幕間 本当は凄い祈りの国
裏組織と闇組織。一文字違うだけだが大陸世界では全く意味が異なる。
裏組織は単純だ。文字通り裏の世界に存在する組織全般を指し示し、節度を持った詐欺、節度を持った人身売買、節度を持った殺人などで生計を立てているが、この節度という言葉が大事だ。
ではその闇組織とはなにか。節度を忘れてやりすぎてしまった裏組織だけにとどまらない。悪神や竜を崇拝する許されざる者達。大陸世界の秩序を根底から覆そうとす集団。人種そのものに災厄を振りまこうとする組織など、まさに大陸における敵性存在といっても過言ではない者達が認定される。
ではでは、闇組織を認定しているはどこか。
答えは祈りの国である。
エルフの森と共に世界の秩序を守っているこの国家は大陸における中心であり、余程のことがなければ祈りの国が認定した闇組織は、大陸全体でも人種の敵として扱われる。
それがどうしたと豪語出来る者はほぼいない。幾人かの例外を除いて全員が“3つ”の魔法を行使できる守護騎士団は、人種が保持する最大最強の戦闘集団といってよく、彼らは時として神が残した遺物すら引っ張り出して、闇組織を抹殺しようとするのだ。
しかも騎士の国や魔法の国などの強国以外は、大抵祈りの国と条約を締結しており、守護騎士団は大陸国家の様々な場所で活動することが可能だった。そのため、闇組織に認定されることは事実上の死刑宣告と言える。
余談だが、誰もが笑えないことがある。
歴史上ではその闇組織の認定を、それがどうしたと言えた強力な者も存在している。例えば高位竜の復活に成功した“杯”は、間違いなく祈りの国を出し抜いた。だがそれだけの能力を持った者は行うことも派手なため、“怪物”の視界に入って塵に変えられてしまう理不尽が待ち受けていた。
話を戻すが、守護騎士団を率いているベルトルド総長は、間違いなく大陸において十指に入る重要人物なのだ。
そして、その祈りの国において次期勇者と目されるのもまた尋常なことではない。
◆
某国某所。
「マイク守護騎士。配置につきました」
「では即座に突入します」
「はっ」
闇夜でもぽっかりと穴が開いたように見える洞窟を封鎖しているのは守護騎士団の精鋭。率いるのは精鋭たちよりも明らかに若い青年騎士、マイク。
だが守護騎士達は若年のマイクに対する侮りを持っていない。小大陸事件から頭角を現したこの若手は、今では現代の偉人ともいえるベルトルド総長、ドナート枢機卿が保持していた最年少勇者の記録を塗り替えるのではと噂されている男なのだ。
そして彼らは闇組織が悪魔召喚を試みていることと、儀式が行われようとしている場所を突き止め、今まさに突入しようとしているところだった。
「っ!?」
マイクが洞窟から突然漂い始めた邪気を感じて、最早一刻の猶予もないと駆け出した。
闇組織の方が若干運がよかった。いや、悪かった。いやいや、というより馬鹿だった。本来ならまだ召喚陣の完成は先の話であり、マイク達は闇組織の人間を始末するだけでよかったはずなのだ。それなのに悪魔を信奉する者達は、よりにもよって魔法陣を間違えて描いてしまい、しかもそれがきちんと機能してしまった。
機能したのには訳がある。その召喚陣は大事な部分が抜け落ちているせいで簡略化され、完成までの時間を大幅に短縮することができた。できた……が、問題はその抜け落ちた部分が、召喚した悪魔を制御するための最重要な部分だったことだ。
『◆■■◇AAAAAAAAAA!』
大陸世界に現れた悪魔は、自分を呼び出した愚か者達を即座に惨殺すると、洞窟の中から飛び出した。
「 “6つ”を行使した悪魔と類似!」
その悪魔を見てしまった守護騎士数名が叫ぶ。
恐怖の心と共に。
その守護騎士数名に共通しているのは、祈りの国に対する悪魔襲撃事件において、大神殿を強襲してきた悪魔達と交戦した経験があることだ。その惨劇の経験も。
浮遊する青白い人間の頭部。頬はこけて血走った目もぎょろりとしている。しかし、大方の悪魔が屈強な肉体を持っていることを考えると、一見それほど恐ろしい存在とは思えない。
しかし、似たような存在のせいで祈りの国が誇る勇者二人が重傷を負い、当時の聖女リリアーナが直接出撃する事態にまで発展したことがあった。
『【おお】』
悪魔が力ある言葉を唱える。
この悪魔の特異な能力として、人種の武器であるはずの魔法が使えることだ。しかも現実的な最高位の“6つ”。
それは単純な話をすると、人種最高位の魔法使いである魔法の国のエベレッド、人種で最も神との親和性の高い元聖女リリアーナと同類ということだ。尤も紙の上での分類だ。エベレッドなら、うわ面倒くさと言いながら悪魔を消し飛ばすし、リリアーナは悪魔襲撃件で悪魔を光に変えた実績がある。
