第8話 勇者と巫女が来たけど、情報も来ました。
―― 時は少し巻き戻り――
「えっ」
「なにここ!」
突然、「始まりの木」の元にゲスターチ帝国の勇者と巫女が現れた。
本人たちもビックリしたみたいで、驚きつつまわりを見回していたとの事。
「君たちは何ですか!?」
たまたま、九番目の長であるクリンたちがそこに居合わせ、驚いて声をかけた。
すると、
「これじゃないの?」
巫女が叫び、突然持っていた丸い大きな鉾をクリンに突き付けて彼を倒すように押しつけてきた。
すると、クリンはその鉾の中にクルクルと輪をえがくように粒となって吸い込まれていってしまった。
「やった! やったわ! つかまえた! これで世界は救われるのよ!」
巫女は喜び笑ったそうだ。
「ちょっと、待って!」
勇者があわてて巫女に声をかける。
「何?! もう、急いで帰るわよ。もっと必要ならまた、ここに取りにくればいいのよ。なんだか他にも居るみたいじゃない?」
「待って、彼らの話も聞いてみないと」
「何言っているの? これらは人間じゃないのよ! 話なんて理解できないわよ」
「随分な言いぐさですね」
そこへ最長老のリヨンがため息をつきながらあらわれ、片手をふった。すると大きな鳥かごが二つあらわれ、勇者と巫女の上からかぶさるようにして、それぞれを鳥かごの中に閉じ込めた。
「何これ! 何するのよ! 出しなさいよ! 私にこんなことしていいと思ってんの!」
「うるさい人間ですね」
「あ、あの、すみません」
勇者がとまどいつつ声をかけてきた。
「ああ、あなたは割とまともそうですね」
「なんだか、いきなりここにきてしまって……」
「そして、これ幸いとクリンを鉾の中に捕えたと」
「いえ、そういうつもりはなくて……」
「でも、そこの人間の女は、鉾の中に何もしていないクリンを捕まえてしまっていますが……」
「すみません。でも、そもそもよくわからないのですが、貴方がたは精霊なのでしょうか」
「そうですね。あなた方はゲスターチ帝国が召喚し、勇者と巫女と呼んでいる人間という事でよろしいのでしょうか?」
「なによ! 精霊ごときが人間さまにずうずうしい! 勇者様、巫女様と呼びなさい!」
「本当にこの人間の女はうるさいですね」
というやり取りが行われているとき、私たち一行が始まりの木の広場へ到着した。私たちが移動のために使った魔法はいわゆるテレポートだ。
「姫さま!」
「クリンは大丈夫ですか?」
「鉾に囚われてしまっていますが、鉾の中で眠っているはずです」
「また、壊さなくてはいけないのでしょうか」
「そもそも、この鉾は精霊を守り保護するためにあったはずですから、中にいるぶんには問題はございません。おだやかに良い夢をみつつ寝ているはずです」
「まあ、では私が昔の勇者召喚の時に壊してしまったのは、よくなかったのかしら?」
「そんな事はございません。あの時は必要にせまられてなさったのですし、鉾の存在理由もご存じなかったのですから」
「なんで、あんたがそこにいるの?! 犯罪者!」
鳥かごの中から真紀さんが叫んだ。
「どちらかというと君のほうが犯罪者だよ。駅で君が彼女を突き落としたところ、見ていたからね」
勇者が真紀さんに冷たく言い放つ。
「誤解よ! 悪いのはそいつ!」
「本当にうるさい人間です」
最長老のリヨンがフイッと手をふると、真紀さんは小鳥に姿を変えた。と同時に大きな鳥かごは、スルスル~と小さな鳥かごになった。でも、小鳥はすごい勢いでピピピィとさえずっている。
「姿をかえてもうるさいですね」
リヨンがもう一度手をふると遮蔽の魔法がかかったのか、鳥かごから声は聞こえなくなった。
「すごい……魔法だ……」
勇者が鳥かごの中からつぶやいた。
「見たことはなかったのですか?」
「いえ、魔法をかける為にはそれなりの準備が必要だと聞いていたので」
「それは人間の場合ですよ」
「そうなのですか……」
首を傾げつつ勇者はこちらへ向かい声をかけてきた。
「え~と、それよりあの、無事だったのですね。あれから捜しても消息がつかめなくて、どこに行ったのだろうと思っていました」
