第15話 宝玉の赤ちゃんと現実世界への帰還

そんなに離れていたわけでもないのに精霊の国に帰ってくると懐かしい気持ちがする。ゲスターチ帝国へ行ったのは短い期間だったのに、本当に色々な事があったと思う。


  しばらくぶりに会う宝玉の赤ちゃんは元気にニコニコとしていた。いい子で機嫌よくすごしていたようだ。さて、この宝玉の赤ちゃんの名前を考えなくてはいけない。向こうの世界に連れて行くから乙女小路……私の名前が桔梗なので百合、桜、蓮華、すみれ、桐……乙女小路桐、うん、桐。何となくだけどこの名前がいいような気がする。


  精霊たちや渡会君と午後のお茶をしながら桐という名前にした事を話すと

「キリストからとったのですか?」

 と渡会君が言ったのでビックリした。


「違いますよ。なんとなく浮かんだ名前なのです。桐の花で桐花としようかなと思ったけど、一文字のほうがいいような気がして」

「そうですか。では、きーちゃんですね」

「いえいえ、私がきーちゃんと呼ばれているので桐ちゃんでお願いします」

「桐ちゃん」

「桐さま」

「キリンちゃん」


  精霊たちの中から声があがる。誰? キリンって。でも、キリンちゃんと言うのは、可愛いかもしれない。希林、麒麟……でも、やっぱり桐がいい。宝玉の赤ちゃん改め桐ちゃんは、プカプカ浮かぶ籐カゴに入って私の側で気持ちよさそうに寝ている。


「渡会君には随分お待たせしてしまいましたが、明日には帰れるかなと思います」

「帰る位置は前の場所なのですか?」

「そうですね。地下鉄の駅です」

「どういう風に見えるのでしょう?」

「突然、金色の光に包まれてパっと消えたかと思うとまた、すぐに現れたように見えると思います」

「その時服装がかわっていると変ですよね」

「制服をきておみやげはカバンの中に入れておくといいと思います。」

「あ、あの乙女さん、赤ちゃんが突然あらわれると驚かれませんか? それと……カミィさん、付いてくるのでしょうか?」

「うーん。そうですね。実は私、魔法がつかえるのです」

「それは、知っていますけど……」

「あちらの世界でも使えるのです」

「えっ、前からですか?」

「5年前、異世界から帰ってきたら使えるようになりました。ですので、桐ちゃんには遮蔽の魔法をかけて、宙に浮かして連れて行こうと思っています。」


「宝玉さま、我もお供させてください。どうぞ、どうぞお願いいたします」

 カミィがすがるような顔をして訴えてくる。


「えぇ、乳母ではなく、お世話係という事でついてきてください」

「大丈夫なのですか? カミィさん、すごく目立ちますよ」

「カミィにも遮蔽の魔法をかけて、桐ちゃんと一緒に宙に浮いてもらいます」

「カミィ、勝手にウロウロしたりせず、何をするにも必ず私の許可をとってくださいね」

「もちろんです。もちろんです、宝玉さま」


 カミィは、泣きそうになっていた。置いて行かれるかもと内心不安だったのかな。


「姫さま、その、大丈夫ですか?」

 リヨンが心配そうだ。


「赤ちゃんならまだしも、大人の男性が突然出入りするというのは、その、問題ありませんか?」

 渡会君も心配そうな顔をしている。


「見た目が大人というのは……」

「子供ならまだしも」

「両性は子供ではないか」

「見かけも子供になってしまえばいいのかもしれません」

「いっそ、赤ちゃんとか……」

「それは、いい考えかもしれない」


 精霊たちが色々と議論している。昔は人と関わらなかったので素朴な皆様だったけど、人間社会から小説や物語が入ってきたり、基本的に善人でも人である以上色々あるので、その辺の情報を得て精霊たちの認識も変わってきたように思う。


「えぇ、子供になりましょう」

 カミィは子供になるつもりみたい。それならば、いっそのこと……、


「カミィ」

「はい」

「あなたは、桐ちゃんのお世話係ですね」

「はい。……はい、そうです」

「私が側にいられない時もずっと桐ちゃんのそばに付いていてほしいのです」

「はい、もちろんです。宝玉さま」

「桐ちゃんの双子の赤ちゃんになってもらえますか?」

「えっ」

「えぇー」


「赤ちゃんからやり直し? ですか」

 リヨンが驚いたようにカミィを見た。


「いつでもいっしょにいる為には、子供よりはいっそ同時に生まれた双子、という事にしておけばいいのかなと思うのです。戸籍の問題もありますから、その辺は帰ってから家族に相談する事にして……」

