お兄ちゃんとお姉ちゃん

 side凜


「すう……」


 生まれて間もない我が子の樹を眺める。ベビーベッドで眠る樹はもう性格が分かるというか……アンドレアはよく泣くが、樹は必要な時しか泣かないマイペースな性格のような気がする。


「この落ち着きはコレットお姉ちゃんをリスペクトしている。そうに違いない」


「ははは」


 私と同じように樹を見ていたコレットの言葉に思わず笑ってしまう。いや、確かにコレットもマイペースだが……。


「数年前は屋敷の中をずっと走り回っていたから、落ち着きがあったかと言われるとどうかな」


「記憶にございません」


「ははははは」


 とぼけたようなコレットにまた笑ってしまう。


 今もそうだが昔のコレットはクリスと屋敷中を走り回っていたのだから、落ち着いているとは言い難かった。だが確かに、物心つく前の話だから記憶も薄いだろう。


「パパ、お手紙書いてるの?」


「そうだよクリス。ベルトルドのおじさんと、ドナートのおじさんに、アンドレアと樹が生まれましたってお手紙を書いてるんだ。勿論、家族皆が元気ってこともね」


「へー」


 勇吾様はお世話になっている方々に、樹とアンドレアが生まれたことを報告する手紙を書かれているようだ。しかし、名前にあがったお二人はこの大陸で有数の実力者と考えると、やはり勇吾様の人脈は凄まじい。


「ドナートのおじさんとベルトルドのおじさんって強い?」


「そうだねえ。一番強かった時期は、当時の人種全体でなら世界で十番目以内にいるくらいは強かったと思うよ。竜達の長や最上位の悪神は無理だろうけど、下位の竜とか上級悪魔程度なら一人でも倒せたかも」


「超凄い人だった」


 勇吾様の話に興味が向いたコレットが、ドナート枢機卿とベルトルド総長の強さについて尋ねて感心している。


 このお二人は流石に私の遠い故郷、東方では名が届いておらず、後で知ったことだがこちらの大陸では知らぬ者がいない強者だったらしい。勇吾様が世界十指に入ると言われるからには、当時は相当の使い手だったのだろう。


 そ、そう考えるとそんな方々に樹とアンドレアの名が知られるとは……。


「じゃあパパ、最強は誰?」


「普通の最強じゃない、超さいきょー」


「ふっ。それはパパさ」


 クリスとコレットに凛々しい笑みを浮かべる勇吾様。思わず胸がときめいてしまう。


「じゃあリンねーに聞く」


「他の意見を参考にして多角的になんちゃら」


 だが子供達にはなんの感銘も与えなかったようで、私にも聞いてきた。しかし、答えは変わらないぞ。


「勿論勇吾様だ」


「じゃあ次は誰?」


「次行ってみよう」


 私の答えも当然勇吾様なのだが、クリスとコレットは流そうとした。


「婆さんだね」


「やっぱり。納得」


「そんな気はしてた。お婆ちゃんの知恵袋は最強」


 勇吾様がドロテア殿の名をあげると、子供達は打って変わって納得だと頷き合う。自分はドロテア殿が力を振るっている姿を見たことがないが、勇吾様が世界で二番目に強いと断言するとは。


 そのドロテア殿に樹を取り上げてもらったとは、ベルトルド総長やドナート枢機卿に名を知られる以上にとんでもないことなのでは……。


「じゃあ三番目」


「次行ってみよう」


「さ、三番目かあ……無茶苦茶難しいな……人種で生きてるのに限定したらエドガーとカークか? 最高魔導士の爺さんはちと歳だし、エドガーはちゃんとした7つの魔法を使えるからなあ」


「誰?」


「どんな人?」


「特級冒険者をやってる二人で、パパのお友達だね。そういやクリスとコレットは会ったことがなかったか。まあとんでもなく忙しいから、なにかのついでじゃないとリガの街には来ないか」


「じゃあパパは三番目に強い人とお友達なの? 凄い!」


「凄いかもしれない」


「へっへっへっへっ。パパは極一部界隈の人付き合いは凄いんだよ」


 子供達が三番目に強い人について急かすと、勇吾様は非常に悩みながらエドガーとカークという名前を出す。すると子供達は、世界で三番目に強い人間と勇吾様は友達なんだと、尊敬の眼差しを送っていた。


「だけど、エドガーの奴が来たらちょっとお話だな。子供達が真似したらとんでもないことになる。全く、俺の若い頃より口が悪いとかどうなってんだ」


 勇吾様が何かを思い出すように顎をさすられた。


 私もエドガーとカークという特級冒険者と面識はないが、そのエドガーは随分口が悪いらしい。樹が急に俺様とか言い出すのは困るが、勇吾様も若いころは口が悪かったようだ。


「ああ、三人衆が来たみたいだね。生まれた次の日には知らせてたから、少し遠慮してたかな?」


「本当!?」


「にいに達、来たる」


「凜、ちょっと出迎えてくるね」


「はい」


 どうやら下町三人衆が来たらしく、勇吾様は子供達を連れて外へ向かった。


「ふむ。だんな様から三人衆が来たと聞いたが、忙しいかもしれんと遠慮しておったかの?」


「そうかもしれません」


 入れ替わるようにアンドレアを抱いたセラ殿と、アレクシア殿がリビングに入ってきた。そして恐らく勇吾様とセラ殿が言った通り、三人衆は我が家が忙しいかもしれないと、タイミングを見計らっていたのかもしれない。


「お邪魔しまーす。赤ちゃん生まれたんだって。おめでとうございます」

「お邪魔します。あ、リン姉ちゃん、セラ姉ちゃん。この度はお喜び申し上げます。でいいのか?」

「お邪魔します。おめでとうございます」


「ああ、ありがとう」


「にょほほほ。ありがとうなのじゃ。」


 それからすぐに、三人衆がコレットとクリスの手を繋いでやって来て、私とセラ殿にお祝いの言葉を言ってくれる。しかし、三人ともいつの間にか立派な青年になりつつあるな。いや、もう青年か? 少年だった頃から付き合いがあるせいで、どうもそのイメージが強い。


「クー達もついにお兄ちゃん!」


「コーはお姉ちゃん」


「はっはっはっ」


 クリスとコレットが自分を何度も指さしながら、自分達も兄と姉になったと三人衆に主張する。そして勇吾様はその後ろでニコニコとしていた。


「クリスとコレットも、赤ん坊だった頃から知ってるけどついになあ」

「だなあ。無茶苦茶ビビりながら抱っこした覚えがある」

「最初は男は度胸で僕が抱っこした」


 どうも私と同じように三人衆は三人衆で、クリスとコレットを赤ん坊の頃から知っているから、そのイメージに引っ張られているようだ。兄と姉だと主張する二人に感慨深げな表情になっている。


「それで、セラ姉ちゃんが抱っこしてるのがアンドレア?」

「ベビーベッドで寝てるのがイツキ?」

「お兄ちゃんですよ」


「にょほほ。そうじゃそうじゃ。ほれアンドレア。お兄ちゃん達が来てくれたぞ」


「ああそうだ。仲良くしてやってくれ」


 三人衆が樹とアンドレアの顔を覗き込む。


 ふふふ。ソフィアも屋敷に来たらお姉ちゃんだという筈だから、樹とアンドレアは兄と姉が一杯だな。

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