力ある言葉の数が同等でも勝敗は決まらない。同等でなく劣っていようともだ。
それはマイクにも適応されるが、彼は人生観が変えられた小大陸での事件から、相手になにもさせない速度と、全てを粉砕する破壊力が合わされば、最強であるという結論を導き出した。
この子供のような結論は、小大陸に溢れた無尽蔵の合成獣を消し飛ばした最強の化身を見て導き出されたものだが、マイクは才能となにより努力で僅かに……本当僅かながら形にすることができた。
少なくとも速さという点で。
「【
悠長に“6つ”も唱えさせるはずがないと、マイクが“2つ”の言葉に力を籠める。
守護騎士マイクは異常な天才である。彼はどこにいても通話用の魔道具を使えば、ノイズのない鮮明な声を届けることができる特技を持つため小大陸に派遣されたが、その特技は“世界”にも有効だったのだ。
最終的には世界改編の業に行き着く魔法は、力ある言葉で現象にを歪めて発動される。その言葉の通りがいいマイクは、“1つ”の力ある言葉でもう“1つ”を唱えているに等しかった。つまり、“2つ”唱えている今の彼は、“4つ”相当の力を発動できていることになる。
たかがもう“1つ”分と思うことなかれ。今現在のマイクはこれが限界だが、多大な集中力が必要な魔法を半分の労力で発動できるなら、それはもうれっきとした天賦の才なのだ。
ましてや“6つ”も唱えようとしている悪魔に比べたら、その余裕は十分すぎた。
「こっ!」
『【偉大なる】』
マイクは短い吸気で全身に力を行き渡らせ、たった一歩の踏み込みでトップスピードに至る。それに比べて、悪魔はようやく“2つ”め。例え今無理に魔法を放っても、倍の力ある言葉を身に纏っているマイクには通用しないだろう。
「【
『【闇】!?』
マイクはあっという間に悪魔に近づくと、更なるダメ押しにもう“4つ”の力を行使して、抜き放った愛剣を光で輝かせる。単純な足し算をすることはできないが、“4つ”と“4つ”の力を振るうマイクに比べて、悪魔は“3つ”の途中。全く話にならない。
「しっ!」
『ギ!?』
マイクの呼気と共に美しい光が瞬いた。
異常な才能だけではなく、小大陸で気絶しようとその日の鍛錬を忘れなかった男のあまりにも真っすぐな太刀筋が、悪魔の頭部を見事に両断してのけた。
「【
そして最後のとどめにまた“4つ”。闇夜を一瞬だけ拭い去る光が刀身で輝くと、その光は悪魔を塵一つ残さず浄化しきった。
「こ、これが……」
マイクと共に駆け出したのに、あまりの速さに置いて行かれてしまった守護騎士達は二の句が継げない。
闇夜に奔った光の如き速さ。
いかに相性が良かったとはいえ、それでも大陸世界において恐怖そのものである上級悪魔を先手必勝で倒しきれる速さ。
歴代守護騎士で最速の騎士ではと噂されているが、そうでなければベルトルドとドナートを差し置いて、最年少の勇者になるのではと目されない。
これこそが。
「洞窟の中を調査します。慎重に行きましょう」
小大陸でまぎれもなく最強の化身と、魔法使いの頂点を見てしまいながら、それをなんとか自分の枠組みに収めようと努力を諦めない人間。守護騎士マイクという男だった。
◆
それから数日後。
「ご苦労だった騎士マイク」
「はっ! ありがとうございます!」
悪魔の討伐と悪魔崇拝者達が全滅したことを確認したマイクは、祈りの国の守護騎士団本部でベルトルド総長に労われていた。
「上級と推定される悪魔を一太刀か。腕を上げたな」
「ありがとうございます! ですが攻撃が遅いタイプだったので運がよかったと思っています!」
「うむ。昔に特級のエドガーとカークが討伐した個体は、かなり肉体的に振り切れていたようだからな。そちらでも問題ないように、これからも精進しろ」
「はっ!」
素直な賞賛を送るベルトルドだが、マイクの言う通り相性が良かったのもまた事実だった。
「では守護騎士としてのお前に最後の任務を言い渡す。これの達成と同時に今までの功績を称え、勇者の称号が与えられる手筈になっている」
「はっ!」
ベルトルドが言葉にした今後の予定に、マイクは自分のような若輩がと逡巡しない。例え勇者だろうと汚れ仕事だろうと、やれと言われたら成し遂げてみせるのが守護騎士団の掟だ。これによってマイクは、目の前のベルトルドを抜かして僅か二十と少しで最年少の勇者になることが約束された。
「……リリアーナ様のお子様ではないが、
(うっ!? 胃が!?)
哀れ守護騎士マイクは、すでに胃薬をがぶ飲みしているベルトルドの命令を聞いた瞬間、胃壁がぎゅるぎゅると音を鳴らしているかのように痛み始めた。
彼がこの任務を達成して勇者マイクになれるかどうかは、神のみぞ知ることだろう。
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