第7話  精霊女王ですか。えっ、事件?!

お菓子を食べているのに、最長老のリヨンが、さらに新しい桃のお菓子を持ってきた……新作だそうで。リヨンによると私の来訪はすでに精霊の国のニュースとして国中にいきわたっており、私に会えるのを皆さん楽しみになさっているとの事。


 リヨンが新聞を渡してくれた。精霊の国にも新聞があるみたい。ちなみに新聞は毎日配達されるけど、配達のつど新聞ポストの隣に設置してある回収ポストでいらなくなった前日分を回収していく。そして、回収した紙を溶かしてまた再利用する。これは新聞紙がたまらなくて良いと思う。精霊は荷物を浮かして運ぶから問題ないみたいだけど、現実世界だと配達の人は困るかな。 さて、今日の新聞には一面に大きな文字で


『精霊女王さま、帰還!』


 とあった。なんでしょう! これ! 始まりの木の前にいる私の写真も載っている。いつの間に撮られたの?

 でも、精霊女王って私のこと?!


 驚いた私にリオンは

「精霊女王とは、姫さまの事でございます。姫さまが以前こちらに来られた時には、既に精霊たちの中では精霊の女王様という認識でございました。」

「でも……」

「女王様と一度お呼びしたら……おいやなご様子でしたし、年若い姫さまに女王さまと呼びかけるよりは、姫さまのほうが言いやすく親しみやすいとの事で姫さまとお呼びいたしております」

「女王って」

「すべての精霊を統べる母なる存在でございます。」

「まだ、子どもを産んだ覚えはございませんが……」

「存在そのものがこの世界における尊い方でいらっしゃるという事です」


 リヨンの話ではこの世界では精霊がすべての根源に関わるらしい。精霊が世界のあちらこちらの森に点在し、精霊を介して『始まりの木』から世界にマナがあふれていく事でこの世界のすべてが循環しているそうだ。

 リヨンは前の最長老が消える時に知識を受け継いだが、もっと年をとった状態であったので、まだ完全に古の記憶が取り戻せてないとの事。最長老の知識はその最長老の精霊が消える時、その時点で一番年上の精霊に引き継がれていくのだが、長生きをした精霊が消える理由は様々でもう十分生きたという理由がいちばん多いそうだ。


 ちなみに、不老不死になった精霊も『始まりの木』に願う事で消える事ができる。知識の引き継ぎは儀式とかは特になくて、精霊がお互いに手と手をあわせて祈るだけ。

 とにかく、この世界は精霊がいる事、すなわちマナがあることで維持されている。そして精霊とは実はマナで構成されているそうで……?。


『始まりの木』から全てのマナがあふれてくるが、精霊が生まれてくるのも『始まりの木』から。

『始まりの木』に小さな実ができて大きくなって、そこから生れ落ちてくる。生まれると木の周りでフヨフヨと浮いているから、子どもを育てたい精霊が引き取って育てる。ちなみに精霊は両性で生まれてきて、15歳くらいでどちらかに進化する。夫婦はほとんどが男女のペアだが、たまに同性もいるそう。


 何しろ精霊の世界は多少、人の常識とはちがうこともあるけど、前に私が来た時よりもかなり人間社会というかむしろ、日本に見た感じとか生活ぶりとか食べ物が似てきているのは間違いない。

 私が昔、日本人の常識で育ててしまったせいかもしれない。


 この精霊社会の女王……私が精霊だとしたら何故、私は人間に生まれたの? 最長老のリヨンから人間ではなく人の混ざった精霊だとはっきり言われて、その時はとりあえず流してしまったけれど、本当に私ってなんなの?


 以前この世界にトリップしてきたときは半透明だったから、あなたは幽霊になりましたと言われても納得したかもしれまないけど、今はどこからどう見ても人間だし精霊たちみたいに美形! というわけでもない。

 でも私が来たことで『始まりの木』からマナが溢れだした! とか『始まりの木』の洞部屋に入れるのは私だけとか『始まりの木』に触っていると妙に落ち着くし、あの部屋だとよく寝る事ができるなど考えるとわからない事ばかり。


 でも、考えていても仕方ないので視察という名の観光に出発。ファンタジーの世界に進化した精霊の街並みを色々と見て回る事にした。森と林と草原と湖と……自然がひたすら美しかった精霊の国は、今は精霊と自然とファンタジーが融合し、近代的要素もとりいれた理想の国になっていた。


 こんな国なら私も暮らしたいと思うような国。もっとも精霊の国には貧富の差がないし税金も通貨もない。働きたい人が勝手に働いて欲しい物は物々交換する。それで成り立つのかというと、成り立っている。

