第14話 海賊船とニバーン国
さて、眠ったままのククリを連れて『神の庭』のある半島の端までキント雲に乗ってきた。ククリがいるため主たる木の洞を使って移動できないので海を渡っていく事にする。
「あの、この海、すごいですね」
激しい渦の海を見て渡会君が驚いている。本当にすごい渦。カミィはよくこんな渦の中に飛び込めたものだと思う。
「以前こちらに来た時は空中に浮いて、そのまま海の上を飛んでいったのだけど……」
「船を造ったらどうでしょう?」
カミィが期待をこめた顔でこちらを見た。
船、乗りたいのね。このままキント雲に乗っていってもいいのだけど……カミィの顔に船!! と書いてありある……。本当にカミィはわかりやすい。
この世界の大陸は五つだけど『ハジーマ大陸』は精霊の国しかなく、激しい渦の海に囲まれているので誰も渡る事はできない。
人間の国である『ニバーン国』『サバーン国』は、獣人の国である『ゴバーン国』の助けを借りてそれぞれの間にある海を渡る。三国はそれぞれ交流があり貿易もしているし、精霊の国と違って通貨もあり商人が各地をまわっている。
大陸の間には島が一切なく激しい波のため海を渡るのは大変だが、海の獣人は『ハジーマ大陸』の周りの海以外なら、船を操り大陸間を渡る事ができる。その為、大きな商家は獣人が経営している事が多い。ニバーン大陸の端の半島とサバーン大陸の奥地にある半島はギリギリ鳥人が渡れる距離だが、不便なところにあるので、利用されることはあまりない。
ゲスターチ帝国は魔法の力を使って海を渡る。といっても隣の大陸へ渡るのがやっとで、多分侵略を考えているようではあるが……今のところ何もできずに帰っていく。
ゲスターチ帝国では獣人の事を人間より下の存在と考えているので、獣人は誰もゲスターチ帝国に行かないし、獣人のいるゴバーン大陸とゲスターチ帝国のシバーン大陸は隣り合っていないので特に問題はないようだ。
「船ですか……」
「そうですね~」
船を魔法で出すとしたら……と考えながら、とある湖に浮いている観光船を思い浮かべてしまった。
「うわっー、海賊船だー」
「おぉ~、良い船ですね」
「姫さま、すばらしいです」
乗るのは6人プラス渡会君のコビトの7人なのに……豪華海賊船が空中に浮いている。船なのに海の上ではなく空中なのは何故?
「海の波が激しいので、酔わないように空中船にしたのですね」
渡会君に嬉しそうに言われたけど、多分……キント雲に乗ったまま船を出したので空に浮かんでいるのだと思う。
キント雲を船に着地させた。
「わぁー、豪華客船みたいだ!」
「なんというか、優雅さがあります」
「宝玉さま、少しだけでも海の上もお願いします」
やはり、カミィは海の上を船で走りたいみたい。渡会君がちょっとだけ微妙な顔をしているのは多分船酔いした事があるに違いない。ここの海、荒海だし。
「なんだ、ワタライ。妙な顔をして……船に弱いのか?」
カミィが渡会君をみて心配そうに声をかけた。
「いぇ、ちょっと子供のころに酔ったことがあって……」
「渡会君、この船は揺れないから安心して乗れますよ」
「えっ、そうなのですか。それは嬉しいです」
「我も、ワタライに船に酔わないおまじないをしてやろう」
カミィが渡会君に向かって指を振るとまばゆい光が渡会君を包み込んだ。
それ、『完全治癒と病とケガ防御』のかなり強力な加護の魔法。おまじないのレベルではないし……これから先、渡会君とても丈夫になるね。
「そんな強い魔法を……」
リヨンが驚いている。
「な、何か問題でも?」
渡会君が心配そう。
「大丈夫です。心配症のカミィがちょっと念をいれて、これから先も丈夫でいられるように加護をかけてくれたのです」
「そうなのですか。さすが神さまですね。ありがとうございます」
「いや、いや」
カミィ、なんだか顔がにやけて好々爺みたい。儚い雰囲気にその顔は似合わない。さっさと分化して90歳くらいの外見になるといいかもしれない。さすがに美形でもお爺さんなら……どんな感じになるのかしら。ちょっと見てみたい。
