第11話 宝玉の誕生とゲスターチ帝国への殴り込み

宝玉の表面にできたひびは拡がっていき、丸い球の表面をグルッと一周した。

 そして、宝玉はグラグラと揺れたかと思うと……真ん中からパカンと割れて、われて……光があふれて


「おぎゃー、おぎゃー」

 と玉のような赤ちゃんが誕生した。


  私の両手の上で泣く生まれたばかりの赤ちゃんは……女の子。

 そしてこの子は、


「乙女さんにそっくりですね」

 渡会君が赤ちゃんの顔をまじまじと見て言った。


「宝玉さまにそっくりです」

 カミィはしみじみと呟いた。


「姫さま……似ています」

「姫さまが赤ちゃんならこんな感じ……」

「赤ちゃん、かわいい」


  他の精霊たちも宝玉から赤ちゃんが生まれてしまった不思議よりも、赤ちゃんが私に似ているというほうに意識がいってしまっている。本当の話、私が赤ちゃんのころの写真に良く似た赤ちゃん。私の子供といっても違和感がない。まだ結婚もしてないし彼氏さえできた事もないのに、子どもができてしまった。


「宝玉さまの欠片が魂を持たれたのですね」

 カミィが言う。


「なんだか、なんとなくですが……イエス・キリストの誕生と似ているような気が……」



 渡会君、この赤ちゃん、私から生まれたわけではないよ。私の手のひらの上で生まれただけで。私はマリアさまとは違う。でも、たしかに私の一部である、とは感じるし、そういう意味では……でも、違う。

 魂って……どこからくるのかしら?

 それにしても、普通の赤ちゃんは生まれたあと汚れた部分をきれいにするけど……この子は、とてもきれい。産湯がいらない。


「姫さま、とりあえずその、姫さまの赤ちゃんに何か着せたほうがいいのでは?」

 最長老のリヨンが白くてフワフワのバスタオルを差し出してきたので、そのタオルに赤ちゃんをくるんで宮殿に移る事にした。

  この『始まりの木』の部屋のドアから宮殿に行く事ができるので、そこから私の部屋に移動した。


「本物のお姫さまの部屋だ」


 通りすがりに渡会君が小さく呟いたのが聞こえた。そうね、私もそう思う。

 さっさと部屋を移動して客間の大きなテーブルで遅いお昼を食べる事にした。


  お昼は、イタリアンだった。パリパリの薄い生地のうえにプリッとした食感のソーセージ、ホクホクのポテト、トロリととろけたチーズにトマトとミートソースのバランスが絶妙な焼きたてのピザ、もちもちの生地のうえに濃厚なクリームソースとハムやサラミ、バジルと何かわからない野菜がのったピザ……これは、はじめて食べたけど美味しかった。


  前菜にスープ、各種のスパゲッティとサラダにデザートと続き、今日のご飯も美味しくいただいた。

 渡会君は本当に美味しそうに食べていた。高校生の頃ってたくさん食べるよね。コビトたちも一緒にたくさん食べていた。小鳥の真紀さんにもピザを少しだけお裾分けしてみたけど、小鳥にチーズ……食べていたから大丈夫だと思う。


  カミィは「おぅ」とか「あぁ~」とか言いながらすごい勢いで食べていた。カミィの時代は精霊たちに食事をする習慣はなかったし、人間の国に行った時もそんなに食べる事に興味はなかったそう。そして、土の中ではひたすら反省していたせいで、飲食は一切してなかったと。たまに、水は飲んでいたらしいけど。


 でも、ここの食事は信じられないほど美味しい! 食べる為に生きていく精霊がでてきても不思議ではないくらいだ……と言っていたので、お食事がとても気に入ってくれたみたい。

 良かった。久しぶりに食べるご飯って美味しいよね。


  さて、赤ちゃんは産着をきて籐のベッドでスヤスヤとお休み中。

 精霊の赤ちゃんは特に食事も必要なくて、時々日光に当ててあげるだけでいいのだけど……宝玉の赤ちゃんはどうなのかしら?


