本当に祈りの国は凄いんです。本当です。
リガの街。剣の国に存在するこの街は、なにかの注目を浴びるということがほぼない。王都でもないし、ここより発展している街など枚挙に暇がない。特別な資源が付近にある訳でもなく、冒険者ギルドも本部ではなく単なる支部が置かれているだけだ。
一点だけ挙げるとすれば、先代聖女リリアーナが暮らしているということでのみ有名だろうか。故にリガの街の領主は、特に目立つことのない我が領に、先代聖女殿が住まわわれるとはと大いに喜んだ。
だがそれだけである。
結局はそこそこの商人がやってきて、そこそこの冒険者が訪れ、そこそこの司祭が訪れる程度の街だ。
表向き。いや、裏でもだ。
だが裏の中でも選び抜かれた裏や、世界の頂点に位置する者達にとって禁忌中の禁忌。禁足地の中の禁足地。それがリガの街である。
「すううう……ふうう……」
まずリガの街に入る前に、深呼吸を行う必要がある。精神を落ち着けることによって、街に入る覚悟を固めるのだ。
(また深呼吸してる奴が来たよ……)
だが街の門を守る門番たちにしてみれば、偶にここを訪れては深呼吸をする者達に対して、平々凡々な街に入るのに、いったいなぜ落ち着く必要があるのだろうと不思議でならなかった。
「守護騎士団の通行証になります。前聖女リリアーナ様へのご挨拶に伺いました」
「拝見させていただきます……ご公務お疲れ様です」
(ああ、なんだ。守護騎士殿か。聖女殿のご機嫌伺いならそりゃ緊張するか)
その不思議は今回だけ解消された。深呼吸をしていた青年が門番に差し出したのは、剣の国が祈りの国に対して発行している、守護騎士への通行証だったのだ。余談だが魔法的な偽造防止策が取られている上に、勝手に守護騎士を名乗ると祈りの国が本気で殺しに掛かってくるため、偽造する者は存在しなかった。
そして、守護騎士が前聖女リリアーナへのご機嫌伺いにやって来たと説明したため、深呼吸をしていた理由も判明した。長きに渡って聖女を務めていたリリアーナの地位は別格であり、いかに守護騎士でも緊張するなというのが無理のある相手なのだ。
「リガの街へようこそ守護騎士マイク殿」
門番が守護騎士を歓迎する。
そう、青年の名を守護騎士マイク。いや、実質勇者といっても過言ではない男であった。
勇者の地位が内定しているか。ではない。
なにせマイクはこれから大魔王城に突撃するのだ。その彼を勇者と表現するのは当然だろう。なお勇者パーティは存在せず孤軍奮闘であるし、突撃命令を下したのは王ではなく被害者仲間である筈の上司ベルトルドである。
「ふううう……」
若干涙腺が緩んでいるかもしれない目だが、リガの街を観察するマイクに一欠けらの油断もなく、頭に入っている地図を頼りに大魔王城へ歩を進めていく。
だがその見事な覚悟も、全く予想外な方向から攻撃されてしまえば脆いものである。
「はん? どっかで見た覚えがあるね……ああ、小大陸に行くとき引っ付いてた守護騎士かい」
訝し気な声を漏らしたのは、偶々散歩中だった老婆だ。
「お、お、お久しぶりです!」
(あわわわわわわわわわわ!?)
勇者マイクは老婆こと大魔法使いドロテアと遭遇した。
マイクは小大陸事件においてドロテアとの面識があるが、パニックを起こしている彼の脳内では、かつて見てしまった幾つもの超巨大竜巻と、それに巻き上げられて塵と化した合成獣の姿を思い出してしまう。
リガの街が禁忌の理由その一。
エルフの森の長老と神々など僅かな者しか知らないことだが、元々リガの街にはとあるエルフの老婆が住んでいる。“6”つの魔法が現実的な頂点であり、人間種の頂点エドガーがかろうじて爪先だけ入門した、あり得ざる世界改編の業に至る“7”つの魔法すらを凌ぐ埒外。術者の願いをそのまま引き起こし、神々が敷いた現象の塗りつぶす“8つ”の使い手。【始まりの魔女】ドロテアが。
「リリアーナへのご機嫌伺いかい?」
「そ、そうです! それとお子様が生まれたようなのでお祝いの品を!」
「そうかい。まあ気楽にやんな」
(と言っても無理そうだがね)
「は、はい!」
ドロテアはマイクの心理状況を把握しながら、薬師のくせに彼に薬を処方することなく散歩を続行してこの場を去っていった。
余談だが、小大陸事件においてドロテアに対する祈りの国の扱いは、それとなくエルフの森の長老がうちの人ですと伝えたこともあるが、
「すうう……ふう……」
マイクは震えそうな足に力を入れてもう一度深呼吸する。
そして……。
やってきてしまった大魔王城。
ドロテアと比べると、極一部の業界とはいえかなり有名な人物。
底なし穴。山砕き。悪神殺し。竜殺し。至ってはならない場所に至った者。超越を超えてしまった者。破壊者。理砕き。暴力。来訪者。異邦人。異法者。殺戮者。終焉の終焉。
数えきれない悪名と二つ名。この世の誰よりも早く、誰よりも重いという矛盾する怪物の中の怪物。紛れもなく世界の頂点。
触れるべきでない男の家。
ユーゴ邸に。
今、勇者が大魔王城に足を踏み入れようとしていた。
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