親子仲良く兄弟仲良く

 side凛


「よし! コレット! クリス! 頑張ろう!」


「おー!」


「うい」


 屋敷の一室で、勇吾様、クリス、コレットが、私の故郷である東方にあるような、白い道着を着ている。勇吾様が、何事も形から入る必要があるとのことで、よく色々と頼んでいる服屋に特注で作ってもらったようだ。


 しかし、どうもその特注を注文したことが、徴税官の注意を引き付けてしまうのではと恐れているようだ。以前、クリスが勇吾様に、パパの一番怖いのはなに? と聞いたところ、即答で徴税官と答えていたほどである。そしてクリスとコレットは、私が話した落語を真に受け、怖いものはお菓子と答え笑ってしまった。


「せい!」


「えい!」


「てい」


 始まったのは正拳突きの練習だ。勇吾様の動きと声に合わせて、クリスとコレットも真似をしている。少々掛け声に力がないコレットだが、きちんと全身を連動させて拳を放っている……しかし……妙に敵の急所を攻撃する想定をしているような気がする。


「いやあ、やっぱり様になってますねえ。ルーが同じ歳だった頃は、こんな上手にできませんでしたよ。凜ちゃんはどうです?」


「私もだな」


 その様子に、私の隣の椅子に座っているルーが感嘆する。


 私も幼少期からかなり厳しい鍛錬を積んできたが、クリス達は物心ついたころから、ずっと生き残るための技を教え込まれているのだ。更には、それを苦にしない才能と感性まで持っているのだから、恐らく同年代でその経験値を上回れる者は、どんなに恵まれた生まれであってもいないだろう。


「蹴り上げ! せい!」


「せい!」


「てい」


 次は足を上げて蹴りの練習をする勇吾様と子供達だが、コレットもクリスも素晴らしい体幹の力でバランスを崩すことがない。


 そう言えば勇吾様は、自分が脚を使うのは危険すぎるから、余程でもないとないかぎり蹴りをすることはないだろうと仰っていた。


「クリス君もコレットちゃんも元気になってよかったよかった。お姉ちゃんもリリアーナお姉ちゃんも安心したみたい」


 ルーがニコニコとしている。


 ソフィアが故郷に帰ってから、子供達は落ち込んでいた。それを家族全員が心配していたが、勇吾様が道の国という国に連れて行くといい気分転換になったのか、元の明るさを取り戻した。


 それに母親であるジネット殿とリリアーナ殿は安心したようだ。リリアーナ殿に至っては、異国情緒ある道着を着た子供達を、満面の笑みで写真を撮っていた。


「樹君には、凜ちゃんの剣術とか教えるんですか?」


「ああ。そのつもりだ」


 ルーに頷きながら、お腹にいる樹のことを思う。


 あまりいい思い出がない実家の水草家だが、母上から習った水草流の技は私と母上の強い繋がりだ。できればそれを、息子である樹にも教えたい。そして今の勇吾様と子供達の様に、一緒に剣の素振りを……いや、来年のことを言えば鬼が笑うのに、ましてや十年以上先のことになると抱腹絶倒だろう。というか、私の父は鬼だった。


「そろそろイツキ産まれる?」


「今日? 明日?」


 いかん。つい物思いに耽っていると、いつの間にかクリスとコレットが休憩しながら、私のお腹を確認している。


「まあ、近いうちなのは間違いない」


 つい自分のお腹を撫でてしまう。もうほぼ臨月となり、樹はいつ産まれてもおかしくない。


「産まれたら一緒に寝る!」


「なにせコーはお姉ちゃんだから」


「クーはお兄ちゃんだから」


 赤ん坊は夜泣きするから、少しの間一緒に寝ることはしない方がいいが、それは言うまい。


 クリスとコレットは、毎日お兄ちゃんとお姉ちゃんになるのだと期待している。ひょっとしたら私以上に樹と会うことを楽しみにしているかもしれない。


「にょほほほほ。兄と姉がいるのはいいことじゃ。わしとアレクシアを見ていたら分かるというものじゃ」


「おひい様……それは私を……!」


 ドレスを着た私と同じく臨月のセラ殿と、姉と言われたようなもので感動しているアレクシア殿がやって来た。普段は無表情で分かりにくいが、アレクシア殿はかなり感激屋である。


「セラねえ! アンはいつ産まれるの?」


「今」


「流石に今はないのう。ま、もうすぐじゃもうすぐ。お兄ちゃんとお姉ちゃんとして頼むぞ」


「うん!」


「りょ」


 微笑むセラ殿に、クリスとコレットは大きく頷く。なんと言うか、セラ殿から余裕を感じる。これが人生経験の差というものか。


「よーし! 次は下段蹴りやってみようか!」


「はーい!」


「うい」


 コレットとクリスが一息ついた頃合いを見て、勇吾様が訓練を再開する。


「せい!」


「せい!」


「てい」


「うん?」


「どうしました凜ちゃん?」


 つい自分のお腹を見ると、ルーが首を傾げた。


「ふふふふ。いや、樹がお腹を蹴ってな。はは」


「ひょっとしたら、お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃんの特訓に参加したいのかもしれませんね!」


「ああ。ふふふふふ」


 駄目だ。ルーと同じことを考えて笑いが止まらない。勇吾様達が下段蹴りをした同じタイミングで、樹が私のお腹を蹴った。


 来年のことは鬼が笑うと思ったものの、樹もきっと親子仲良く、そして兄弟仲良く育つに違いない。強くそう思えた。

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