セラの実家への思い

 sideセラ


 ちょっと面倒かもしれんのう。ついつい座っているソファにもたれかかって天井を見上げてしまう。


「おひい様……」


「うん? どうしたかのアレクシア?」


「いえ。深いため息が……」


「わしが?」


「はい」


「そうか……」


 どうやら無意識に溜息も吐いて、アレクシアを心配させてしまったようじゃ。


「アレクシアも読んでくれ」


「拝見いたします」


 アレクシアに溜息の原因である手紙を渡す。


 湖の国のパーティーで出会った、あるいは再会したと言ってもいいエルフの商人は、儂と面識があるだけではなく亡き母上を知っている程度には、実家のナスターセ家と繋がりがある。


 その伝手を使って一度だけアンドレイお爺様に近況と、勝手ながら名前を頂戴して、わしのお腹にいる娘にアンドレアと名付けたことを手紙にしたためて送ったのじゃが……そのお爺様からの返信が憂鬱の原因となっている。


「これは……」


 普段は無表情なアレクシアも切ない顔じゃ。


「先代様も殊の外お喜びでようございました」


「うむ。初ひ孫じゃからのう。にょほほほほ」


 手紙を読み終えたアレクシアが、敢えて手紙の後半を無視した。


 前半はいいのじゃ。踊っているような文字で初ひ孫が生まれる喜びと、わしとアレクシアが元気でやっている事への安堵が溢れておった。


 問題は後半じゃ。


 騒動に巻き込まれる恐れがあるから、アンドレアが生まれても顔を見せに来ないようにとは……。


「やはり、父上がしっくりせんようじゃの……」


「おひい様……」


 アレクシアが敢えて触れなかった部分じゃが、話さない訳にはいかん。


 我が父アウレルは、よく言えば合理的。悪く言えば感情を軽視する人じゃった。それ故に周りからどれだけ反対されようと、長く対立していたイオネスクとの関係を非合理的だと断定して融和を推し進めた。まあ、その工程の一つがわしとイオネスクとの婚姻じゃったが。


 勿論悪いことではない。確かに長年いがみ合うのは馬鹿らしいことじゃ。しかし父上の欠点は、この世の全てが利益関係で繋がれると妄信していたことじゃろう。賢すぎて馬鹿が理解できなかったんじゃろうなあ……。


 そしてイオネスクは手を握り合うどころか、自分達以外の全てを始末しようとしておった……あれから五年以上が過ぎ、もう十年近くになるが、それが面倒の尾を引いておる。


「まあ……そら見たことかと家臣達が思うのは無理もない」


「はい……」


 家臣達はイオネスクと上手くいくはずがないと反対して、それが更に上を行く殺し合いになったのじゃから、融和を推し進めた父上を侮るのは無理もない。


 手紙には書かれておらんが、恐らくナスターセの統制が取れているのは、お爺様がいるからじゃろう。ひょっとしたら、父上を押し込めてお爺様に再び当主になって貰った方がいいのではと考えている家臣もおるかもしれん。


 尤も、半不老不死とも言える吸血鬼じゃが、お爺様は非常に古くから生きているため健康状態も良くない。そのため、家臣達が父上を排除する強硬策に出るには不安があるのじゃろう。


「あと百年くらいは様子を見た方がいいかもしれんのう」


 わしの言葉にアレクシアも無言で頷いた。


 駆け落ちをしておいて我ながら馬鹿なことを思うが、父上とは気が合わなかったものの憎んでいる訳ではない。お爺様と共に生まれたアンドレアの顔を見てもらいたかったが、父上の権力が不安定な状況でわしが娘を連れて里帰りすれば、とんでもない騒ぎが起こるじゃろう。


 それに、アンドレアが人間種であるだんな様とのハーフであることも騒動の元になるかもしれん。いつの世もそういったことはあるんじゃが……もう一つ。吸血鬼は血が存在の格に影響することを考えると、だんな様の血を引くアンドレアは我らの祖である真祖をぶち抜いた、スーパーウルトラ吸血鬼として生まれる可能性がある。ひょっとしたら、アンドレアが祭り上げられる恐れもあった。


「ま、そういうことは後々考えるとするかの。今はとにかくアンドレアを無事に産むことを考えないといかん」


「はいおひい様。まずはそれが大事でございます」


 そもそもまだアンドレアが生まれてないのじゃから、先のことはまた今度考えるかの。


「そういえば、アンドレアが生まれるとようやく元の姿に戻れるのじゃ。いかんせん肩が凝るから、大人形態もいいことばかりではないわい」


「それは。ふふ」


 肩をぐるぐる回すと、アレクシアが苦笑する。


 わしはお産が大変になるといかんから十月十日近く大人形態のままじゃが、胸が大きくなって肩が凝ってしまう。まあ、偶にルーが見比べて羨ましそうにしておるが、いいことばかりではないのじゃ。


「ですがアンドレア様が困惑するので、そちらの方がよろしいかと」


「そうじゃのう。子育てするならこっちの方がやりやすいしの」


 生まれたばかりのアンドレアも、母のわしがころころ姿を変えては困るじゃろう。とは言ってもアンドレアが物心ついた後に元の姿に戻ったら、母上がアンの真似をしておるのじゃと言われそうな気がするの。


 うん?


 コンコン。


「入っていいのじゃ」


「とーう!」


「ほわちゃぁ」


「わんわん!」


「にゃあ」


 廊下から足音とノックの音が聞こえたと思ったら、クリス、コレット、ポチとタマが部屋にやって来た。声に勢いがある割にノックをしたり、ゆっくり部屋に入って来るあたり、礼儀正しいのじゃ。


「セラねえ異常なし!」


「次はリンねえ」


「わん!」


「にゃあ」


 そしてこれまた声の割にゆっくり去っていった。どうも、いつアンドレアとイツキが生まれてもおかしくない時期なため、わしとリンに異変がないかを確認しておるようじゃの。


「いやあ、大興奮してるね」


「にょほほほ。そうじゃのうだんな様」


「微笑ましいです」


 その後からだんな様がやって来たが、苦笑気味な表情となっている。アンドレアが生まれる前からこれでは、生まれた後はどうなるんじゃろうなあ。


「セラ、アリー」


「うん?」


「はい?」


 はて? だんな様に随分真っすぐ見られて照れてしまうのじゃが。


「いつか、アンドレアを連れて夜の国に行こう」


「そうじゃのう」


「はい。お供いたします」


 うむ。いつか、いつかきっとアンドレアを連れて里帰りするのじゃ。


 愛しておるぞだんな様よ。にょほほほほほ!

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