さて、カミィの持っている小さな結界からククリを出すことにする。海賊船のラウンジで結界をほどきククリをソファーに横たえ、眠りの魔法をそっと解いた。
「あ、あれ勇者さま、神さま!」
ククリが目を見開いて狼狽えている。
「ククリ、落ち着いて」
渡会君がやさしく声をかけた。
「は、はい」
ククリはソファーから慌てて立ち上がると神さま、ではなくカミィの前に跪いた。
「良いから。ソファーに座りなさい」
カミィに言われておずおずとソファーに座ったククリに簡単な説明をする。そして、ゲスターチ帝国にこのまま残ることもできるし他の大陸の神殿に勤める事も、もしくは普通の女の子としてまともな勤め口を紹介する事も可能であること……どれでも選ぶ事が出来るという事をゆっくりと説明した。
「もしできるならば、他の大陸の神殿にお勤めしたいと思います。ただ……」
「ただ、なんでしょう?」
「その、け、結婚もできたらしたいと……」
「それは当然ですね。神殿に勤めても良い出会いがあるように頼んでおきましょう」
「あ、ありがとうございます」
そういいながらククリはチラッと渡会君を見た。渡会君は少し困った顔をしている。
――そうですね、渡会君。今は受験という目的に向ってまっしぐら……ですから、恋だの愛だのに目をくれてはいけません。世界も違うし、時の流れも違っているみたいだし。仕方ないよね。
「それではニバーン国の神殿に送ってあげましょう。あすこの大神殿長は女性ですし、神殿の雰囲気も家庭的でのんびりしています。それに大神殿長は若者たちの仲を取り持つのも得意らしいですし……」
「それがよかろう」
「ありがとうございます。あ、あの……勇者さまは?」
「俺は、こことは違う世界からきたので帰らなくてはならない……んだ」
「そうですか……また、会えますか?」
「この世界と俺の世界とは時の流れが違うので、多分、もう……会えないと思う」
「…………」
「……ごめん」
「いいえ、勇者さまにお会いできて……。お会いできて……良かったです……」
ククリは目に涙をうかべながらも、ニッコリと笑った。きれいな笑顔です……ごめんね。
その後、豪華客船に備え付けのラウンジバーで暖かいお茶をみんなで飲んだ。お茶の準備は渡会君とククリが二人でしてくれて……二人で並んであれこれしている様は、ほのぼのと仲が良さげで、でもククリの気持ちを考えると切ないものがあった。
夕日の美しい海を海賊船は静かに進む。いつもは波が激しいのにこの船の行く先は波がおさまり、船の帆にほどよい風がきていた。船首のベンチに渡会君とククリは仲良く座り風が二人の髪を揺らしている。渡会君の帽子の上にはコビトが座っているけど、二人には視えないので二人の世界になっている……。いい雰囲気です。
私たちはその一段上のテラスデッキでお茶を飲みながらその様子を眺めていた。
「ああいうのもいいですね」
「お互いを想いやる気持ちが伝わってきます」
「私も早く、運命の人と出会いたい……」
カミィがため息をついた。
「カミィ、お相手は人でも良いのですか?」
「まさか、人は儚すぎて考えられません。強く美しく心やさしく理解があって、一緒に冒険をしてくれる、凛々しくやさしい雰囲気の精霊がいれば……と思っています」
そんな精霊はいない! と思う。凛々しくやさしい雰囲気って可笑しくない? カミィは一生独身かも、しれない。それにしても、あ~ぁ、私も恋がしたい。
今日の夕暮れをいつもより長く感じつつ、ようやくニバーン国の港に入港した。
そして、そのまま船は空へ駆け上がりニバーン国大神殿に向かう。港の人たちがこちらを見て驚いているけど、手を振っている人もいる。こちらの人々はあまり警戒心がないなぁと思う。大神殿には船で行きますとの連絡をいれてあるから待っていてくれるはず。
連絡のためのお手紙はリヨンが書いてくれたから大丈夫。木目の美しいペンでサラサラと手紙をしたためると、それがパタンパタンと封筒に入り、羽がはえて窓から飛んでいった。
手紙をしたためる様が絵になっていて素敵。リヨンの見た目はダンディなおじさま。もう少し若くてもいいかな、とは思う……。若者時代も見たかった。
「見えてきました。大神殿です」
「ほぉ、随分りっぱな建物になった」