 欲しい物がある精霊はそれが作れる精霊に頼み、対価として労働とか何か持っているものと交換してもらう。でも、何も持っていなくても働きたくなくても、親切な精霊たちは簡単に欲しいものを欲しい精霊にあげてしまう。


 役所に働きたい精霊は役所にいってこういう仕事がしたいとお願いする。基本的に仕事はなんでも自分でみつけてしたい事ができるし、人が足りなければ人材募集のボードに募集をだしておけば誰かが応募してきてくれるそうだ。

 何もしたくない精霊は何もしなくてただボーッと一生を過ごしてもそれはそれでかまわない。基本的に精霊は食事をする必要はないから。

 ごくたまに、ずうっと木の上で何年も何十年もじいーっとしている精霊もいるそうだ。ひたすら何かを考えている……哲学者かもしれない。


 他の精霊が何をしようが、そのままあるがまま受け入れてくれるのが精霊社会だ。これは飢えや生きていく苦しみがないせいなのかもしれない。みんな美形だが、ちょっとノホホンとした顔をしているような気がしないでもないしある意味、天国みたいなものかもしれない。


 こういう苦労のないのんびりとした人生を送っていると、文化が退行するような気もするが、私の描いたファンタジー世界を維持するために精霊の世界は発展してきたらしくて、そのせいで他の大陸の人間たちとも交流を持つようになったので、これはこれで良いのかもしれない。建築や美術に凝る精霊がでてきたせいか、その作品には圧倒された。芸術作品の美しさは世界の宝。美しい作品の数々に感動させられる。


 そして、精霊の皆さんの歓迎ぶりがすごかった。精霊人口? もすごく増えていた。5年前、私がこの世界にはじめて迷い込んだ時、長老の精霊たちが眠りにつきはじめていた頃は、もう世界に彼らしか精霊は残っていなかった。年若い精霊たちが消えることで世界にマナが広がりかろうじて世界が保たれていたそうだ。もし私がこちらの世界に来ないままだったら、最長老の消滅と共にこの世界も消えて無くなっていたかもしれないから、本当にぎりぎりのタイミングだったのかも。


 今回もマナが少なくなりはじめた時という事なので、勇者と巫女の召喚に巻き込まれたというよりは、来るべき時にちょうど召喚のタイミングがあったのではないかとリヨンが言っていた。


 ここのところ毎日のように精霊の国を見てまわっている。もう完全に観光。ファンタジーな世界を物見遊山してまわるのって……楽しい。一つの国規模の全天候型テーマパークを見てまわっている感じ。


 始まりの森が以前と変わりなかったので、そんなに変わっているとは思っていなかった。でも、こちらへ来た日に森から王都に移動し、中央広場の大木から夕食のために料亭『桃屋』にそぞろ歩いて移動した時に見た精霊の国は「ここはどこ!?」というくらい変遷していた。

 いつの間にか王都ができていた事や、桃に関連するお店の名前が多いのも驚き。


 あの夜、長老のリヨンや他の長老たちといっしょに道を歩きながら、

「えーと……とても、素敵な街並みになりましたね」

 と私が言った言葉に

「気に入っていただけると嬉しいです。」

 最長老のリヨンがにこやかに返してくれた。


「前は森の木の中にお家をつくっている精霊たちが多かった……と思うのですが……」

「えぇ、姫さまが居なくなられてから残された絵を基に、姫さまのイメージを再現すべく建築を楽しむ精霊たちが増えました」

「そ、それは有難いことですね。なにやら、お店も沢山できているようですが……」


 王都の街には大きな木とお店が一体となっている、様々なお店ができていた。色々な形をした木の枝を巧みに組み合わせて緑と茶色を基調にした東屋のような建物や、このまま秘密基地に着くのではと思わせる木々に囲まれた小道の先にあるお店、これは木を組み合わせてできてるけどビル! というしかない建物等もう個性的で、でも全体としては調和のとれているお店がたくさんあって多様な品物を売っていた。


 売って? いえ、お金のやり取りはないからお薦めして貰ってもらう……という感じで。なかには木の枝に商品をディスプレイして「ご自由にお持ちください」としているお店もある。


「色々な生活をうるおす品物をつくって、やり取りするのは楽しいものですね」

 長老のハリンが言うと

「買い物は大好きです」

 嬉しそうに長老のトリンが言った。 


「以前は人間と精霊はほとんど関わりを持つことがありませんでした。各大陸には『主たる森』の『主たる木』を中心にそれぞれの国家が神殿を建てていますが、そこの神官たちと少しだけ交流がある程度でした。この世界の国は精霊を信仰していますから。ごくたまに精霊が人間や獣人の国に行くと、とても騒がれる為なるべく関わらないようにしていたのです。」

