第10話 神さまの秘密と宝玉の欠片。

満開の桜の花びらが散るなかで舞っていた神さまだけど、ふと、私と目が合った。驚きに目が見張られる。

 それは、驚くよね。誰もいないと思っていたようだし……。

 でも、 神さまは突然、ホロホロと涙を流しながら私の前に身を投げ出すように跪いた。


「宝玉さま……宝玉さま……」

 私の顔をじっと見ながら涙を流しつつ

「宝玉さま、申し訳ございません。お許しください……」


 と、何度も何度も呟いている。

 どうしよう。宝玉さまと呼ばれてしまったけど。精霊女王よりショック。宝玉の乙女になって世界を救うのなんて……無理! 名まえは乙女だけど。


「あぁ!」

 神さまが突然叫びだした。


「なぜ、なぜ、宝玉さまに人間が混ざっている! 私のせいか、私のせいだ! 宝玉さまは、欠けたままだ! しかも人間が混ざっている……どうしたら! どうしたら! いいのだ!」

「申し訳ありません。申し訳ありません!」


 激しく泣き出した神さま……どうしましょう……。私、人間だけど。


「あの、えーと泣き止んでください。」

「宝玉さま……」


 神さまは声を詰まらせてむせび泣きながらこちらを見上げた。

 これだけ泣いていてもこれはこれで美しいとは、どうしてくれよう……。


「落ち着いて。そして、なぜ泣いているのか説明してもらえますか」

「ほ、宝玉さま……」

 そのあと何度もなんども背中をさすり、声をかけ慰めて、なぐさめて……

 ……、

 ……、

 ようやく、神さまの涙がとまってきた。

 ――大変だった。


 その後、内側の結界に渡会君たちを入れてもらってから簡易的なテーブルをつくり、皆でお茶を飲んだ。こういう時、魔法は便利。


「暖かいお茶を飲むのは、すごく久しぶりです」

 やっと、落ち着いてきた神さまがしみじみと言った。


「土の中に住んでいるのですか?」

「そんな事はございません。自分のした事に絶望し穴にもぐってしまいたい、そしてこのまま、消えてしまいたい。でも、宝玉さまのことを考えるとすべてを投げ出すわけにはいかない……どうしようもなくて、冷たい土の中にこもっておりました」


 それ、土の中に住んでいるようなものだし。やはり、神さまは引きこもりだった。と言うか、モグラ?


「何があったのですか」

「申し訳ございません……」


 何度も謝り、すぐに涙する神さまを慰めながら聞いたお話……それは、驚きの話だった。

 神さまは精霊で名前をカミィというそうだ。神さまではなく、カミィ……ね。


 アチコチに話のずれるカミィの話を纏めると、


 はるか昔のこと、精霊のカミィは元気でちょっとイタズラ好き。かなりの年長者であるにもかかわらず、少年の姿のままで毎日を楽しく過ごしていました。

 そしてある日、始まりの木の後ろの窪みに美しい宝玉ができているのを見つけたのです。


 言い伝えの宝玉の乙女は、この宝玉から生まれてくるに違いない。そう思ったカミィは大切に宝玉をきれいな布でみがいたり、話しかけたりして宝玉が少しずつ大きくなっていくのを楽しみに見守っていましたが、朝日が輝いているところや美しい夕日やどこまでも続く花畑など、こっそり持ち歩いて精霊の国の景色をみせてあげていたそうです。

 宝玉のお世話係りだと気分よく毎日を過ごしていたのですが、ある時、海を見せてあげようと思いたったのです。


 精霊たちの住むハジーマ大陸は、激しい渦の海にかこまれています。その渦の海を見せながら

「宝玉さま、これが海ですよ」と話しかけていた時、岩場のかげで何かがキラッと光って眩しさに少しよろめいたのだそうです。

 すると、両手に持っていた宝玉が滑り落ち、岩にあたって端がかけ、きらきらと欠片が飛び散りました。

 そして、端が欠けたまま宝玉は海に落ちていきました。


 あわてたカミィは急いで海に飛び込みました。光る宝玉を追いかけ、追いかけ深くもぐっていきました。しかし、あと少しというところで宝玉は渦に飲まれ渦に吸い込まれていったのです。

 カミィは何度も渦にとびこみましたが、渦の真ん中までいくと弾かれてしまうのです。それでは、せめて欠片だけでもと岩場にあがって宝玉の欠片を探してみましたが、岩の上やそのあたりにはもうヒトカケラも見つける事はできなかったそうです。