「ご家族に説明……大変ではないですか?」

「その点もカミィがいると説明しやすいかなと思いますし、普段は赤ちゃんとしていっしょに行動してもらい、人目のないところでは保護者になってもらうと安心だと思うのです。ただ、カミィがいやでしたら……」


「いえ、いえ宝玉さま、人間の人生を経験できるなんて、そんな楽しそうな……いえ、赤ちゃんでありながらいざという時は守り人としてお仕えしている方を守る!! すばらしいです。世を忍ぶ仮の姿というのは、やってみたかったことです」


 カミィ、すごく目が輝いている。ちょっと、心配だけど……カミィがいると魔法陣の心配もいらないし何とかなると思う。それに、精霊の側に置いておくより私の側の方が安心なような気がする。放っておくと何かしでかしそうで。赤ちゃんから育てなおしていい子にしよう、なんてちょっと思ったりして。いや、いい子、いい精霊ではあると思うけど、ね。


  そして、その後の話し合いであちらへ帰るのは一週間後という事になった。

 渡会君、この一週間で遅れてしまった勉強を頑張りたいそうだ。むしろ、時間的には余分に勉強できてありがたいと言っていた。

  カミィは精霊たちから分化して変身したほうがいいと言われていたけど……頑固に自分の意志を貫いた。つまり両性のまま変身したけど、見事に男の赤ちゃんに生まれ変わった。


  桐ちゃんとカミィの二人の赤ちゃんが並んでいるのは、とっても可愛い。カミィは絹のような長い黒髪に深い湖のような青い目をして、とても顔立ちが整った美形だけど赤ちゃんになると……髪は短く目も黒くしたけど美しい。

  でもなんとなく持っている雰囲気が二人は似ている。これはカミィがずっと宝玉の欠片を持っていたせいかも。

  桐ちゃんは私にそっくり。カミィは私に似ていないのに桐ちゃんに何となく似ている。ちょっとカミィの顔と体をふっくらさせてみた。うん、これなら美形が前ほど目立たない。これからは少し太めのカミィ、でいいかもしれない。


  名前は乙女小路カミィ、カミイ……守唯……乙女小路 守唯

 ……完全に当て字だけど最近は当て字を使った名前も多いみたいなのでいいかな。

 問題は戸籍だけど……とりあえず帰ってから何とかできたら、できると、いいなぁと思う。


  今日はあちらの世界へ帰る日。

  渡会君は高校の制服を身に着けカミィは大人の姿で桐ちゃんを抱いている。桐ちゃんとカミィのベビーベッドや赤ちゃんに必要なものは結界にいれてカミィが持っている。渡会君のコビトも渡会君の頭の上に座っているし、後は真紀さんがくるのを待つだけ。


  真紀さんは……一週間ほど小鳥でいたせいか人間に戻った時はすっかり大人しくなっていた。亀さんの事については本当に誤解で、取引先から人事へと情報がもたらされた事と給湯室でもかなり前から噂になっていた事を丁寧に話した。

  そして、ゲスターチ帝国の召喚と常識は間違っていることを教え、召喚陣で帰った時には時間差がないし私の怪我も治っているのでお互いに気にしない事にしましょうと伝えた。

  真紀さん、ちょっと前まではすぐ喚いて人の話を聞けない状態だったけど、話をしている時は気が抜けた感じでボーっとしていたし大人しく肯いていた。


  真紀さんのコビトも最初は真紀さんから少し離れて体育座りをしていたけど、今では彼女の頭の上に浮かんでいる。まだ頭の上には乗らないみたいだけど食事も真紀さんと同じテーブルで取るようになった。

  お皿から食べ物が消えていくのは不思議だと思うけど、真紀さんは何も聞いてこなかったそうだ。見えない何かが常に側にいる……つまり見張られていると思っていたみたい。

  真紀さんのコビト、最初は気の毒なぐらいどんより暗い雰囲気だったけど、少しずつ持ち直して「ちょっと暗いけどなにかあった?」くらいの感じになってきた。これは真紀さんからあの地獄の入口の影響……が抜けていったせい? かもしれない。


  宮殿の客間に案内して休んでもらった時も、食事(知らないほうがいい話を皆でしているので食事は一人で取ってもらった)の時も大人しくしていたそうだ。暇をつぶすために精霊のお世話がかりといっしょに絵をかいたり陶芸をしたりしたとのこと……芸術が好きならいいけど、良かったのかな。