「ありがとう。捜してくださったのですね。あれからすぐ森に捨てられてその後、樹木のドアからこの精霊の国へ来ていたのです」
「姫さまって呼ばれているようですが」
「ええ、私は精霊女王だそうです」
「えっ?! す、すごいですね」
「ほんとですね」
私と勇者の高校生は乾いた笑いをかわし、そこで初めてお互いに名前を名乗った。
勇者の名前は渡会信二君といい、いわゆる進学校の3年生で国立の医学部めざして追い込み中との事。なんとか現役で合格したいので早く元の世界に戻りたいと切実に思っていると、……それは大変。
ちなみに勇者と巫女、二人のコビトは私についてきていたが……勇者のコビトは彼を見たとたんに鳥かごのオリをすり抜け彼の頭の上に乗った。そして、私に向かって90度の角度で深々とお辞儀をする……やっぱり、宿主がいいのかも。
巫女の、というか真紀さんのコビトもやはり私に向かって90度の角度で深々とお辞儀をしてから、とてもイヤそうに里真紀さんの入っている鳥かごの傍にいき、体育すわりをして頭を膝につけてじっとしている。見ているだけでどんよりとした空気が伝わってくる……真紀さんにつくのがイヤなのかも。引っ付いてないし。
かわいそう、だけど……どうしようもないし。
とりあえず、いつまでも鳥かご越しにお話ししているのもなんなので、場所を移すことにした。
「渡会さんを鳥かごから出してください」
「それはかまいませんが、あの剣は危険ですよ」
「では、剣はその鳥かごにいれたまま運びましょう」
「それは良い考えです」
最長老のリヨンが左手を振ると、勇者の渡会君は外に出て小さな鳥かごが二つポツンと残された。一つの鳥かごにはキラキラと輝く小さくなった剣が入って、もう一つの鳥かごには小鳥と鉾が入っていた。
さすが最長老! リヨンの魔法の腕はすばらしい。
そのまま渡会君を白亜の宮殿にご招待したら『映画とか、アニメにでてきそうな宮殿ですね』と感心したように言われたので、元々は私が考えた宮殿なの、とは言わない事にした。
映画とかアニメではなく実物のお城とかホテルのスイートルームとか参考にしています……けど、ちょっと取り入れた部分もなきにしもあらず、なので知らないふりをする。
客室のプライベートデッキに場所を移して、食べそこなったお昼を取りながら渡会君と話をした。
ピクニック用に準備していたお握りやお稲荷さん、お赤飯のおむすび、から揚げやエビフライ、焼き鮭、玉子焼き、ポテトサラダ、きんぴらごぼうにアスパラのベーコン巻き等々きれいな漆のお弁当箱に入れられて出てきた。お吸物の中には手毬麩が浮かんでいる。
渡会君はお弁当を見て感激していた。ゲスターチ帝国のお食事はあまり美味しくない西洋風の献立が続いていたそうだ。日本のご飯が恋しい! と切実に思っていたとの事で「美味しい、美味しい!」と、とても嬉しそうにたくさん食べてくれた。
デザートの大学芋を食べながら「もうこのまま、ここに住みたい気分です」と呟いていた。
料理人が喜びます。
渡会君のコビトも一緒のテーブルでご飯を食べていたけど、渡会君にはコビトが視えないらしくて
「そこの小さなお皿から食べ物が浮かんで消えていくのですが……」
と不思議そうに聞かれたので、渡会君についているコビトのお話をしたらとても驚いた。
異世界召喚されてから何となく何かが足らないような気がしてゾワゾワしていたそうだけど、ちょうど、渡会君のコビトが頭にのったあたりから気持ちが落ち着いてきたそうだ。やはり、人とコビトは一体なのかもしれない。
でも、こちらの世界のコビトは野生のコロボックルのように人から離れていて、しかも半透明。そして精霊たちにあちらの世界のコビト(勇者と巫女のコビト)は見えるのに、この世界の半透明のコビトたちは見えない。
精霊の国にはこのコビトのような存在はいない。だからだろうか、この勇者と巫女のコビトたちは精霊たちから結構可愛がられて、しょっちゅうお菓子や何かをもらっていた。
毎日あんなに食べて大丈夫なのか、心配……。