「宝玉さま、この宝玉の欠片のお子様は宝玉さまの一部です。どうぞお側において宝玉さまがお育て下さい」


 カミィが神妙な顔で言ってきた。

 えぇ、確かに、この子は私が育てなくてはいけないとは思う。


「そうですね。ただ、私はこの世界から、人として生まれたもう一つの世界に戻るつもりでいます」

「確かに……姫さまには人が混ざっていますから……人としての生をあちらの世界で一度終わらせたほうがいいのかもしれません」

 リヨンが私の顔を見ながら言った。


「確か召喚陣を裏返すことで、元の世界に戻れるという話でしたよね」

 渡会君がそっと聞いてきた。


 ――早く帰りたいよね。


「あちらの世界に帰られるのですか」

 精霊の皆さんの空気が一気に暗くなってしまった。


「召喚陣でこちらへ来られたのですから、あちらの世界に召喚陣をもっていけば、行き来ができるのではないですか?」

 長老のハリンがいい事を思いついたという顔をして声をあげた。 


「行き来ができるのなら、たびたび来ていただけると……」

「そうだ!」

「それは良い考えだ」


 精霊たちの空気が今度は一気に明るくなった。

 

  その後色々と話し合いをして決めた事だが、とりあえずゲスターチ帝国から召喚陣を回収し、勇者の渡会君と巫女の真紀さん、私と宝玉の赤ちゃんがあちらの世界に帰る事になった。ところが……カミィがあちらの世界についてくる! と言い張った。


「私が宝玉さまの世界についていき、召喚陣は何枚でも描きましょう」

 カミィがきっぱりと決意を述べる。


「宝玉さまには人が混ざっていますが、宝玉さまであることに変わりはございません。宝玉さまと宝玉の欠片さまとあわせて宝玉さまです! そして、宝玉さまのお世話係りは私です」

 カミィが私の顔を見ながら訴えてくる。


「しかし、赤子の世話は乳母を雇われたほうが良いのでは」

 ハリンがカミィを見ながら困ったように言った。


「わたしが乳母をします」

 カミィが高らかに宣言した。


「カミィは男性でしょう」

「普通は子育てをした女性だよ」

「人間たちは同じころに子どもを産んだ女性を乳母にするみたいだし……」

「男で……乳母はないよ」


 精霊たちから口々に突っ込みが入った。

 ――乳母って……精霊たちとの認識の違いを時々感じる。あちらの世界で、というか日本で乳母を雇っているなんて……聞いた事もないし。すごいお金持ちならあるかもしれないけど。


「私は女性でもあります」

 カミィが誇らしげに言った。


「えっ」

「えっええ」

「うそ!」

「いや、確かに美しいけれど、男性の体型だよね」

「あれ?」


「私は男性よりの両性です」

 カミィがしれっと、言ってくれた。


「えぇぇ!」

「分化してないのか?」

「なぜ、分化していない! 大人に見えるのに!」

「まだ子どもということか」

「ありえない」

「両性は子供だ!」


 精霊たちが混乱しているし、最長老のリヨンも困惑した様子だ。普通、精霊は15歳くらいで性別を選び、分化というか進化するそうだから……。

 本当にカミィは色々な意味で型破り……みたい。


  カミィの両性宣言で話し合いは混沌とした状況になった。いつも穏やかな精霊たちがこんなに動揺し騒いでいるのを初めてみた。精霊にとって15歳未満の子供は大切に慈しむ存在になる。

  15歳までの精霊は一応本人の好みで少年、少女の形はとっているけど両性なのでたいへん中性的で無垢な雰囲気になっている。そして、ほとんどの場合少年の形をとっている精霊は男性に変化して、少女の形をとっている精霊は女性に変化する。


  カミィは多分、長年男性形を取ってきたため歳を重ねた(20歳くらいにみえます)状態でも男性に見えるのだと思う。中性的で儚げな雰囲気をもった色っぽい美人だ。それにしても何故、分化していないのにこんなに色気があるの? なんだかカミィは精霊の常識から外れていてよくわからない。だいたい、土に潜る精霊なんて滅多に……、いや、いるはずないし。

 その上……カミィは多分最長老よりもかなり年長になると思う。私には敬語で話してくるけど、他の精霊たちには敬語は使わないし、フランクというか年上が年下に話かけるような感じの口調になっているし。

  カミィは精霊たちから、分化して大人になるべきだと説得されているけど……


「運命の恋人にあうまでは分化しない! 恋人がどちらの性かわからないのに、分化してしまっては性が選べないではないか」

 と頑固。


 大人にならないと本当の恋は見つけられないし、子供のままでは情緒が不完全で安定しないと精霊たちもかなり真剣に説き伏せようとしている。


「とにかく、宝玉の欠片さまの乳母をする為には女性でありたいし、宝玉さまを守るためには男性でありたい。運命の人に逢ってしまったら、仕方がないのでその時に分化する。これは我の生き方だ!」

 と言い切られてしまった。


 もう、仕方ない。お年寄りだし? 自分のこと我、と言っているし……。

 精霊のばあい両性でもそんなにデメリットがあるわけでもないし、忘れていた……などで年を重ねてから分化する精霊もいるし、分化は何時でもできるそうなのでこれはこれでいいとしよう。乳母になりたい! というのは後から考えるとして……。


