第9話 『神の庭』に引きこもる神さま。
「渡会君『神の庭』ってどこにあるか聞きました?」
「ゲスターチ帝国の北側に細長い半島があって、その先にあるそうです。でも、神さまに直接会う事はできないらしいですよ。『神の庭』って結界が張ってあって人が立ち入る事はできないし、結界の近くによる事ができるのも、王族の子供が一人と神殿のけがれなき幼い巫女だけみたいです」
「大人が嫌いな神さま?」
「そうかもしれません」
「とりあえず、その場所を確認しましょう」
最長老のリヨンがふっと手をふると空中に地図があらわれた。球形になったこの世界の全体図が浮かんでいる。真ん中にハジーマ大陸があり南北東西に4つの大陸がある。
ゲスターチ帝国のあるシバーン大陸はハジーマ大陸の南になる。シバーン大陸の北、中央、南にそれぞれ主たる森があり、中央にある9番目の森の西側にゲスターチ帝国がひろがっている。
ゲスターチ帝国の北側、海に突き出したような形で細長い半島があり、その半島の先に『神の庭』がある。
『神の庭』の結界は2重になっていて中の結界の真ん中には大きな木があり、春になると短い期間だがとても美しい花を咲かせるそうだ。
すぐに散ってしまうが、散っていく花びらの中で舞っている神さまがとても美しいとの事。
もっともその姿を拝めるのは子供たちだけで、それも大きくなったら結界に入れなくなるし、その子どもたちも入れるのは外側の結界だけ。
内側の結界は誰も入れないので春先にその結界の外側にお供え物をして、一日にほんのわずかな時間だけ神さまを拝みにいくそうだ。
神さまはチラッと子供たちのほうをみるが特に気にすることなく、ただぼんやりと時を過ごしたりときには舞い始めたりする。ただ、あまり長くいるとそこはかとなく機嫌が悪くなるので、少しだけご機嫌伺いをしてお暇するのが神さまへの正しいお仕えの仕方だそうだ。そして、花が散ってしまうと神さまはスーと土の下へ帰ってしまう。
「神さまは土の下に住んでいるのでしょうか?」
「ほとんど、出てこないみたいですね」
「それって、その神さま、単に引きこもっているだけじゃないですか」
「そんな感じもしますね」
「春だけ短い間咲く花って……木に咲く花ですよね?」
「「桜……?」」
私と渡会君の声が重なった。
「桜の花びらが舞う中で舞っている美しい神さまって……見てみたいような……」
「男性でしょうか? 女性でしょうか? 女性でしたら女神さまですね~」
渡会君、ちょっと顔が綻んでいる。真面目君に見えるけど、君もやはりお年頃なのね。
「コホン」
リヨンがわざとらしい咳をした。渡会君がちょっと気まずそう……。
「えーと、ともかくこの半島の結界を張ってあるすぐ近くに、ゲスターチ帝国の特別神殿があります。そしてそこには、年若い巫女たちと選ばれた王族の子供が一人しかいません」
「警備とかはどうなっているのですか」
「半島の入口に厳重な砦があって、そこでチェックしているようです。半島の周りは激しい渦が巻く荒海ですし、空を飛ぶ手段もないようなので、それでこれまで大丈夫だったみたいですよ。」
「渡会君、よく調べましたね」
「親切な女性神官がいて、なんでも教えてくれたのです」
「渡会君、それって……」
「あっー、好意を持ってくれていたみたいです」
「巫女の真紀さん、大丈夫でした?」
「男性神官がチヤホヤしていましたし、それに俺はあの人は、ちょっと……」
「苦手なタイプ?」
「なんだか、言動がおかしいなって思います」
実はわたしも真紀さん、ちょっとおかしいな! と思っていた。地下鉄の階段から突き落とされた時は、色々あって頭に血がのぼっていたと考えられなくもないけど……ゲスターチ帝国にきてからの言動は、人としてのタガがはずれたような感じがする。真紀さん……大丈夫? 真紀さんのコビトが側にいることで落ち着いて人間性を取り戻してくれたらよいけど。
――今は小鳥だけど……。
渡会君とリヨンと話し合った結果、ゲスターチ帝国の神さまとやらに会いに行くことにした。リヨンも土の中にいる神さまなんて知らないという事なので、会えないならば土を掘ってみようと話がまとまった。神さまにあって鉾と剣の話を聞いて、ひょっとして争うようならば仕方がないので戦う覚悟をする。
これはあまり人には言いたくなかったが……私は魔法が使える。リヨンや他の精霊に教わって魔法の練習をして……とても軽々と様々な魔法が使える事に驚いた。そして使いたくはないけど、私が手のひらを広げて消えて! というとすべてのモノが消えてしまう。恐ろしい事に。
『消えて』の魔法はとても強力だ。できれば神さまとも平和的お話ができる事を祈って、ゲスターチ帝国の北の半島に明日、行く事にした。
鉾に入っていたクリンは話し合いが終わった後に、リヨンが鉾の魔法陣をチョイチョイといじると、欠伸をしながらノホホンとした顔をして出てきた。鉾からクルクルと光の粒になって出てきて、クリンの形にまとまった時は思わずみんなで拍手をしてしまった。クリンは恥ずかしそうにしていたけど、優雅に一礼して近くの椅子に腰掛けた。一件落着。良かった。
――勇者と巫女のコビトたちもテーブルの上で一緒に拍手をしていた。こちらの世界では、コビトと人は離れる事ができるせいか、時折、振り返りつつ自由に動いているみたい。なんだか、二人のコビトがいる生活に慣れてしまったので、いなくなると寂しいかもしれない。
