第12話 帝国の悪人と死の妖精

渡会君のいう殴りたい神官は、ゲスターチ帝国の神官のトップに立つ帝国大神職総括のナリキン。すごい役職名だけど、約して帝大神さまと呼ばれている。神官が自分の事を大神さまと呼ばせるなんてふざけてない?


 このゲスターチ帝国には奴隷制度があるけど、その奴隷制度を創ったのがこのナリキンで、悪人なのに太った悪代官風ではなく、鍛えられた筋肉がしっかり付いた目つきの悪い大男。でも、顔立ちは整っている。

 どこからどうみても神官には見えないこの帝国大神職総括のナリキンは、上から目線の人でとても偉そうな態度だったそうで、案内されてきた勇者と巫女を見て


「これが今回の勇者か」

 というと上から下までじっとりと勇者の渡会君を眺め


「弱そうだな」

 と鼻で笑い、


「連れていけ。丁寧にご説明してご協力いただけるように、な。」

 というと執務机に足をのせ、側にいる秘書みたいな美人神官に


「茶!」

 と言ったきり渡会君たちのほうを見向きもしなかった。


「真紀さん、怒りませんでした?」

「もう見るからに怖そうな人でしたから逆らえない、という感じです。神官というよりはどこかのアニメに出てくる悪の親玉って雰囲気でしたね」

「そんな人を殴りにいきたいの?」

「えぇ、実は……」


 渡会君の話によると……、

 勇者である渡会君には、清楚な雰囲気の女性神官(名前はククリ)がお世話に付いていたけど、5日目に急に他の女性神官に変わった。渡会君の世話係だったククリは、ナリキンに目を付けられて連れて行かれたらしい。


 ククリの代わりに来るようになった女性神官は

「ナリキン様のお目に留まるなんて本当は名誉な事なのですが、今回は新しく作ったカジノで働く見目麗しい女の子を集めているみたいで……神殿に勤めていた神官がカジノや酒場で働く事になるのは辛いのではないかと思います」

 と言っていたそうだ。


 ククリは小さな時から特別神殿で神さまに仕えていたが、十五歳からはゲスターチ帝国の中央にある大神殿で見習い神官として働くようになった。

 神さまに会いに行くことができるのは六歳までの幼い巫女二人と、やはり六歳までの幼い王族の子一人だけ。その小さな子供たちの世話をするのも十五歳までの年若い巫女たちとなっている。


  十五歳を過ぎると貴族や商人などしっかりとした後ろ盾のある巫女たちは実家に帰り、貴重な花嫁候補として大切にされるが、帰る家のない孤児や家の貧しい平民の子たちはそのまま神殿で女性神官となる事が多い。

 しかし特別神殿で巫女として純粋培養に育てられた彼女たちは、大神殿や各地の神殿に派遣されるとそのあまりの落差に心を病んでしまう事もあるそうだ。そして心を病んで人形のようになってしまった彼女たちは、各地の神殿で『特別神殿のけがれなき巫女であった神官』としてお飾りにされる。


 特別神殿の巫女の選び方は、まず容姿端麗であることが第一条件で、誰もが認める美しい女の子は、生まれて1年ぐらい経つと神殿に連れてこられて大水晶にさわる。そしてその水晶が濁らない子供が特別神殿の巫女として小さなころから育てられる。


「彼女から色々な話を聞いたのですね」

「えぇ、親切な明るい娘さんで……」


 元巫女のククリは神殿の中の複雑な人間関係の中でも変わらなかった。富や名誉を求める人たちや保身に走り自分の事しか考えていない神官たちの姿をみても希望を失わずに、いつも平穏な心を保つ事を心がけた。いつか良い事にめぐりあえる! と希望を失わずに過ごし、美しく見えないように髪型に気を配り、顔にもくすみやそばかすを入れるなどして目立たぬように過ごしてきたそうだ。


