第4話

梅鉢


両国橋の袂に回向院は在る。

回向院から二筋入った小店が並ぶ界隈に、花輪に梅の花が鮮やかに白く抜いた日除けを下げている店が、梅鉢だった。

入れ替わり立ち代わり人が出入りしていて、小僧さんも「御出でなさいませ。」「またお越しください。」と気持ちよく声を上げている。

荷物がある程度大きくなると、日除けと同じ柄の小風呂敷で包んでくれるらしく、あのお内儀さんが持っていたのと同じ風呂敷包みを抱えている人が幾人も出て来る。


他の店とちがうのは、出入り口の横に小窓が有って、そこにその日売り出しの生菓子などが飾られているところだ。


格子の先に小さな床の間があるような設えで奥の壁が障子になっているので店の中は見えない。

気兼ねなく今日はどんな菓子があるのかを外から確認してから店に入れる工夫の様だ。


花が飾られ、季節の菓子が並び品書きには値段も書いてある。

庶民には中々口に入らない茶菓子も、「おひとつからどうぞ」と添え書きがあるので、小遣いを貯めて商家の娘などが、琴や三味線の習い事の帰りに立ち寄る姿も見受けられる。


その小窓を見つめて動かなくなったおよねの袖を稲が引きながら、小さな声で「やだよ姉ちゃん。皆んなが見てるじゃないか、とりあえずあっちへ行こうよ」何度もに言うが、およねはその声さえ耳に入っていない様だ。

其処へ通りかかったのが心太だ。


心太の小さな頃およねと同じ吉平長屋に住んでいた。その時およねにご飯を食べさせてもらったり、およねの子供達とよく遊んだ仲なのだ。


立ち止まる二人を何だ何だと往来する者たちが見て行くので、人の流れが二人を回る様にゆっくりになり、いつのまにか物見高い江戸っ子達が集まって半円を描き始めた。

およねが立ち竦むみ隣にオロオロと困り果てたお稲を、心太が見つけてお稲とおよねの目線の先に梅鉢の小窓があることを見て取ると、ひとつ頷いて、

「おばさん、お待たせいたしやした。」と大きな声で呼ばわると二人を無理やり路地の方へ引っ張って行く。

野次馬達はなぁんだつまらぬとさっさと円を解いて、元の街景色に戻っていった。


「おばさん、しんたです。おみよぼうと辰ちゃんとよく遊ばしてもらった、しんたです。どうしたんですかこんな所で。」

すると、お稲はほうと息を吐くと、「あら心坊こんな所で、大きくなったねぇ元気だったかい。」と時折姉の所で子供達を遊ばせていたお稲は、心太をすぐに思い出した。懐かしむのもそこそこに、

「姉さんが、ここの辻に来てあの店を見たらぱたりと動かなくなっちまってさぁ。何が何だかさっぱりあたしににゃ分からないのさ」と首を振りながらもざっとお内儀と落雁の話を心太にした。

およねがまだ見つめている小窓を心太はもう一度チラリと見てから「ちょっと待ってておくんなさいよ。」と、たったっと走って梅鉢へ入って行ってしまった。

お稲は、更に眉毛を八の字にして、困った困ったと飛んだことになったとおよねの袖を引き帰ろうと言っていると、路地の奥の裏木戸がぎぎっと開いて、ひょいと心太が顔を出して手招きをしている。

お稲は、何だかへたり込みそうになりながら、「姉ちゃんどうしよう」と問いかけていた。



季節の花と苔に松が調和して小体な庭は、心を和ませる佇まいだった。

お上がり下さいと勧める女将に、こんななりですからと遠慮をした二人を、「では、こちらへ」と庭を眺める縁側に座らせた。茶菓子と茶を出してくれている梅鉢の女将お鶴は、お稲と同じ歳くらいだろうか。肌に艶がありきりっとした眼差しは、繁盛している店を切り盛りする自信のようなものが現れていた。


心太が口火を切って、自分と梅鉢は和尚様の御使いでよく訪ねている事や、およね達とは古い馴染みだという話をざっと語った。

「まぁ、遠慮なさらずどうぞ」ともう一度茶を勧めながらお鶴は、「それであの人形を見たんですね。」と心太から先に訳を聞いていたのか話を促す。

およねは、口を開きかけたが声にならずこくんと頷いた。


ふぅと大きなため息を一つした女将が、ささっと周りを見てから気持ちおよね達の方に顔を寄せると、小声で「ここだけの話だと約束してくれますか。」と言うではないか。

何か怖い話でも始まるのかと、お稲は尻をずずっとおよねに寄せて、手まで握った。

それに驚いておよねは、

「なんだい」

とやっと声を出して手を振り解く。

心太がぷっと吹き出して、口を覆ってから、

「お願い出来やすよね」

と念を押したので、およね達は、「ええ。」

と首を縦に振ったのだ。

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