さて、明日はお出かけだけど、うまくいくといいなぁ。
「お早うございます」
「お早うございます」
すっきりした顔で勇者の渡会君がダイニングルームにやってきた。よく眠れたようだ。後ろから彼のコビトも飛んでくる。渡会君が立ち止まると、そのまま彼の頭に飛び乗った。
「異世界なのに、豪華なホテルのスイートルームに泊まった気分でした。精霊の国っていいですね。ゲスターチ帝国よりすごく進化していますよ。あちらは中世で時代がとまっているみたいでした」
「それは……良かったですね。」
「本当に昨日も楽しかったです。お金なしで買い物できてしまうなんて、なんだか悪いような気がしますね」
昨日、少しの時間だけ、精霊の国の王都を案内して一緒にお買い物をした。渡会君は「ファンタジーだ! 映画の世界に入ったみたいです!」と喜んで、 買い物にお金がいらないのを驚きつつ、木製のアクセサリーや細工箱などをもらって嬉しそうにお礼を言っていた。そうやって素直に喜んでもらえるのが精霊には何よりのお礼になる。
今朝の 朝ごはんは和食だった。渡会君はお味噌汁に喜んでいたが「納豆はないのですか」と聞かれたので、聞いてみると精霊たちは納豆を知らなかった。そういえば我が家ではめったに納豆を食べないので、納豆は描かなかったかもしれない。渡会君は納豆好きのようだが、納豆は地方で好き嫌いがあるような気もする。
後からこっそり描いて、明日の朝食にでもだしてあげよう。でも、納豆って癖があるけど精霊たちは大丈夫かな?
朝食の後、出かけるために出発の間に集まった。出かける時の為にこんな部屋までつくってしまったらしい。メンバーは勇者の渡会君、最長老のリヨン、長老のクリンとハリン、秘書のリーリと私に、渡会君についていたコビト。コビトもメンバーに入れていいのかしら。
小鳥になった真紀さんと彼女のコビトはお留守番。真紀さんは客間の窓辺におかれた鳥かごの中で今日も元気にさえずっていた。彼女のコビトは庭をフラフラと散策している。
出発の間から『始まりの木』までテレポートした。精霊の国の中で知っている場所ならテレポートができる。便利だけど誰かにぶつからないように念のため空中に出現した。
「ここから、ゲスターチ帝国の北の端の森に行く事にしましょう」
リヨンがさらりというのに、
「まず、主たる森に行かなくてもいいのですか?」
「えぇ、きちんと場所が認識できていれば大丈夫なのです。今回は地図で確認をとってから行きますから」
直接行けるとは知らなかったけど、楽になるね。
6人プラス1人で『始まりの木』の前室から北の端の森の主たる木まで転移した。ゲスターチ帝国もまさか直接くるとは思わないだろう。
着いた。北の端の森。ここは瑞々しくマナがあふれている。なぜ?
「おかしいですね。ここの森だけマナがしっかりとあります」
リヨンが首をかしげた。
「神さまのおかげなのかしら」
「姫さまがいらしてからマナの心配はなくなりましたが、シバーン大陸はまだ回復していないはずです。しかし……この森は変ですね」
森の奥に神殿がみえる。ギリシャ神話にでてくるような真っ白な神殿だ。遮蔽の魔法をかけた私たち一行は神殿の人々からは見えないので、神殿を避けてさらに奥に進む。
「あっー、たしかに結界が張ってありますね」
「悪意や邪気をもつ者をはじく結界です。かなりきつい結界なので純粋な子供しか入れないでしょう」
「人間なら多かれ少なかれ、煩悩を持っているものですからね」
「そうなんですか」
勇者の渡会君が、がっかりしたように声を出した。
――でも、渡会君、結界の中に入っている。
「渡会君、結界の中に入っていますよ」
「えっ、えーと、乙女さんと一緒だからかな~」
まぁ、自分が子どものように純粋無垢とは思いたくないよね。
「二重結界ですね」
「精霊以外は入れなくなっています」
「神さまは、精霊と似ているという事でしょうか」
内側の結界の真ん中には大きな木があった。これ、桜?
渡会君は内側の結界には入れなかったので、一応リーリとハリンをつけて外側の結界にいてもらう事にした。
私とリヨン、クリンで桜? の木の前に立った。
「花が咲くと出てくるというのなら、花を咲かせてみればいいのではないでしょうか」
「姫さまがこの木にふれて願えば花が咲くと思います」
とリヨンがいうので、そっと木に触れて「花を咲かせて……」と願ってみた。
大木がほのかに光ったかと思うと緑の葉が風に舞うように空中に消えてゆき、蕾がつき、花びらが開き、あっという間に満開の桜が咲いた。桜、間違いなく桜の花。いつみても懐かしく美しい景色。
満開になった桜の木の下、土の中から白い手がニュッと出てきた。
腕が一本、土からはえているのはなんだか不気味な感じ。
そこから、スルスル~と回転するように人が現れた。神さまなの? ヒラヒラと薄絹を重ねた羽衣のような衣装を着ている。儚げな雰囲気のたいそう美しい……人に見える。
「ふぅ~」とため息を一つ吐くと、満開の桜の花びらが散るなかで舞い始めた。手にもった扇がゆれるたびに花びらも揺れ、それは美しく哀しい舞だった。
見ていると胸が締め付けられるような気がする。この神さま、どんな哀しみを抱えているの?
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