最初、最長老のリヨンが言っていた、こちらの人間世界で見かける事のある『妖精』のようだといわれるコビトだけど、実はその妖精は『死の妖精』と呼ばれ人が亡くなる時に現れる。
人間社会に殆ど行かない精霊たちは、あまり見た事がないそうだけど……。
『死の妖精』はこちらの世界の人間にも獣人にもしっかりと見えて、見かけると弔いの儀式のため急いで神官を呼ぶ。
私が以前この世界をフラフラしていた時にはその『死の妖精』、見た事がなかったけど……視えなかったのか、見かける機会がなかったのか。今はわからないけど『死の妖精』を含めてコビトたちの謎がとけるとすっきりしていいなぁと思う。ホント、コビトってなんだろう。
ちなみに巫女の真紀さんのコビトも渡会君のコビトと一緒にご飯を食べている。暗い空気をまといつつ……でも、食べるのね。
真紀さんは鳥かごの中でパンくずと果物の端キレを食べている。こちらを見ながらすごくピイピイ鳴いていたのだけど(声は聞こえません)鳥かごの中にパンくずを乗せたお皿があらわれると、黙って食べ始めた。お腹がすいていたのかも。真紀さんも小鳥としてみると、可愛いかもしれない。でも、人じゃないからコビトも付けないのかなぁ。小さいし……。真紀さんのコビトは側にいるだけだった。
そして、クリンの入った鉾は、鳥かごから取り出してテーブルの上にのせたクッションに置いている。なんでも、鉾に入ると寝てしまうので2、3時間たってから出したほうがすっきり目覚めてよいそうだ。
この鉾、精霊を守り保護するといっていたが、鉾に描かれていた魔法陣は本来お出かけした時のお昼寝ルームをつくるための魔法陣だそうだ。
どうして、そのようなものがゲスターチ帝国の巫女の鉾になっていたのかは謎だけど……。
そして渡会君から聞いた話だが……ゲスターチ帝国、まじ! 信じられない。
勇者としてよばれた渡会信二君は召喚された後、豪華な謁見の間で王様とお会いした。そこで、世界が滅びに瀕しているので救ってほしいと言われたそうだ。そして神官から勇者の仕事内容を聞いたのだが、その方法がなんだか……、なんだか……だったそうで、不信感が芽生えたそうだ。
どういう話かというと、精霊を見つけて巫女が鉾に精霊を触れさせて捕まえ、その鉾をもちかえり鉾に剣を当てる事で精霊が少しずつ鉾からでてくるときに、その、つまり、精霊を……剣で切り刻む。
――剣で切り刻むとは……知らなかった。以前の勇者と巫女たちもそんな話はしていなかったから、あの時はその場になってから言うつもりだったかも。よくもそんなひどい真似ができる!!!
神官は「精霊を清めて本来の姿に帰し、その時にあらわれるマナを大切に保管し世界のために使う」と言っていたそうだけど、その方法もその時に交わした会話も渡会君的にはありえなかったそうだ。
「精霊を初めて見ると人と間違えてしまうかもしれません。しかし、精霊とは人の形をとっていますが、実際にはただのマナの塊であり何かを話していても意味も分かっていない人のまねをしているだけのものであって、それらを消す事で世界にマナが循環するのです。これは彼らのためでもあるのです。彼らも本来の姿に戻ったほうが良いはずです。ただ、なかなか捕まえるのが難しいのですが、この鉾で捕獲して剣で刻む事で精霊を本来のマナの形に戻す事ができるのです」
と神官の説明があったとの事だが、巫女の真紀さんが
「精霊を捕まえるのって巫女しかできないのですか?」と聞くと
「古より異界より招いた巫女と勇者でなくては、精霊を本来のマナに戻しその魂を救う事は出来ないと言われています」
「つまり、捕まえるのは私じゃないとできないし、結局は精霊にとっても人助けじゃなくて精霊助けになるわけね」
「彼らには理解できないかもしれませんが……」
「まるで人殺し! ううん、精霊殺し! みたいな感じ?! ヤダァー恐い!」
真紀さんがクスクス笑いながら言ったそうだ。
「まぁ、死刑執行みたいなおつもりでいていただいてもかまいません」
「ふふ~、やだ~。でも、精霊ってすぐ見つかるのですかぁ~」
「なかなか隠れるのが上手いのですが、いつもこのあたりという場所はあります」
「あの、こういった勇者とか巫女の召喚は何度か行ったのですか?」
