第16話 事情説明と偽装工作 1

さて、地下鉄の駅……周りの人々は驚いている。そうよね、突然光に包まれたかと思うと人が一瞬、消えて、また現れたのだから……。


「きーちゃん……」

 あー、菜っちゃんの焦ったような声が聞こえる。突き落とされて光に包まれて……普通の人なら混乱すると思う。階段を駆け下りて私に手を差し出しながら、


「きーちゃん、大丈夫? ケガは?」

 と聞きながらまじまじと私を見ている。光の粒も辺りを漂っているし。


「大丈夫だよ。ありがとう」

「真紀さん、だよね。突き落としたの?」


 菜っちゃんは私の手を握りしめながら階段の上を睨んだ。


  真紀さんはボーッとした顔でこちらを見ている。私の側にいた渡会君がスーッと真紀さんの所にいくと、手をひいて私たちの前に連れてきた。


「ほら、なにかいう事あるだろう」

「ごめんなさい」


 真紀さんはおびえたような顔をすると、つぶやくように謝った。真紀さんの上のコビトは頭の上でペコペコ頭を下げている。

  渡会君のコビトは彼の頭の上で仁王立ちをして真紀さんを見ていた。

 

  周りの人はしばらく此方を見ていたけど、そのまま少しずつ動き出した。不思議そうにこちらを見たり首をふっていたりする人もいたけど、ありえない出来事に遭遇するとなかったこと、見なかった事にする人も多い。週末の金曜日はみんな疲れているし……。スマホを操作している人もいたけど、写す暇もなかったと思う。


  ちなみに皆さんのコビトは踊っていた。こちらを向いてドドンパでお揃いの踊り。時々コビトがお揃いで踊りだすのはなぜなの? 宙に浮いているカミィがドドンパにあわせて体を揺らしている。音楽、聞こえてないはずだしドドンパも知らないよね。


「怪我もしていませんし、謝ってもらったからいいですよ」

「でも、きーちゃん」

「大丈夫、菜っちゃん。でも、念のため今日はもう帰るね」

「それはいいけど。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって! どうせ今日は実家に帰る予定だったし……」

「そうか。ひとりじゃないなら安心だね。送っていくよ」

「大丈夫だよ。駅まで迎えにきてもらうし……」

「あの、ひょっとして寛さんも帰ってきているの?」

「そうそ。ちょっと早めの夏休みらしいよ。彼女には明日会いにいくのですって」

「えー、寛さん彼女いるの?」

「言ってなかった?」

「うん。今度、折をみて紹介してもらおうと思っていたのに……」


  菜っちゃん、みるからに萎れてしまった……ごめんね、気がつかなくて。寛さんというのは父の弟の子供でつまり従兄弟。28歳だけどクールな雰囲気のイケメンです。


「とにかく、そういうことで。ごめんね、菜っちゃん、心配かけて。」

「ううん。ところで、気のせいかもしれないのだけど……なんだか一瞬、きーちゃんとその男の子が光に包まれたような気がしたの……で、消えて、また現れて……」

「うん」

「ごめん、そんなことないよね。私も疲れているのかもしれない……」


「菜っちゃん……」

 どうしよう、なんといえばいいのかなぁという私の沈黙を菜っちゃんは別の意味に取ったみたいで


「最近、コンタクトの調子が悪いみたいなの。明日休みだしちょっと病院いってくるね」

「き、気を付けてね」

「ありがとう」


 菜っちゃんは微妙な顔をしつつ真紀さんのほうを振り向くと


「真紀さん、やっていい事といけない事があるでしょ! これは、りっぱな傷害事件だよ」

 強い口調で言った。でも


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 小さくなって何度もつぶやく真紀さんに毒気を抜かれたみたいで

