第18話 平和に生活しています。
異世界からこちらの世界に帰ってきて引越しをして、と慌ただしい一週間だったけど、すぐお盆休みに入ったので今はのんびりと過ごしている。
寛ちゃんは毎日双子の頭をなでてから出かけていく。行きたくないと呟きながら。
でも、若手の医師は当直勤務があるし毎日がハードなので、食事と日常の生活の面倒をみてもらえるのは、すごく楽だと言っている。
それに……深雪さんに会う時間をわざわざ作らなくても、毎日会えるので幸せそう。
良かったね、寛ちゃん。
それと寛ちゃん、従兄弟だったけど結婚を機に深雪さんと一緒にうちの両親と養子縁組をした。つまり、寛ちゃんは私と義理の兄弟になったわけだけど、もともと兄弟みたいだったから特に変わりはない。お兄さんとお姉さんができたわけで……でもいまさら、寛ちゃんという呼び名を変えるのは難しい。ので、このままということになった。深雪さんは皆からみゆちゃんと呼ばれている。名前を呼ばれるとニコッと笑うのが可愛い。
そしてあちらの異世界だけど、実は私、ここのところ夜になると毎日、出かけている。
あちらの世界の 1年ごとに精霊たちに再会しているわけだけど、皆たいして見かけが変わらないのであまり離れている感じはしない。
カミィと桐ちゃんも連れていくけど……二人はすごく可愛がられている。カミィを精霊の国で大人にすることもできるのだけど、なんだかとても幸せそうな顔で赤ちゃんをしているので、そのまま……にしてる。
でも、カミィは一日一回、こちらの世界では一年に一回、桜の木の下で踊っている。幻だけど。
最初は本人が踊るようにするはずだったけど、それも慌ただしいし幻をコピーして映すことにした。桜の舞いを踊りそのまま桜吹雪のなか消えていくようにして。
そして、あの桜の舞はとても美しかったから忘れてほしくないので、カミィの無意識下に残しておく為に時々、夢うつつに踊ってもらう事にした。
時々リヨンとその様子を見にいくけど幻想的でとても美しい。あれは芸術だと思う。
カミィをはじめて見た時はとても哀しい踊りだったけど、今は抑えても溢れてくる静かな喜び……が踊りからこぼれてきて、なぜか涙をさそう。
ある程度大きくなったら現実世界でも踊ってもらうのもいいかなと思う。
ケルベロスのナキンも木のかげからじっとカミィの踊りを眺めている。どうやらカミィの踊りを見るのを楽しみにしているみたい。私が来ると尻尾をふりながら寄ってきて甘えた声を出すけど、相変わらず怖い顔をしている。
シバーン大陸をさまよう地獄の入口が桜の木の横に固定され、さらに番犬であるナキンもいるのでこれ以上世界に悪い影響をもたらす事はない? と思う。精霊の国と地獄の関わりはよくわからない。いずれ言い伝えの書がでてきたら解るかもしれない。
今夜も暇なので精霊たちの顔を見にいこう。
「ごきげんよう」
「姫さま、いらっしゃいませ。お変わりなく」
最長老のリヨンが私の顔を見て嬉しそうにしてくれる。他の精霊たちの顔もパッと明るくなるのが嬉しい。
「ありがとう。まだ、向こうの世界では少ししか経っていないから、対して変化はないのだと思います。それでも少しずつ年月が過ぎて、そのうち老けたと言われるかもしれません」
「姫さまも年齢を止められますのに……」
「えっ、それはホントに?」
「えぇ、精霊女王さまですから」
「願うだけでいいのかしら?」
「もちろんです」
うーん、今は美魔女とかあるし、ちょっと反則のような気もするけれど……お肌の事も考えてしばらく年齢を止めることにしようかな。
あまりに変わらないと変だし、老化の速度をものすごーく、ゆっくりにするのもいいかもしれない……いいよね。見た目の年齢って個人差が大きいし、少しくらいわからない、と思う。
「姫さまは、恋人はいらっしゃらないのですか?」
長老のクリンがにこにこと聞いてきた。これは恋人ができた?
