道の国にいなかった被害者エベレッド

 魔法の国の政治的中枢、学びの館と呼ばれる行政施設の最奥。


 円卓の机を前にして座る十名ほどの者達は老若男女様々だ。彼らは様々な功績を残した選りすぐりの魔法使い、評議魔導士と呼ばれる存在だった。


 彼ら評議魔導士は、研究者や戦力としてだけではなく、政治的な指導者でもあり、合議制で魔法の国の舵取りを行っている。


 そんな評議会の円卓に空席が二つある。一つは最高魔導士エベレッドのもの。もう一つ空席はエベレッドと評議会の未練だった。


「ワイアット師は今回も欠席か?」


「はい。辞めた年寄りにいつまでも構うなと怒られましたよ」


「そう言われても実績を考えるとな……」


「全くです」


 壮年の評議魔導士が年若くとも同じ評議魔導士に訊ねる。


 かつてその席に座っていた者の名を、ワイアット。湖の国で鏡面世界に行こうとした老魔法使い、いや、科学者だ。そして、6つの魔法を唱えられるエベレッドが強さの象徴なら、ワイアットは魔法技術の象徴であり、一時期は彼の名前が載っていない論文と、関与していない魔法技術は存在しないとまで謳われた天才だった。


 その上さらに、純粋な戦闘力でもエベレッドに次ぐほどであり、もしも騎士の国との紛争で彼が出陣していたなら、騎士の国は勇者を全力投入して対抗しなければならなかっただろう。


 そしてエベレッドとも親しいワイアットであったが、ある時から魔法使いの頂点に近い立場でありながら、神を賛美する魔法を嫌うようになり、評議魔導士の職を辞していた。だが、あまりにも大きすぎる功績と能力故に、評議会はワイアットがいつ戻ってきてもいいよう、席をそのままにしている経緯があった。


「待たせたの」


 そこへ彼ら評議魔導士を束ねる最高魔導士エベレッドが、長い髭を揺らしながら入室して席に着いた。


「早速じゃが用件を伝えようかの。そろそろ次の最高魔導士を決める頃合いじゃと考えておる」


(やはり……)


 微笑むエベレッドの発言に、評議魔導士達はついにこの時が来たかと思う。


 エベレッドが最高魔導士に就任してから二十年近く。歴代最高魔導士の平均的な就任期間が十年から十五年程度なことを考えると少々長い。これはバジリスク事件で起こった国内外の混乱に対応するため、例外的にエベレッドが引き留められていたからだ。


「儂がいつまでも最高魔導士では後任が育たんし、歳が歳じゃから急に死んだりして混乱するのはよくない。勿論引退後も相談には応じるが、出来れば儂がいなくとも問題ないようにしてもらいたい。まあ、ワイアットに未練がある奴がそんなことを言ってもと思われるじゃろうが、あ奴は政治的な儂と違い、魔法史に永久に名が残されるべきじゃからのう」


 エベレッドもワイアットに未練があって籍を残している者の一人だが、近代魔法学においてその名は絶対なのだ。ただ悲しいかな。純粋に魔法学への貢献を比べた場合、エベレッドをも凌ぐワイアットだが、思想と才能があまりにも一致しなかったのは悲劇だろう。


(エベレッド様とワイアット師は、一時は疎遠だと聞いたが、やはりそれほどでもなかったのか?)


(奴とは喧嘩もした。ワイアットは神々から自立する理想に燃えていたが、儂は現実を知っておるからの。人が独り立ちするには、あまりにも竜が強力じゃった。まだ我々には神々の力がいる。しかし……いつか人は母なる大地から旅立ち、夜空に浮かぶ星々にすら到達できるのに、なぜ後ろにいる親しか見ないのだというあ奴の言葉。早い。あまりにも早すぎるが、神々はむしろワイアットの方を好むじゃろう……子が自立の意思を見せたのじゃから)


 一時期噂されていたエベレッドとワイアットの不仲説を考える評議魔導士達だったが、その噂は当たっていた。


 いつまでもいつまでも、それこそ古代から親である神々しか見ない人種にうんざりしていたワイアットと、高位竜という人種を超越した存在を直接体験しているエベレッドでは視点が違う。


 種として自立したかったワイアットと、神々の力と庇護が無ければどうしようもない脅威を知っているエベレッドは、激論を交わして決裂した過去があった。


(今は、まあ、神々から自立を目指しているのは変わらんが、以前のように妄信はしておらん。まさか魔法学院の教員となり、生徒達に神々が関与していようと魔法の技術は技術として教えるから、その上で発展させて成長しろと言うようになるとは)


 そんなワイアットだが、ある日を境に憑き物が落ちたかのようになり、後進の教育に携わり始めたのだ。


 これが神々は不要だという思想を押し付けるためならエベレッドも許可を出さなかったが、ワイアットは神の業だろうと、なにもかもひっくるめて成長し、いつか後進が神を超えるための礎になると考えていたので許可を出した。


(儂が最高魔導士を辞するのも同じかの。神と人。先任と後任。いつまでも儂が最高魔導士なのは、後々のことを考えると害が大きくなる)


 エベレッドは親友の考えを思いながら、自分の立場に当てはめる。エベレッドがいるから大丈夫だという考えが、僅かながら魔法の国にあることを察している彼は、これ以上自分が最高魔導士では、この先組織に柔軟性が失われると危惧していた。


「ま、明日明後日の話ではないからの。そろそろそういう時期だということを頭に入れといてくれ」


「はい分かりました」


 この場にいる評議魔導士も、エベレッドの懸念が分かる、もしくは問題になり得ると危惧していたため、彼を引き留めることはしなかった。


「辞められた後はどうされます?」


 一人の評議魔導士が、ふとエベレッドのその後の予定が気になって訊ねた。


「魔法学院の名誉学院長となっておるが、忙しくて碌に顔を出しておらんかったからの。ワイアットにも誘われておるし、政治的な影響力を持たん程度に、たまーに学院へ顔を出して後は楽隠居じゃ。ほっほっほっ。すまぬの皆。お先に面倒なことから一抜けじゃ」


「それはずるい」


「ほっほっほっ」


 エベレッドはこれから苦労するであろう者達に、自分はそういったものから解放されるとにこやかに宣言した。


 最後の最後で、回避した筈の地雷を踏んでしまう。


 神々と人が親と子であると同じよう、学園にいる者達は生徒という子であり、当然親がいるのだから。

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