「どうする?」

 と私に聞いてきた。


「うん、だから何ともないし、真紀さんも色々あってちょっと精神的に混乱しちゃたんだよ。ほら、反省しているみたいだし……」

「まぁ、確かに」


 みるからに小さくなった真紀さんは、まだ「ごめんなさい」と呟いている。


「ねぇ、彼女大丈夫かしら?」


「俺が送っていきます」

 渡会君が声をかけてきた。


「えぇ! あなたは?」

「通りすがりの高校生です」

「え!」


「ごめんなさい。たまたま近くにいただけなのに巻き込んでしまって」

 私が知らない顔で渡会君にそういうと


「大丈夫です。では、失礼します」

 渡会君と渡会君のコビトは一礼をして真紀さんの手をひき立ち去って行った。


「ねぇ、あの子、さわやかだったけど……大丈夫かしら? 知り合い?」

「大丈夫だよ。さぁ、私たちも帰ろう!」

「そうだね。ほんとうに大丈夫?」

「うん!」

「何かあったら電話してね」


 なんとか地下鉄の関門を乗り越えた。まだ、こちらを見ている人はスルーして後は実家に一直線。

  菜っちゃんと手を振って別れた後、上をみるとカミィが胡坐をかいたままプカプカと空中に浮かんでいた。足の間に桐ちゃんを抱えて何となく楽しそう。

  人々に付いているコビトを見て体を揺らしていたから一緒に踊っているつもりなのかもしれない。つまり、こちらの世界にきた精霊には踊るコビトが視えるという事。手で合図をするとそのままプカプカと浮いたままついてきた。紐のついていない風船を持って歩いている気分。


  電車を乗り継いで実家のある駅に着いた。そのまま歩いていく。飲みにいかなかったので時間的にもまだ早いし、人通りも多いし駅から10分ほどなのでちょうどいい距離。家に電話しよう。