「カミィは来たことがあるのですか?」
「はい、小さなころ人間の世界はどんなところだろうと思いまして」
「普通、大人になるまでは人の世界には行かれないはずですが……」
リヨンが眉をひそめると
「我は、わりと好奇心が強いほうであったからな~」
カミィはさらっと流してしまった。
「親は何をしていたのですか?」
「いつもかくれんぼや追いかけっこをしていたな」
「親御さんは、ほんとうに大変でしたでしょう……」
「育ててもらったことは感謝している……」
カミィ、やはり小さなころから問題児だったのね。カミィの言動ってシェイクスピアの『夏の夜の夢』にでてくる『パック』を思わせる……あのパックがそのまま美しくお爺さんになったらカミィになるのでは、と思う。言わないけど……。そんなに長く一緒に居るわけじゃないのに、こんなに美形なのに。カミィってこう、子供みたいな感じがある。
「ようこそ、いらっしゃいました。精霊女王様、最長老リヨン様、そして初めてのお客さま方、歓迎いたします」
肝っ玉母さんを上品にした感じの大神殿長、バーディ・ブルーがにこやかに挨拶をしてきた。
彼女は穏やかそうにみえるけど、かなりのやり手らしい。見るからに活力にあふれている。お疲れでしょうからと早々に準備された居室に案内され夕飯に招待された。
ここの料理はドイツの料理と日本の料理を組み合わせたような感じだった。精霊の国との料理の交流もあったらしく……主食はパンで柔らかい白パンやライ麦パン、プレッツェルの他にご飯も用意されていた。
ソーセージの種類が多くてどれも美味しそう。私はボロニアソーセージが好きだけど、フランクフルトソーセージも中に入っている真紀辛料が独特で癖になりそうな味だった。
渡会君のコビトもフランクフルトが大好きなようで、小さなお皿に何度も入れてもらってモグモグと食べている。もちろん、人間の皆さんにコビトは見えていないけど、視えない妖精がいると話しておいた。
ククリも不思議そうに食べ物の消えていくお皿を見ていたが、渡会君から話を聞いていたせいか、特になにも言わなかった。私たちは和やかに世間話をしながら所狭しに置かれたニバーン国料理を楽しんだ。しかし、渡会君とカミィの食べっぷりは、……すごいものがあった。
「ところで姫さま、あの空をとぶ船ですが……」
ひとしきり食事が進んだところで、大神殿長のバーディが真面目な顔をして話しかけてきた。精霊女王様とよばれるよりは、皆と同じように姫さま、と呼ばれる方がいいと思ってそう呼ぶように頼んだのだ。
海賊船は大神殿の側にある湖に泊めてあるけど、多分湖を渡るのに使いたいと言ってきそう。彼女は腹芸などなくまっすぐに聞いてくる人みたいだから。
「湖を渡るのに使えると便利ですね」
「そうなのです。もし、船が使えると王都との行き来がたいへん便利になって助かります」
「しかし、あれは宝玉さまでないと使えないのでは?」
「宝玉さま?」
「それは、カミィにとっての呼び名ですから……気にしないでください」
「え? えぇ」
不思議そうな顔をされたけど、説明するのは面倒なので知らぬふりをする。
「精霊でないと空は飛べませんが、湖を横断するのに使うのは良いと思います。魔法玉を置いておきましょう。これをハンドルの真ん中にはめると動かす事ができますから湖を渡るのに使ってください」
リヨンが魔法玉をいれた袋を取り出してバーディに渡した。
魔法玉はマナを凝縮して作る。精霊には必要のない物だけど、人が大きな魔法を使うのに便利なので時々精霊たちから渡しているらしい。
「ありがとうございます。なんと、お礼をいえばいいのか……」
「いいえ、それよりククリの事をよろしくお願いします」
「もちろんです。大切に娘のように育てましょう」
もう大きいとは思いますけど15歳はまだ育てる対象なのね。
その後、軽く雑談をして案内された部屋で休むことになった。あの、いつもの部屋に比べるとこれは普通のベッドだなぁ……と思いつつ疲れていたせいかすぐに眠りに引き込まれてしまった。