  その甲斐あって勇者さまとお会いできました。とニッコリ笑った顔はとても可愛かったそうだ。

 だが……寝過ごして顔にくすみとそばかすを入れ忘れてそのまま神殿にきたところを、あの帝国大神職総括のナリキンにたまたま見つかってしまう。


 この国には王様がいるが、実質の権力をにぎっているのはナリキンになる。ナリキンは王族だ。 

 彼は、前の王様の三番目の側室の二番目の子供になる。母親の出身が下級貴族だったので名前だけの名誉職につくのが普通だが、ナリキンは軍に入って其処を掌握し、そこから腐敗した宮殿に手をまわして高官の弱みを握り、脅しと暴力ですべてを支配した。

 無血クーデターといえるかもしれない

 力が強く剣に優れて見るからに怖そうな風貌も相まって、いまではだれも逆らえない。今やこの国は行政も軍が動かしている。

 そんなナリキンだが王族の子として神の庭で『神さまであるカミィ』に会ったこともあるそうだ。


「そんな目つきの悪い子供をみた覚えはありません」

 カミィが嫌そうに言った。


「子供のころはとても可愛かったらしいですよ」

「どうして、そんな可愛い子が……」

「いや、顔と性格は関係ないし」

「むしろ、人間って顔がいい方が良くない性格になる事もあるらしいですよ」


「その帝国大神職総括のナリキン、見にいきましょうか。そしてククリの様子も気になりますしね」

 と、私がいうと


「えぇ、できれば助けてあげたいのですが……人間は精霊の国には入れないのですよね」

「この世界の人たちにはコビトがついていませんから、入れない可能性が高いですね」


「大丈夫です。精霊の国には入れませんが、この世界の他の大陸は精霊信仰ですし神官たちは親切で心根も良いものばかりです。他の大陸に連れて行きましょう」

 リヨンが静かに肯きながら言ってくれた。


  遮蔽の魔法をかけたキント雲に乗って帝国大神職総括のナリキンの館に向かう。ゲスターチ帝国の王都の中央にその館はあった。煌びやかな、というかケバケバしい装飾のされたカジノと一体になったとても大きな建物。


「このカジノ、ちょっと前に改装して新しくしたばかりです。カジノで優雅に過ごして、使うお金にこだわらない、大金を賭ける事ができるというのが貴族のステータスだそうです」

 渡会君が説明してくれた。


「つまり、カジノで豪遊して帝国大神職総括の懐にお金を落とすのが貴族のありかた」

「まあ、そうです」


「貴族しか入れないのですか?」

「入口と遊ぶ場所はちがいますが、平民でも浮浪者でもお金さえ持っていれば入れます。ある程度の服装規定はあるのですが、ボロボロの服でもシャワールームみたいな所があってそこで体を洗い、貸出される貫頭衣を着て博打をするわけです。

 負けてばかりだと人が来なくなりますのでその辺は考えているらしくて、時には大当たりで貧民生活から抜け出せる事もあるみたい、なのですごく流行っていますよ。貧乏人からも絞れるだけ搾り取れって感じです。」

「なんだか、他の大陸とはずいぶん違いますね」

「情けない事です」


「博打のどこがおもしろいのか、理解できません!」

 リヨンとクリンが難しい顔をした。


「とりあえず、ククリとナリキンを探しましょう」


 キント雲と私たちを小さくして、遮蔽の魔法はかけたままカジノに入る。 貴族のカジノに入ってキント雲の上から覗いてみると、かなりの人で賑わっていた。

  普通はお城で舞踏会とかあるのではと思うけど、この国ではカジノが社交場と化しているみたいだ。大きな広間を見渡せる一段と高いところに豪華な一間があって、そこに王様がまるで王座のような席に腰掛け、目の前でカードゲームをする貴族たちを見ていた。