「はい、乙女小路です」

 あれ、寛ちゃんが出た。


「桔梗です。もうすぐ、お家につきます」

「今日、飲んでくるんじゃなかったの?」

「うん、その予定だったけど……ちょっと色々あって……相談にのってくれると嬉しいな」

「ああ、いいよ。途中まで迎えにいくよ」

「いいよ。近いし」

「だ~め。女の子なんだから」


  そういうと寛ちゃんは電話を切ってしまった。そのまま迎えに来てくれるつもりかな。そんなに遠いわけでもないのに親切。

  寛ちゃんは小さい時に両親が交通事故で亡くなって、お母さんのお姉さんに引き取られた。

  そこでひどい目にあって乙女小路の家に逃げてきた。それからずっと一緒に暮らしていたから、従兄弟といっても兄弟みたいなものかな。

  今から家に帰って色々説明するのは……長くなりそう。


「久しぶり」

「元気だったか?」


  寛ちゃんは私の顔を見ると、にっこり笑ってぽんと軽く頭を撫でた。私たちの頭の上ではカミィと桐ちゃんがプカプカ浮いている。寛ちゃんには全く見えていないようだ。


「元気だよ~」

「うーん」

「何?」

「特に悩んでいるようには見えないから相談って何かな、と思って」

「えーとね、とんでも事件なの」

「ふむふむ、で何なんだ?」

「うーん、ちょっと長くなるからお家で話すね」


  私と寛ちゃんは軽い世間話をしながら家まで歩いた。寛ちゃんは後期研修医で、今は大学の医局に所属して大学病院で働いている。

  若手の研修医はとんでもなく忙しいけど、その医局では夏休みはきちんと交代で取ることになっている。ので、我が家にたまに帰ってくる。

 さて、実家についた。


「ただいま~」

「お帰り」


 我が家はかなり広い家に母と弟が二人で暮らしている。父は海外でお仕事中。


「ご飯、食べるでしょう?」


 母が声をかけてきた。食後のほうが話はしやすいけど、その前に話をしないと食いしん坊カミィのメンタルが心配。


「うん、ちょっとその前に大事な相談があるの。いいかな」

「ご飯食べながらじゃだめなの?」

「お茶のほうがいいと思う。なるべく手短にすませるから」


 ということで居間に全員が集まった。母と弟と寛ちゃんと私、と見えてないけどカミィと桐ちゃん。


「実はね私、異世界に行ってきたの」


「フゥー」

 弟があきれたようにため息をついた。


「それは……大変だったな」

「そうね……」


 寛ちゃんと母も微妙な顔をして肯いた。

 この、いたたまれない空気どうしよう。


「それで、精霊のカミィと桐ちゃんを紹介するね。カミィ、桐ちゃんといっしょに出てきてくれる?」

 カミィと桐ちゃんが空中に姿をあらわすと


「ふぇー」

「うそ! だろ」

「なにこの美形!」


 皆、びっくりしている。それは驚くよね。


「カミィと申します。」


  カミィがにっこりと挨拶すると母がジーッと目を見開いてカミィを見つめた。カミィ、中身はどうあれ外見は絶世の美女ならず絶世の美形なのでこの反応も解るけど……。


「お母さん!」

「あ、ぁそうね。えーと、今晩は。ええ!! この子、きーちゃんにそっくりじゃないの!」


 私の声に母がカミィから目をはずし、桐ちゃんをチラっとみて驚いたように声をあげた。


「あ、ほんとだ」

「いつの間に子ども産んだの?」

「そっくりだ」

「うわぁ、うり二つだなぁ。大きさは違うけど大と小、いや……極小か」

「もう! みんな落ち着いて!」

「いや、だってきーちゃんの子供? なのか?」


 みんなが桐ちゃんと私を何度も見比べている。それはまぁ、こんなに似ていたら私が産んだと思われても仕方がないのかもしれない。


「私が産んだわけではないけど、この子は私の一部なの」

「クローンみたいなものか?」

「私の一部に別の魂が入った精霊……かなぁ」


  その後、カミィが宝玉を落として云々あたりは省略して、本来宝玉から精霊女王として生まれるはずだった私が、世界の狭間からこちらの世界に魂と宝玉の大部分と一緒にきてしまい人間として生まれた事、宝玉の欠片としてあちらの世界に散らばっていたらしい桐ちゃんが、私があちらの世界に行った事がきっかけとなって宝玉の形となり私の手のひらで孵化して赤ちゃんになった事、私と桐ちゃんは一緒にいなくてはと感じる事などを話した。


  そして、あちらの世界とこちらの世界が何かしら繋がっているらしい事と、精霊の言い伝え『来るべき災厄の時、世界と人々は宝玉の乙女に救われる』『宝玉の乙女がすべてを許し、最後の審判がおこなわれる』を伝えると


「ハルマゲドンか……」

「来るべき災厄……、宝玉の乙女」

「なんだか……、なんだか……どうしましょう」


 皆して頭を抱えてしまった。雰囲気も暗い。


「とにかく、この世界かあちらの世界かわからないけど救われるのだから大丈夫!」

 私が大きな声を出すと


「そうか、救われるのか」

「助かるのね」

「良かった……」


 なんだか、世界の終りがやってくるかもと思ってしまったみたい。それは、恐いよね。


「でも、そうなると」

「この赤ちゃん……桐ちゃんか……大切に育てなくてはいけないよな」

「世界の為に?」

「でも、こんな小さな赤ちゃんに……」

「女の子なのに」

「なんとか、ならないのかしら?」

「みんなで助けられるといいな」

「そうだよ」


「あの、私も及ばずながらお手伝いできればと思います」

 カミィが控えめに声をだした。そうしていると本当に楚々とした美人。


「この精霊、カミィさんは? どうするんだ?」

「こんな美形が歩いていたら皆、ついてくるわよ」

「男? だよな……でも、女といわれれば……」


 カミィの説明にまた時間を取られてしまった。

 カミィって顔だけ見れば本当に美人だから……。

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