リガの街はいいところ。一度訪れよう。
リガの街に存在するユーゴ邸前。
「ふううううう……」
誰かが見れば人生最後の呼吸をしているのではと心配になるほど慎重に息を吐くマイクが、大きいは大きいが豪奢な訳ではないユーゴ邸を見上げる。
守護騎士として各地の任務に赴いたマイクは、これより遥かに大きく立派な建物を訪れたこともあるが、この中にユーゴが住んでいるというだけで大陸最大の大魔王城と化すため、緊張度は比較にならない。大陸世界を蝕もうとする悪なる力の特効薬であるのにも関わらず、その特効薬であるユーゴこそが究極の暴力なのだから皮肉極まっているだろう。
「あれ? おっさんも外出るのか?」
「あ、外にお客さんが来てるぜおっさん」
「僕らも含めて千客万来」
そんな大魔王城の扉から出てくる三人。少し背の小さい勝気そうな青年、背の高い気が回りそうな青年、少し太いぼんやりとした青年。
彼らこそ偶々遊びに来ていた通称下町三人衆であるが……実はリガの街においてドロテア以上に隠れた地雷で非常に危険な存在だ。勿論三人衆が直接危険なのではないが、ユーゴは関わりの強い彼らに何か起こったらすっ飛んでくるため、大魔王召喚を行える地雷が三つもリガの街をウロウロしていると表現できるだろう。人によってはこの事実だけで失神してしまいかねない。
(お、おっさんって……)
一方のマイクは、素晴らしい聴覚で屋敷の外に出たばかりの三人衆の声を聞いてしまい、これから出てくるであろうユーゴを予想した。
「パパ、マイクさんだよ」
「むう。マイクさん、更にできるようになった」
だがマイクの予想に反して出た来たのはユーゴではなく、最近兄と姉になった自覚からかぐっと成長したようなクリスとコレットだった。
「わん!」
「にゃあ」
そしてクリスの足元にいるポチと、コレットの足元にいるタマ。
幾つもあるリガの街が魔窟な理由の一つが、この可愛らしい柴犬と猫だ。
かつて神々と世界の覇権を争った究極の戦闘生命体、竜達の長とすら真っ向から殺し合える柴犬と黒猫は精霊として最上位も最上位であり、人間種だけで対応できる存在ではない。そんな者達がリガの街でのほほんと暮らしているのだから、やはりこの街は魔窟である。
余談だがクリスとコレットが魔法の国の学園に通う際、タマとポチも引っ付いていくことが確定している。最高魔導士エベレッドの命運やいかに。
「樹とアンドレアが生まれたからかな?」
そして出てきたニコニコ顔の中年。普段の草臥れ果てた様子はどこへやら、樹とアンドレアが生まれたことで常時ご機嫌なユーゴが、弾むような足取りで庭を歩いていく。
「ようこそマイクさん」
「ご無沙汰しております。お子様のご誕生おめでとうございます」
マイクがつっかえずユーゴに言葉を返せたのは奇跡だった。
◆
本心では外で樹とアンドレアが誕生したお祝いの言葉と挨拶を済ませたかったマイクだが、実際にそうする訳にはいかずユーゴ邸の中で行い、セラと凛が抱くアンドレアと樹の顔も見た。
そしてお茶をご馳走になったが、実はユーゴ邸そのものもまたリガの街に埋まっている地雷だ。
ユーゴは自宅の警備を強化するため、各地で掘り返した神々と竜の戦争時代の防衛兵器を多数隠しており、祈りの国の最重要区画すら凌ぐ要塞にしているのだ。それはユーゴも自覚しており、以前に魔法の国の最高魔導士エベレッドがきたら、顔を真っ青にして踵を返すだろうと予想していた。
(勘だけどこの屋敷……ヤバいんじゃ……)
マイクもなんとなくこの家ヤバいんじゃないかと察していたが、どうすることもできないのでお茶を飲むしかない。
しかしマイクが緊張する理由はユーゴだけでない。
「主人と子供達がお世話になっています」
「と、とんでもありません!」
前聖女リリアーナに頭を下げられたマイクは飛び上がりそうになった。
祈りの国の象徴である聖女の役職にいたリリアーナは、当時下っ端だったマイクにしてみればまさに雲の上の人物である。そんなリリアーナもいるのだから、マイクにしてみればここはあらゆる意味で胃に優しくない場所だった。
「ママ、パパが前言ってたけどマイクさんは守護騎士で勇者に近い凄い人」
「うふふ。ええそうね」
(クリス君やめてええええ!)
リリアーナの息子であるクリスが、無邪気にユーゴから教えてもらったことを口にするものだから、マイクは心の中で絶叫を上げるしかない。
「じゃあコーは……なんになる?」
「こっちに聞かれても分からないよ」
コレットが将来自分がなにになるかを考えるが、あまりにも先の話であるため話を振られたクリスも困ってしまう。
「なあに。大人になるにしたがって、なりたいものも分かってくるさ」
「うん!」
「ん」
(こう見たら普通のお父さんなんだけど……)
にこやかに子供達と話をするユーゴは一見普通の父親だしその通りなのだが、内包している力を考えると素直にマイクが事実を呑み込めないのも無理はない。
「それでは自分はそろそろ」
「今日は態々ありがとうございました」
一服しながら祈りの国の近況について話をしていたマイクだが、いつまでもお邪魔することはできないと、区切りのいいところでおいとますることにして、ユーゴ達も態々お祝いに来てくれたマイクに感謝の念を伝える。
◆
こうして次期勇者マイクの冒険は終わり、地雷原であるリガの街を離れた。
(ユーゴ殿も普通に家庭を持ってる人なんだなあ)
マイクはついでに言い渡されていた軽い任務を行うための道中、幸せそうにしていたユーゴ家の家族を思い出しながら、ユーゴの認識を若干改める。
「ひえ」
だがその道中に寄った場所で、祈りの国の一部において有名なユーゴのやらかしの一つ、彼が作った底なしではないかと思えるような大穴を見て、絶対に怒らせないと誓うのであった。
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