  さて、ゲスターチ帝国から召喚陣を回収しなくてはいけない。


「ゲスターチ帝国へ殴り込みですね」


 勇者の渡会君が表情を引き締めて言った。けれど、単に神殿から魔法陣を剥がして持ってくるだけなので戦いはないはず。


「そう? まぁ……そうですね」

「いっしょに戦います。あの、勇者の剣は……」


 別に渡会君、付いてこなくてもいいのですが武器をもって参加したいのかも。一応、勇者だし。


「あの剣は危険です。なんでも切り裂いてしまいますから」


 リヨンが眉間にシワを寄せているけど、縦シワは顔に残るんだよ、せっかくの美形が……。それにしても、 カミィ、トンデモナイモノを創ってくれたね。


「確か宝物庫に剣があったはずですが?」

 クリンが首を傾げながら言った。


「宝物庫! ですか!?」


 ――渡会君、喜ばないで。あの剣は石に刺さっているので何だか人に見られたくない。


「宝物庫は宮殿の秘密ですし普段はカギをかけています。それよりゲスターチ帝国へ行くのなら変装したほうがいいのではないですか」

「そ、そうですか。どのような恰好が良いのでしょう?」

「そうですね」


  よし、話がそれた。そういえば、渡会君は学校の制服のままだった。魔法をかけているので清潔面では問題はないけど、やはり戦いに行く服となると……、


「うわっ」


 中途半端に考えながら魔法をかけたせいか……ちょっとウィリアム・テルを考えてしまったせいか……緑のチョッキにマント、しゃれた帽子をかぶり背中に弓矢を背負った中世風の恰好に変身。頭の上にリンゴも乗っている。リンゴは急いで指をふって消した。

  剣は危ないと考えたせいか手にはピコピコハンマーを持っている。でもそのピコピコハンマー、殴ると相手の動きが止まるし、とても有効な武器だと思う。見た目も黒と金で飾られハンマーのように見える……。制服はたたんで椅子の上に置いておく。魔法って便利。


「すごい! 恰好いいですね」

「いいですね」

「素敵です」

「そ、そうですか~」


 渡会君、精霊たちに褒められてまんざらでもないみたい。良かった。


「そのハンマーですが、殴ると相手が石像のように固まってしまうのです。相手を傷つける事なく倒せるので剣よりも有効な武器だと思います」

「それはすごいですね~」


 喜んでくれたので良いとしよう。


 ゲ スターチ帝国へ殴り込みに行くメンバーは、すっかりその気になっている渡会君と最長老のリヨン、クリンと元、神さまのカミィに私が行くことになった。宝玉の赤ちゃんはリーリに抱かれて機嫌よく過ごしているし、お留守番。赤ちゃんの名前はまだ決めてないけど考えなくては。


「ここは回復が遅いですね」

 ゲスターチ帝国の神殿に一番近い、召喚された時に私が捨てられた森にきた。他の大陸や精霊の国に比べると明らかに森が弱っている。


「カミィのいた森は神さま、ではなく精霊であるカミィを通してマナがきていたのでしょうね」

「九番目の森に、今は精霊がいませんから」

「仕方ないとはいえ森の木たちはかわいそうですね」


 私が願い、手をふると金色の光がひろがっていき、みるみるうちに森は元気になって緑の葉がつやつやと輝きだした。


「さすがです」

「やはり森はこうでないと」

 リヨンとカミィも肯いている。


「えーと、いいのですか」

「いいと思いますよ」

「些細な事です」

「さて姫さま、姿を消して空からいきませんか」


 リヨンがそう言うのであの伝奇小説に出てくるキント雲を出してみた。渡会君ならきっと乗れる。


「わーぉ、キント雲ですか? ファンタジーですね」


 はい、問題なく乗れた。このキント雲、心が美しくないと乗れない。渡会君って本当にいい人なのね。5人+コビトの6人はキント雲に乗ってゲスターチ帝国の神殿の上まで飛んでいった。遮蔽の魔法をかけているので警備の兵たちから見られることはない。

 何事もなく召喚陣のところに着き、ベリッとはがしてクルクルとまいて回収。


「では、帰りましょう」

「えっ、もう終わりですか」


 渡会君が物足りなさそうに言うのは、ピコピコハンマーが使いたかったのかな?


「あの、ちょっと一発殴りたい神官がいるのですが……」


 なにやら理由がありそう。


「宝玉さま、せっかくきたのですし殴らせてあげましょう」


 カミィの目が輝いている。カミィ、以外と手が早い? 一応、殴り込み……という名目なので、渡会君の希望どおりその神官のところへ行ってみる事にした。

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