「クリン、恋人ができたのですか?」
「どうしてわかるのですか?」
そんな顔していたら誰でもわかるよ。幸せそうで何より。
「お顔がとても幸せそうですよ」
「そうですか~」
それから、しばらくクリンのお惚気を聞かされた。お相手は長老の中の一人で、ある日突然二人して恋に目覚めたそうだ。
「姫さまでしたら、引く手あまたですね」
「色々選んでいらっしゃるのだ」
「お相手はどんな方だろう」
「ぜひ、紹介してくださいね」
等々言っている精霊たちに
「まだまだ、お仕事が楽しいので恋愛は考えていないのです」
と言ったら、「さすが姫さま」と感心されたので早々に引き上げてきた。本当は、言うに言われぬ理由がある。
私に彼氏ができない本当の理由は……コビト。
実は気になっていた人がいて、高校の時にはグループ交際みたいな感じで遊んだりしていた。彼は遠方の大学に行ったので、夏休みに会ってお互いに気持ちがあるようなら付き合ってみない? という話をしていた。
遠距離恋愛の大変さは聞いていたし……どうかなぁ~とは思っていたんだけど。一緒に居て楽しいし、友達から始まる恋があってもいいかな、なんて夏休みに会うのを楽しみにしていた。
彼に会う前に100年間も異世界トリップしてしまったけど、帰ってきてなんとか日常生活に慣れ、心のリハビリをしつつ会う約束をした。
遊びにいったテーマパークから帰る時、彼は私に「ぜひ付き合ってください」と言ってくれた。
私も恋とか愛とか強い感情ではないけど穏やかな好意を持っていたので、付き合ってみたいかな~と思ったのだけど、彼に付いているコビトが彼を蹴った。
それはもう、すごい勢いで顔面に膝キックをくらわし、横っ面を拳でなぐり……もう、びっくりした。彼はコビトが視えてないはずだけど何だか勢いをなくして
「いや、俺が付き合ってくれなんて恐れ多い……、すみません、俺ではつりあわない……ごめん、何言っているのかわからない……とにかく、でも君にはもっとふさわしい人がいる……と思います」
とブツブツ言うとなんだかフラフラしながらこちらへ一礼し、そのまま去っていってしまった。私を置いて……。
彼のコビトは最敬礼で頭を下げたまま……。
私の最初のお付き合いのチャンスはコビトのせいで儚く消えてしまったのだった。
その後、大学でも好意を寄せてくれているなぁ~と思われる人が告白しようとすると、その人に付いているコビトが全力で邪魔をする。蹴ったりなぐったりして……。
人にコビトは視えないはずだし、肉体的なダメージはないみたいだけど、何となくコビトに殴られると落ち込んでいくのが不思議。
会社に入ってからも同じで……、おかげ様で私はいまだに彼氏ができない。実のところ、コビトたちは皆ほとんど私に好意を持ってくれているように視える。でも、お付き合いはダメらしい。カミィではないけど、どこかに私の運命のお相手いないかしら?
ところで、寛ちゃんのお嫁さんの深雪さんは、我が家が広いことをいかして自宅で保育所をはじめることになった。実家は昔からの土地持ちで家も庭も広いので、別棟で保育ルームを作ってそこで近隣の乳幼児を預かるようにするそうだ。うちの実家は裏庭から里山が続いているので子供の遊び場には持ってこいなのだ。
カミィと桐ちゃんのお友達もできるし、普通の子供たちの行動も参考になるかなという思惑もある。母も知り合いの弁護士事務所でパートとして働いていたけど、保育園の手伝いをすることになってお手伝いなのに園長先生になってしまった。
来年、保育士の試験を受けるけど、ピアノが弾けるので実技も大丈夫といっている。試みたいと言っていた教育法も取り入れるつもりみたいで楽しそうだ。
今年の夏は短い間に色々な事があった。過ぎてしまえばあっという間のできごとだったが、このまま平穏な日々が続けばいいなと思う。
精霊の言い伝えの『来るべき災厄』の内容がわからないのは不安だけど、災厄が来る前には必ず予兆があると精霊の最長老リヨンが断言していたから、まだしばらくは平和が続くと思う。
何事もなるようにしかならないのだから、今から心配しても仕方がない。とりあえず何がおこっても対処できるように桐ちゃんとカミィを鍛えておかなくては。
寛ちゃんがすごく張り切っているから0歳からはじまる教育計画を頑張りたいと思っている。
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