お婆ちゃん

sideドロテア


「お婆ちゃんお婆ちゃん」


「超重要案件がある」


「うん? なんだいクリス、コレット」


 坊やの屋敷に訪れていると、気が付けばいつの間にか私のことをばあばではなく、お婆ちゃんと呼び始めたクリスとコレットがやって来た。


 しかし、妙に顔が真剣だけど、コレットの言う超重要案件とやらは変わっていることが多い。


「産まれる日が誕生日だよね? アンとイツキはいつ誕生日ケーキ食べられるの?」


「柔らかいからすぐ食べられる? 一年先? 二年先?」


「三年くらいは必要さ。美味しいと思うのは五年先かもしれないがね」


「そっかあ」


「長い」


 思わず笑ってしまいそうになったが、子供達は随分真剣そうだからぐっと抑え込んだ。


 クリス達は街中で赤ん坊を見ることはあっただろうけど、どんな食生活なのかは共に生活しないと知る機会はない。


 戦時中でも貴重だった、動く風景を残す魔道具を使って赤ん坊の生活を映せば分かるだろうけど、もうあの類は残っていない筈だ。そうでなければ坊やが死に物狂いで探し出して、家族の映像を撮ろうとするに違いない。


 坊やで思い出したけど、セラとリンの陣痛がいつ始まってもおかしくないから、そのそわそわに比例するように警戒網の密度が半端じゃないことになっている。変神のマクシムですら、リガの街を見たらぎょっとして二度見するだろう。


「コレット、クリス。おやつの時間よ」


「はーい!」


「いえーい」


 ジネットに呼ばれた子供達が、勢いよくキッチンへ走り去った。


「坊やはまた“安産”マノリーの像を作ってるのかい?」


「はいそうです」


 ニコニコしているリリアーナに確認をすると案の定だ。


 その坊やは、リリアーナとジネットがお産する前も、作業場とやらで安産の神マノリーの像を作っていた。あの像は屋敷に飾られていることを考えると……そのうち溢れるね。


 まあ、鬼気迫る雰囲気で作ってた上に、どうもマノリーと直接会ったことがあるらしく、出来栄え自体はかなりのものだった。


「でも、なんと言うか……」


「筋骨隆々だから、思い描いていたイメージと違うかい?」


「はい。旦那様も苦笑していましたけど」


 リリアーナが戸惑うのも分からなくはない。坊やが作ったマノリーの像は、世間一般がイメージしている微笑みを湛えた母性ある女神ではなく、剣を持った方がよっぽど似合っている戦女神だ。


「マノリーは安産を司ってる。ってことになってるだけさね。元は“頑強”を司ってた武闘派の戦女神だから、安産だけのイメージで会ったら目を疑うよ。竜達との戦いがほぼ痛み分けの辛勝に終わった後、やることが急になくなったから、とりあえず安産でも司るかって言うような適当さだしね」


「え!?」


 リリアーナが声を上げて驚いている。


 若い上に困った子だねえ。聖女だったせいか、神に幻想を抱きすぎなんだよ。あの連中もまた人とそう変わらない俗な連中なんだから、片手間に敬う程度でいいのさ。


「考えてごらんよ。元々神は子を成さなかったんだから、安産なんて概念がある筈もないだろう? 商売繁盛の神なんかもそうだけど、全く畑違いの自称専門家が蔓延してたのさ。とは言っても、人種の信仰心を依り代にして、なんとかちゃんとした専門家になったがね」


「イ、イメージが……」


 リリアーナが頬を引き攣らせる。


 フェッフェッフェッ。現実って奴を教えてやるのも年寄りの役目さね。


 尤も、そんなマノリーとその周辺は、今一番ピリついていることだろう。なにせセラとリンが難産だったら、坊やが落ち着かなくなるからねえ。


 あの坊やは神が、まあ……無念にも対処する前に去らざるを得なかったから仕方ないけど、やり残し達に対するこれ以上ない特効薬であると同時に、神々ですら手出しできない爆弾だ。その坊やの落ち着きが無くなるのは、なんとしてでも避けたいところだろう。


「お茶とお菓子をお待ちしました」


「ありがとうございますアレクシアさん」


「ありがとうよ」


 実は坊やと同じくらいそわそわしているアレクシアが、茶菓子を持ってきてくれた。


 どうも長年仕えて、言葉には出さないが妹のように思っているセラの出産が近いことで、当のセラ以上に落ち着きが無くなっている。とは言え、それを全く表に出さないのは流石だね。


 吸血鬼も鬼も戦闘に特化している分、母子共に体が頑丈だからそれほど心配しなくていいというのもあるか。男親の方も一番体が頑丈だしね。


「ふう。渾身の作が出来上がった」


 その男親が額を拭う仕草をしながらやって来たけど、汗なんか最後に出したのは一体いつだい。ま、冷や汗はしょっちゅう出てるみたいだがね。フェッフェッ。


「私がお産の時の旦那もそうだったけど、男親ってのはなにかに集中しないと身が持たないみたいだね」


「それ何億年前の話だよ」


「つい最近さ」


「はっはっはっ。面白い冗談だ」


「フェッフェッフェッ。こないだもう一年経ったのか。半年前くらいかと思ってた。とか言ってただろう? 歳を取った証拠だね。そのうち十年前のことをつい最近と言い出すさ」


「……え? いや、そう言われてみれば……」


 人のことを言えない坊やの目が泳いだ。


 つい最近まで暴れん坊だった坊やが、いつの間にか嫁と子供までいるとはね。クリスとコレットが、気が付けば私のことをお婆ちゃんと呼んできたのも同じだ。あの赤ん坊二人も大きくなった。そのうち背も追い抜かされるね。


 フェッフェッフェッフェッフェッフェ。


 ◆


 ◆


 ◆


 ふむ。時間が経つのは早いと思って、それこそ早数日。今日の昼はゆっくりしようと思ったけど、そうもいかないらしい。


「婆さん! 凛とセラの陣痛が始まった!」


「はいよ」


 さて。婆としてひと頑張りしようかね。

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