いやな気分になった渡会君が自分を抑えながら質問してみると
「本来ならもっと頻繁に行っていたのですが、神器が破損してしまいまして……なかなか直していただく事ができなかったのです」
ゲスターチ帝国には神の庭といわれる結界が張られている神聖な場所があって、一年にいちど春先に神が姿をあらわして花を眺めながら踊り、花が散るとまた姿を消す。
はるか昔にその神さまから下賜されたのがこの剣と鉾で、破損した剣と鉾を結界の綻びから結界内に戻しておいたのに、なかなか気づいてもらえず先日やっと直されているのを見つけて召喚をおこなえるようになったとの事。
「えーと、その神さまってどなたかしら?」
と私が聞くと
「それは、それは美しい方だそうですよ」
渡会君がはっきりと言った。
「リヨン、知っていますか?」
「さぁ、よく存じません。姫さまがいらっしゃるまではあまり人の事には興味がなく、精霊どうしも気ままに生きておりましたし……特にシバーン大陸には関わる事もごさいませんし」
「そうですか……。でも、シバーン大陸は別として、他の大陸とは随分と関わるようになったみたいですね」
「姫さまのおかげでございます」
「えーと、すみません。その姫さまとか精霊女王とか、昔を知っているみたいなお話から……その、乙女さんはひょっとして、もとから精霊さんのお知り合いでしょうか?」
渡会君が、ちょっと悩んだような顔で聞いてきた。
――乙女小路、という名前は長いので乙女さんと呼んでくださいとお願いした。ほとんどの方は乙女、でちょっと切って小路さん、と続ける……から。
「その……なんといえばいいのか……えーと、昔、ここにトリップしてきたの」
「姫さまがこちらにいらしたのは、1800年ほど前になります」
リヨンが付け加えてくれた。
「え! 乙女さん、いくつですか?」
「23です」
「えーと?!」
ちょっと混乱した勇者の渡会君に私の過去を簡単に説明した。5年ほど前に異世界トリップして100年ほど過ごして帰ったら1、2秒くらいしか経ってなかったという事と、5年ほど現実社会で過ごしたらこちらでは1800年ほど経っていたという事を。100年で1、2秒って時差はどうなっているのだか。
「じゃぁ、帰ってもほとんど時間的経過はないという事ですか」
「そうですね。前に召喚された勇者の人もほとんど時間差はなかったと言っていましたから。でも医学部希望だと、実際に勉強できない期間ができると、かなり大変ではないですか?」
「勉強は積み重ねですから、事実上の空白期間があくのは痛いですね。でも、参考書とか赤本とかは持ってきているので、それで暇をみつけては勉強しています」
渡会君、なんと常に肩掛けカバンを持ち歩いているそうだ。今も椅子の横にカバンが置いてある。
「受ける大学は決まっているのですか?」
「センター次第ですね。センター本番でこける先輩は結構いたみたいなので模試で点数を取れても安心できませんから」
「渡会君、国語は得意?」
「コンスタントに点数はとれています」
「じゃぁ、あとは平常心ですね。国語って出題者の意図を読むのが一番なのだと思うのだけど……」
「けっこう、自分なりの解釈をして点を落とす人はいますね」
「主人公の気持ちなんて読者によって変わってくるのは当たり前なのに……。国語では出題者の求めている答えを推し量る能力が一番必要なのですって……」
従兄弟が昔、国語で苦労していたのを思い出してしまった。受験生にとってセンター試験は本当につらい関門だ。いつもは取れていても、あの独特の追い立てられるような試験は一つミスをすると、そのままズルズルと点を落とす事も結構ある。
大学も人数でセンター足きりなんてせずに、すっきり目標点数明示で選択肢を増やしてあげて。とセンター試験の時期になると苦労していた従兄弟を思い出してしまう。
さて、すっかり話がそれてしまったが、精霊たちの知らないゲスターチ帝国の神さまってどういう方なのかな?
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