 あの時、欠片が飛び散った時に欠片が一つだけカミィの方に飛んできました。カミィはとっさにその欠片を小さな結界で覆い、今も大切に持っているのです。


 毎日、毎日カミィは海にもぐりました。渦の中心に何とか入ろうと何度も試みるのですが、どうしても弾かれてしまうのです。そこで、渦の中心を魔法陣に写し取り、なんとか宝玉を召喚できるようにできないか研究をはじめたそうです。研究の甲斐があって魔法陣は完成し、異界から様々なものを召喚できるようになったそうですが……どうしても宝玉は召喚できなかったのです。


 うーん。聞いてみると、そんな事が……とは思わないでもないけど、何と言うか……。

 何故、ゲスターチ帝国の北の森に居るかというと、宝玉が消えた渦に一番近い場所だったから。この北の森の神さまの木があるところのすぐ側は切り立った崖でその下に海があるし、その海に渦は移動していて、ずっと、そこにあるらしい。


 ゲスターチ帝国の神さまになっていることをカミィ本人は知らなかった……。

 勇者の剣と巫女の鉾は……宝玉さまを守る為に研究の合間に創り、どうせ結界が張ってあるのでと特に気にもせずその辺に置いておいたのに、たまたま、なぜか壊れているのを見つけて直したという事だった。カミィは物作りが好きみたいで、あちこちに色んなものが転がっていた。


 精霊は長く生きるし細かいことは気にしない。結界が綻んでいるのにも気がついたが、後で直せばいいかと思いそのまま忘れていたそうだ。どうせ二重結界で悪意あるものは内側には入れないからと……。

 子どもたちが時々入ってきているのは知っていたが、すぐいなくなるし子どもで悪意はないし、でそのままになっていたそうだ。桜を見に来ていると思っていたらしい。

 ゲスターチ帝国の子供たちには確かに悪意はないが、大人にいわれるがまま色々していたわけだけど……。


 カミィは長い間の苦労が実らず悲しくてあきらめて、土に潜ってしまったけど、この桜の花が咲くときには外にでて贖罪の踊りを踊っていたそうだ。桜の花を宝玉と一緒に見ていた時、宝玉が喜んでいるように感じたから。それであんなに哀しい踊りだったのね。

 カミィが桜の花が咲く時しか出てこない事を知っているゲスターチ帝国の神官たちが、子供たちを使って勝手に魔法陣や剣や鉾を借り出していたのだった。事情をきいたカミィに又なんども謝られた。まさか、そんなふうに使われるなんてわからないから仕方ないと思う。


「あの、宝玉さま、宝玉さまに人間が混ざっているようですが……」

「そのようですね。でも特に問題はありません。私は人に生まれてよかったと思っています」

「宝玉さま、もうしわけございません。そう、おっしゃっていただけると……。ここに宝玉さまの欠片がひとつございます。どうぞ、お受け取りください」

 神さま改めカミィが宝玉の欠片を差し出した。結界に包まれてキラキラと輝いている虹色の欠片。

「きれい……」


 カミィが宝玉の結界を解くと、その宝玉の欠片は突然空中に浮かびあがった。そしてクルクルと私の周りをまわってから突然とまり、そしてピューと空の彼方へ飛んで行ってしった。


「あぁ~」

「えぇ~」

「わぁ~」


  皆がびっくりして変な声を出している。私も驚いた。


「うそ~、どこにいっちゃったの!」

「え、えー、あれは精霊の国の方角ですね。ひょっとして『始まりの木』に戻ったのではないですか」

 リヨンがあわてたように言った。

「そ、そうかもしれないですね。とりあえず、帰りましょうか」


 元神さまのカミィはショックを受けたようで、宝玉の欠片が飛んでいった方向を放心したように見ている。

  私たち一行はカミィを加えてとりあえず精霊の国に帰る事にした。ボーッとしているカミィの手を引きながら歩いているのは長老のクリン。桜は美しく咲いているので、結界の綻びをしっかりと直してそのまま置いておく事にした。

 そして、ゲスターチ帝国の巫女たちに見つかると面倒なので、遮蔽の魔法をかけながらこの森の主たる木へ移動した。


  まず洞にそっと手をふれて「広がってください」とお願いした。すると、木の皮の部分がニューッと伸びてかなり大きく入口が広がったので一度に皆で入って移動できるようになった。


