、無数の本の中からこの二冊を引き当ててしまった自分のクジ運が、なんだかとても情けなく思えてきたのだ。しかし……まぁ一時の恥と引き換えに笑い話のネタが一つできたと思えばいいか。幸い、レシートも残してあるので本の方はまた書店で交換してもらえばいいだろう。ただ、目の前の女性の誤解を解くことはできなさそうだが
「ただいま」
家に帰るなり「おかえり~!」と叫びながらドタドタと息子が駆けてきた。クツを脱ぎ、顔を上げた瞬間私はその場に凍りついた。満面の笑みで私を出迎えてくれたのは……
「パパ?」
立ち尽くす私の顔を不思議そうに覗き込んでくる、この子は誰だ? 息子の友達か? だったら、何故私のことをパパと呼ぶ?
「おかえりなさい。どうしたの? あなた……」
子供の後に姿を現したのもやはり、見知らぬ女性だった。いや、この声と物腰は確かに妻のものだ。なのに、どういうわけか外見だけが他の誰かにすりかわっている。一体、この家はどうなってしまったのだ?
「ねぇ、具合悪いの?」
額に当てられた女の手の温もりが、立ち竦む私を現実に引き戻した。姿は変われど、その温もりは何も変わっていない。思わず苦笑が漏れた……なんてことはない、外見が、カバーが変わっているだけじゃないか。
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