翌朝はよい天気だった。朝ごはんはシンプルにパンと野菜スープ、サラダにオムレツだけど、ソーセージとハムの各種盛り合わせはすごく種類があって目移りしてしまった。フルーツもパパイヤみたいな南国風の良くわからない物が色々あって美味しかった。
「宝玉さま、湖を船で走りたいと思いませんか」
とカミィが言うので王都の中心地まで湖を横断する事になった。
渡会君に確かめたら昨夜は夜更けまでしっかりと勉強できたし、せっかくだからニバーン国に観光に行きたいと言うので、ニバーン国の神官たちも合わせて20名ほどで船に乗った。
季節は初夏。風が心地よく、はるか対岸にみえる自然が目に美しくて気分のよい船旅になった。ほんの30分ほどだけど。
ニバーン国の王都に到着。
湖のそばの街並みは石畳みがひかれヨーロッパ風に見える。
「アムステルダムみたいですね」
「渡会君、行った事があるのですか?」
「いえ、友達から見せてもらった写真に雰囲気が似ているなぁと思ったので」
「我もそのアムステルダムに行ってみたい……」
「えーと、たしかガラス細工が有名でしたよね」
カミィの独り言は無視をして大神殿長のバーディに尋ねた。
「えぇ、そうです。工房がございますのでご案内いたしましょう。気にいったお品物があると良いのですが」
「良いガラス職人が沢山いるのですよ」
「それはいいですね」
そのままガラスの話をしながら街並みを歩いていると
「あ!」
「死の妖精だ!」
「どこだ」
「ハンスじいさんのところじゃないか?」
「大変だ」
「早く神官を」
実体化したコロボックルみたいなコビトが空中を飛んでいるのが見えた。死の妖精。歩いている人々にもしっかりと見えるらしく「神官を」という声があちこちから聞こえてきた。
「姫さま、よろしいでしょうか」
バーディが伺うように尋ねてきた。
「もちろんです。私たちも一緒に行ってよいですか」
「はい、お願いします」
という事で死の妖精の後をついていった。
死の妖精は一軒の石造りの家(ドアがあけ放してあった)に入りそのまま奥の部屋に向かった。
そこには皺だらけのご老人が横になっていて、ベッドの周りを家族が囲んでいた。大勢でいくと入れないのでバーディとわたしとリヨンだけが寝室に入る。死の妖精はクルクルと老人の上を回っていた。
「神官さま!」
「えっ、大神官さま」
「え、まさか精霊さま」
「精霊さまがきてくださった……」
「なんと、ありがたい」
人々の囁きが聞こえるけど、バーディはそのまま老人の側までいくとその手を握った。
「思い残す事はありませんか」
「ございません。良い人生でした」
しわだらけの顔は、満足そうに微笑んでいた。
「では、祝福をおくります」
バーディが「良い旅を……」と呟くとほのかな光が老人を包んだ。
「精霊女王さまからも祝福を……お願いします」
バーディの言葉に周りがどよめいたが、
「良い旅を……」
私も老人に祝福を贈った。まばゆい光が老人を包み死の妖精が老人の周りをクルクルと回る。
死の妖精が光の化身のように輝いて光の花があちらこちらに飛び散っていく。そして、すっと死の妖精は老人の体に吸い込まれていった。すると、老人の体はきらきらと光の粒となり渦をまきながら宙に消えてしまった。
大変美しい光だった。老人が消えたあともあちこちに光の残滓が残っている。
「良く生きたのですね」
「美しい光でした」
老人の残したサークルは大変美しくきらきらと輝いていた。このサークルを共同のお墓に埋める。
家の外からも光の花と美しい光は見えていたらしく
「さすが、ハンス爺さんだ」
「うらやましい死に方だ」
「あんなきれいな光はめったにない、良いものを見させてもらった」
など、近所の人の話が聞こえてくる。
この世界では亡くなる時の光の美しさでその人の生き様が見られるそうだ。でも、死の妖精は人を連れていく時、人と一体になる事はないと聞いていたけど。先ほどは一緒になっていた……よね?
その後に簡単な祈りを捧げて次に買い物に行き、軽く街の観光をしてから、木の洞をつかって無事精霊の国に帰ってきた。やはり始まりの木をみるとホッとする
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