「渡会君からお先にどうぞ」

「えっ、レディファーストではないのですか?」

「お客様が先ですから」

「えっ、そうですか……。それでは、お先に失礼します」


 どうぞ、と言われた渡会君が洞に入ろうとすると ドン! と見えない壁にぶつかってしまった。


「えっえー?! な、何?」

「大丈夫ですか?」


 はね飛ばされてしりもちをついている渡会君に、長老のハリンが手を出しながら

「あっー、本来人間はこの洞に入れない、でした」

 と思い出したように言った。


「そういえば聞いていませんでしたけど、どうやって精霊の国に移動できたのですか?」


 人間である渡会君たちが突然『始まりの木』の下にやってきた不思議について、話をしていない事に気がついた。


「えっーと、いつも精霊がいる場所があるからと連れてこられて……そこに大きな木があって……大きな洞があって、そこには入れないと言われたのですが、巫女が転んで俺にぶつかって、そのまま二人で洞に転がり落ちて……落ちたと思ったら精霊の国でした」

「その時と今との違いといえば……」


 皆がいっせいに渡会君のコビトを見た。コビトは渡会君の頭の上でしゃがんで頭を抱えていた。

「コビトが精霊の国にいたから、移動できたのかも?」

「「そうかもしれません」」

「きっとそうです」


 みんなの声が揃ってしまった。


  渡会君のコビトをとりあえず私が抱えて洞の中に入ってみた。渡会君が洞の中に手を伸ばしてからそっと足を踏み入れる。

 入れた。洞の中は精霊の国という認識になっているのかも。

 ちなみにコビトだけでは洞の中に入れなかった。他の精霊といっしょでもダメだったけど、私がコビトをつれて精霊の国に入ると人も精霊の国に入れる。コビトを引っ付けた渡会君といっしょでも祠に入れたから、私と一緒というのが必要なのかもしれない。


 勇者と巫女が突然精霊の国にやってきた謎がとけた。

 つまり、人である勇者と巫女も二人のコビトが精霊の国にいたから招かれたお客様になったわけ……だけどそれ、何が判断しているんだろう? 視えない門番? みたいなのがいるのかもしれない。


 鉾と剣の謎もとけて後は宝玉の言い伝えとコビト達の謎だけど……宝玉、宝玉……えーと、とりあえず、宝玉の欠片はどこにいったの?


 さて、森の主たる木から『始まりの木』までみんなで移動する。私だけは洞の部屋に転移し、他の皆は木の下に現れた。


「あらっ!」


 洞の部屋の真ん中にさきほどの宝玉の欠片が浮いていた。そして、苔のベッドの上にもキラキラ輝く美しい丸い球が浮かんでいる。


 実はその……この小さな美しい球ですが3、4日ほど前にベッドの中にあるのを見つけた。何かしら? と思いつつきれいなので棚に飾ったら、いつのまにか又ベッドの上に戻ってくる。

 この苔のベッドはすごく寝心地が良いので、白亜の宮殿のお姫さまベッドに少しだけ横になりつつ、毎晩こちらへ移動してしまう。この珠、寝る前に棚に置いても『苔のベッドにもぐりこんでくる不思議な美しい球』という認識だったけど……これって宝玉かもしれない。

 私のことをカミィは宝玉さまとよぶけど、新しい宝玉ができていた……、という事?

 ちょっと宝玉の不思議について考えていると洞の前室にリヨンたちがやってきた。


「あっ」

「おぉー」

「ここへ来ていたんだ」

「宝玉の欠片……」

「こんなところに!」

「小さな宝玉もある」

「新たな宝玉?」


 前室から顔をのぞかせながら皆が騒いでいる。


「どうぞ皆さん、中に入って」

 私が声をかけると慌てたように皆が入ってきた。


「姫さま、これは……」

「新しい宝玉……ということかしら?」

「いいえ! いいえ! ちがいます! これは、この小さな宝玉は、宝玉さまの欠片です! 私がもっていたこの、欠片とあわせてやっと失われた宝玉の欠片の全てとなります」


 カミィが声をふるわせながら、掠れた声で叫びました。


「どうぞ……どうぞ、この小さな宝玉をお持ちください。宝玉さま」


 カミィにすがるような目で懇願され……まだ色々な事に対する覚悟はないし……私がその大きな役目を背負っても大丈夫? と心配。

 けれども、この小さな宝玉に呼ばれているのもわかり、恐る恐る手を差し出してみた。

 すると、ベッドの上の丸い宝玉が私の手の上にフワフワと飛んできた。宝玉の欠片もついてくる。そして、欠片は丸い宝玉の周りをクルクル3回ほど廻ったかとおもうと、スーッと小さな宝玉の中にすい込まれていった。

 つまり、欠片は宝玉に吸収された? と思うと、ストンと宝玉は私の手の平に落ちてきた。


 暖かく、なぜかやわらかい感触がする。小さな卓球の玉ぐらいの大きさだった宝玉は、そのままフックラとふくらんでゆき、サッカーボールぐらいの大きさになった。そして、表面にメリメリとヒビが入りはじめた。

 ――これ……どうしよう。割れてしまう?

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