 時々お付きの人にささやいてしっかりとゲームに参加しているようだ。


「国のトップが賭博にはまって、この国は成り立つのでしょうか?」

「毎日遊んでいる役人のかわりに、優秀な軍の武官を城に派遣して執務を代行しているそうです。仕事も財産も取り上げてから放り出すつもりかもしれません」

「なんだか、何といえばいいのか」

「ナリキンは確かにとても優秀なのだと思います。ただ、やり方と纏っているオーラがなんとも……怖い、というか、なんというか……」

「あっ、あれ……は、神官のククリです」


  渡会君がみつけたククリは、頭にウサギの耳をつけ後ろに丸い尻尾をつけた格好……というかあれ、バニーガールの衣装みたい。こちらの世界でもバニーガールというの? なんだか恥ずかしそうにお酒を配っているけど、ちょっとやつれている様子に見える。あっ、セクハラおやじがいる。

  いそいでククリをキント雲にひっぱりあげた。ククリはお酒の載ったお盆を持ったまま驚いたように目を見張った。ククリがちゃんとキント雲に乗れて良かった。


「勇者さま!」

「ククリ、久しぶり」

「え! えぇ! 神さま!?」


 ククリは渡会君を見て驚き、カミィを見てさらに驚いて口をパクパクさせている。

 驚くのも無理はないと思う。

 簡単に説明できる事情ではないので、とりあえず眠ってもらうことにした。お酒の載ったお盆は元の場所に返しておいたが、誰も気づかなかった。ククリが消えても気づいてないようだし……。


  眠りについたククリを小さな結界の中に入れてからキント雲を動かし、カジノに続いているナリキンの館に移動した。重厚な扉の向こうには、お金が掛かっているように見える落ち着いた色彩の廊下が続いていた。すごく艶があって木目が美しく揃っているのに目が惹かれてしまう。お金があると、こんなところに使うのね。

  ひときわりっぱな扉がありその前には警備の兵が立っている。その扉をすりぬけて室内に入ってみた。


  いた。険しい顔をした大男が窓際に立ったまま書類を見ている。まとっている雰囲気が悪のラスボス……といった感じ。怖い顔。キント雲が近くにいくと、こちらを振り向いた。なぜ、こちらを見るの?! 勘づいたのかもしれない?


  渡会君がピコピコハンマーを振り上げた。

  殴る。かわされた。

  遮蔽の魔法がかかっているのにすごい。野生の動物みたい。

 眉間にしわがより、執務机の上にある刀を手に取った。大きな刀。


「帝大神さま? 」

「どうか、なさったのですか?」


 書類仕事をしているので文官を兼ねているのだろうか、室内にいる武官の服装をした者たちが慌ただしく立ち上がり警戒をはじめた。


「何か、居る」


 刀をかまえ、こちらをじっと見つめている。恐い。本当に怖い顔。

 見えてないはずなのに……。


 渡会君はめげずにピコピコハンマーを構えている。

 がんばれ! やっちゃって! と心の中で応援した。


 お互いに見えていないはずなのに、帝国大神職総括のナリキンと勇者の渡会君は睨み合っている。


「宝玉さま」

「姫さま」


 リヨンとカミィが促すように声をかけてきた。何とかしなきゃ。でもこの人、怖いのですよ。


「この顔つきは、地獄の入口をのぞいたな」

 カミィがナリキンの顔を見ながら言った。


「なんですか、それ?」

「このシバーン大陸には地獄の入口があって、いつもはふさいであるはずなのですが、時々ずれて覗いてしまう人間がでるのです」

「その地獄って?」


「悪い事を重ねた人間がひきずりこまれる、地の底の贖罪の地です」

 リヨンが答えてくれる。


「地獄、あれは本当に地面からドロドロの手がでてきて、そのままひきずりこまれるからあまり見たいものではないですね」

 カミィが顔をしかめて言った。


  この世界では人が亡くなる時、死の妖精が迎えにきて亡くなる人を光にかえて連れていく。つまり死体が残らない。

  ただ地獄に行く場合は死の妖精はやってくるが、……光ではなく黒い靄でできた渦で死に行く人をしばる。しばらくすると地の下から黒いドロドロした手みたいなものがでてきてその人の足をつかみ、少しずつ地の底に引きずり込んでゆく。