「しかし! 姫さまの描かれた理想の社会を創るため、食文化を向上させるため、わたくしたち精霊はがんばりました」

「がんばりました!」

「そうしたら、楽しかったのです」

「そうなのです」

「いつの日か姫さまに喜んでいただける事を目標にしました!」

「それも、楽しみだったのです」


 精霊たちが目をキラキラさせながら口々にお話ししてくる。

 他の大陸の人間や、獣人たちとの交流は以外と楽しかったようだ。この世界には大陸が五つあるけど、この精霊の国がある『ハジーマ大陸』以外の大陸では精霊が信仰されているので精霊はとても大切にされているのだ。

 ただ、シバーン大陸にあるゲスターチ帝国は精霊信仰ではなく独自の神さまを信仰している。


 精霊の国だけではなく人間の国、獣人の国にもお忍びで行ってみた。まだまだ文化的には素朴な進化をしていて、それはそれで良かった。以前こちらに来たときに比べると、あちこちで食事ができるので楽しみがひろがって美味しい。


 さて、精霊の国にきて7日目、今日はバラ園にピクニックに行く事になった。いつも側についてくれるリーリと宮殿で働いてくれている精霊たち、14,5人はいるかも。皆でお弁当をもって出かけた。

 王都をぬけてバラ園に向かう。感動的な風景がひろがっている。美しい。ピンクの薔薇の大きなアーチがあり、その手前は右が白薔薇、左が赤い薔薇になっている。


 どこまでも続く薔薇の海が左右にひろがっていた。アーチを抜けると赤、青、白、ピンク、ローズレッド、サーモンピンク……同じ色でも微妙に色あいが変わり薔薇の種類も違うから本当に色々な花が咲き乱れて、でも絶妙なバランスで植えられているから一枚の絵を見ているよう。

 この作品を維持するのは本当に大変なのでは……。園芸家は芸術家だったのね。薔薇の彼方には緑の草原がひろがり、そこにも様々な花がゆれている。薔薇の花と草原の素朴な花畑がまた違った趣でみごとに調和して美しい。


 天気がよい青空の下、一緒についてきてくれた精霊たちがウズウズしているのがわかる。お澄まししているけど、本当は走り出したいのかな。むしろ踊りだしたいのではない?


「リーリ、皆も遠慮はいらないと思います」

「よろしいのですか」

「もちろんです。こんなにお天気がいいのですもの」


 精霊たちは嬉しそうにサヤサヤと緑の葉をゆらしている大木の下まで駆けてゆき、ひとりが笛を取り出して明るいテンポの曲を吹き出した。どこからか折り畳み式のキーボードが出てきて、スネアドラムもあらわれた。その曲にあわせて付いてきてくれた精霊たちがみな踊りだす。輪になって広がって空の上に浮かび、逆さになって落ちてきたかと思うとギリギリ空中回転したりして本当に楽しそう。


 そして音楽の曲調が変わり、三人の精霊たちが前に出ると美しいメロディラインでハーモニーを響かせはじめた。続いて前にでた踊り手も三人。踊りのほうはゆるやかなバレエを思わせる優雅な踊りだ。見ている精霊たちは体を揺らしている。もっとも、空中に浮いていたり木の上に逆立ちしていたり自由気ままな位置にいるけど、みんな楽しそう。精霊たちは音楽と踊りが大好きで、普段からあちこちで歌ったり踊ったりしている。


 おぉー、ハープのような楽器がどこからか現れた。メロディは聞いたことのない曲だけど、なんとなく懐かしい響きが胸にしみてくる。日本の楽曲、楽譜をもちこんで弾いてもらうと精霊の皆さんに喜ばれるかもしれない。楽曲の著作権が切れるのは、たしかえーと……

 著作権について考えていると突然空気が揺れて空中から精霊の長老が現れた。サンリンとシリン、どうしたのだろう?


「姫さま、大変です」

「姫さま、ゲスターチ帝国の勇者と巫女があらわれました」

「えっ、確かこちらには人間は来られないはずでしたよね」

「そのはず、なのですが……」

「どこに現れたのですか」

「始まりの木の広場です」

「最長老が広場に駆けつけまして、彼らを捕まえていますが……クリンが鉾の中に囚われてしまいました」


 平和な毎日に、勇者と巫女の事をすっかり忘れていた。

 大変!!!



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