「真紀さん、大丈夫でしょうか」

「うーん、現状認識ができていないかもしれないですね」

「いきなり地下鉄の駅にもどったら混乱しませんか?」

「しかたないです。俺が自宅までおくります」

「渡会君、塾は?」

「この一週間でしっかり勉強できましたから大丈夫です。彼女とは一応、勇者と巫女という繋がりもありますし……」

「ごめんなさいね。面倒かけてしまって」

「とんでもない、せっかくできた縁です。時々、いやしょっちゅうでもいいです、連絡してください。そして困った時には、頼ってください」


 渡会君、ちょっとの間に逞しくなったような気がする。女性神官のククリとは『ニバーン国』の大神殿できちんとお別れしてきたそうだけど……人は別れを経験するとひとまわり大きくなるのでしょうか。


「あの、精霊の言い伝えの『来るべき災厄の時、世界と人々は宝玉の乙女に救われる』『宝玉の乙女がすべてを許し、最後の審判がおこなわれる』というのは、本当……でしょうか」

 渡会君が言いにくそうに聞いてきた。


「言い伝えの書には真実しか書かれない」

 カミィがいうと


「やがて災厄はおとずれるのでしょう」

 リヨンがおごそかに言葉を添えた。


「だとすると、ひょっとして……宝玉の乙女とは……」

「たぶん、桐さまだと思います」

「そう、ですね、桐ちゃんは私でもあるし、純粋な宝玉でもあるし……」

「では、桐ちゃんが乙女の年ごろに災厄が訪れる……」

「そうだな、災厄に襲われるだろう」


「災厄とは、突然訪れるものではなく必ずその予兆があります」

 とリヨンが言う。


「世界と人々が宝玉の乙女に救われるのなら……精霊は関わらないほうがいいかもしれないな」

「世界というのは、この異世界でしょうか? あちらの世界でしょうか?」

「それはわかりませんが、こちらの世界とあちらの世界はつながりがあるような気がします。どちらにせよ救われてもらいたいものですね」

「この小さな赤ちゃんに世界の命運が……」


 渡会君は、じっと桐ちゃんを見つめた。そして、

「俺は医者になります。そしてできるかぎり、桐ちゃんを手助けしたいと思います」

 と、きっぱりと言ってくれたのは力強くありがたい事だった。


  宮殿の一番上の部屋を召喚陣の部屋とした。そしてこれからは一週間ごとに精霊の国を訪れることにした。つまり、約7年ごとに訪問するわけだ。でもこれは定期訪問なので暇があれば度々訪問したいと思う。

 真紀さんがお世話係に連れられてやってきた。


「今からあちらの世界に帰ろうと思います。よろしいですか?」

 私が聞くと小さな声で

「えぇ、お願いします」と答えた。


「リヨン、そして私の大切な精霊の皆さん、お世話になりました」

 と私がいうと渡会君も


「本当にお世話になってありがとうございました」

 と深々と頭をさげた。コビトたちも一緒に頭をさげている。真紀さんもおずおずと頭を下げた。



「姫さま」

「姫さま、お早いお帰りをお待ちいたしております」

「カミィ、姫さまと桐さまをたのんだぞ!」

「姫さま」

「姫さま」

「精霊女王さま」


  精霊たちの涙まじりの声のなか召喚陣を裏返す。これからも度々くるのだから寂しくなんてない。精霊たちをぐるりと見渡してから目でうなずいて、私とカミィと渡会君は手をつないだ。カミィは桐ちゃんを抱いている。渡会君はもう片方の手を真紀さんとつないだ。そして、みんなで裏返した召喚陣の中にはいり「元の世界の元の時間へ」と私が唱えた。


  体が光の粒に変わって、高速で移動している。今回は短い期間にずいぶん濃い経験をした。結婚してないけど……子持ちになったし、子育ての勉強もしなくてはいけない。ママ友って大変らしいけど……私にできるかな。

  男の子と女の子の双子……カミィの見かけはとってもかわいいけれど行動が心配。……なんてことを考えていたら着いたみたい。行きに比べると随分速い。


  私はあっさりと着地したけど、すぐ傍らの渡会君は光の塊となって徐々に人の形になっている。上を見るとカミィと桐ちゃんが透明になって浮かんでいた。


 賑やかで、人の多い現実世界。

 そして、あいかわらず


 異世界から帰ってきたら、世界はコビトだらけでした。

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