  地に沈む前にその体はヘドロのようにドロドロにとけていき、人は断末魔の悲鳴を上げ続けるのだそうだ。という話を聞いて気分が悪くなった。


 今、このナリキンさんが亡くなったらヘドロをみるはめになるかもしれない。

 地獄に落ちる人なんて滅多にいないそうだけど……この人、危なそう。とても簡単に人を殺めてきたみたいな雰囲気だし……。

 睨み合っている渡会君を止めなくては……でもピコピコハンマーだったら大丈夫かも。


「姫さま、時をとめてください」


 リヨンにいわれて気がついた。そうすればこの緊迫した空気もなんとかなる。時を止めてくださいとお願いしてみた。刀を此方に向けたままナリキンは固まっている。他の全てのモノも時間が止まり動かなくなった。


「これ、どうなっているのですか」


 渡会君が膝から崩れ落ち、こちらを向いて尋ねてきた。わかります。見えないとはいえ睨み合えるだけで君はすごい。


「時間をとめました。とりあえず、そのハンマーで殴っちゃってください」

「なんだか卑怯な気もしないでもないですが、こんなに恐ろしいからいいですよね」


 渡会君は立ち上がるとナリキンに向かってハンマーを振り下ろした。


「ピコピコーン」

 とてもいい音がした。


「この音ってなんだか……」

「精霊の国の武器! ならではの、音色ですね」

「そうですか……」

「さて、殴りおわった事ですし帰りましょうか」

「えーと、この国はこのままで……このナリキンはこのままでいいの……でしょうか」

「精霊は人間に干渉しない」

「人の問題は人が解決すべきです」


 あっさりと精霊達に言われ渡会君は黙ってしまった。でも、なんだか気持ちが落ち着かなかったのかもしれない。ナリキンの傍にいた武官の頭をピコーンと殴った。


「この人、前にククリの事怒鳴りつけていたので……」

 と言いながらもう一度ピコーンとその武官を殴りつけた。


「あっ」

「待って」

「あっあ~」


 殴られた武官が崩れ落ちると窓から羽の生えたコビトが飛び込んできた。

 あのコロボックルみたいなコビトたちが実体化したように見えるけど、これが死の妖精。

 死の妖精は濁った汚い色の光渦にのって武官の周りをグルグルとまわり、武官は光の渦と一体になって宙に上っていってしまった。後には武官のきていた服と彼のサークルがひとつ、ポツンと残された。


「光が濁っていたな」

「良い生き方はしてなかったようです」

「むしろ黒い靄まじりの光だった」

「あ、あの~」


 渡会君、声が震えている。


「ごめんなさい。時をとめた状態で2回、叩いてしまうと魂が抜けてしまうみたい……。先に注意しておけばよかったのに使う事はないと思っていたから」

「死んだのですか……」

「まぁ、そうだともいえるが……あの状態だと地獄へ落ちる手前だからそれよりは、濁っていたとはいえ光になれて良かったのではないか」

「でも……」

「この世界は人にとってカリソメの世界だから、問題はない」

「でも、生きていた」

「あれは生きていても死んだような状態だった。これ以上無駄な生をいきるよりはやり直したほうがよかろうよ」


 カミィが一生懸命渡会君を慰めている。私は自分でも不思議だけど以外とショックを受けてない。この世界では亡くなると死の妖精が迎えにきて連れて行く……その死の妖精が実体化しているせいかもしれないけど、現実世界のコビトに重なって見えてしまった。


 前にトリップした時は不思議な事に人が亡くなる場面に遭遇したことがなかった。死にそうな人に会った事はあるけど、それは私が治せたから。だからかもしれないが、死の妖精をみたのは初めてだった。


 彼はかれのコビトをつれてあちらの世界に生まれ変わるのかもしれない。美しくない光になっていたから、何になるのかはあまり考えたくはない。ひょっとして、あちらの世界とこちらの世界を人は行ったり来たりしているのかもしれない

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