こういう時だってある

「パパ! お菓子のお土産買わないと!」


「コーはお姉ちゃんだから気が利く」


「そうだね!」

(来てよかったぁ!)


 行く先々で、めまい、吐き気、動悸、冷や汗、高血圧をまき散らしている大怪獣ユーゴだが、道の国を心底楽しんでいるコレットとクリスの笑顔に、こちらも満面の笑みだ。


 元々この国を訪れたのは、ソフィアが故郷に帰って寂しがっている子供達の気分転換にと思ってのことであり、その目論見は見事に達成できていると言ってよかった。


(ちょっとジャクソンさん達を困らせたけど……昔のやらかしを見た人達は、そろそろ全部許して欲しい。大抵のことは俺が悪いんじゃない。復活した悪神とか竜が悪いんだ。うん、そうに違いない)


 代わりに致し方ない犠牲が発生したことを、異常な感覚で把握していたユーゴだが、彼にも言い分はある。客観的な事実として、復活した竜や悪神などが暴れた時のことを考えるなら、山の一つや二つが消えたり、底なしの大穴ができる程度は安いものだ。


 しかしこれまた客観的事実として、普通の人間だろうと強者だろうと、竜を一方的に殺せる上に、周りに被害が発生するユーゴを恐れない筈がない。彼がどれだけ自己弁護を重ねようと、昔のやらかしで怯えられるのは確定事項だった。


(外が一番危険! 間違いなく!)


 一方、怯えていようが仕事をしなければならないのがマイクだ。彼は大陸を守る守護騎士として、ユーゴに突っかかる輩を警戒していたが、従業員の教育が行き届いている大きな商店の中と違い、外こそが最も気を付ける必要があると考えていた。


 更にまた別の危惧がある。


(すれ違う市民が、本当に親子なのかと疑いの眼差しを向けている! このままではユーゴ殿が誘拐犯と思われるかもしれない!)


 ユーゴ自身の状況だ。


(全く似てないが親子か?)

(草臥れた中年と、育ちのよさそうな子供が)

(仲は良さそうだけど……)


 すれ違う人々は、誘拐の疑いとまではいかないが、不思議そうにユーゴ親子を観察する。


 なにせルンルン気分だろうが草臥れ果てた中年としか言いようのないユーゴと、母親似で育ちの良さが一目で分かるクリスとコレットの組み合わせは、なにも知らない者からすれば妙に思えた。


 これでジネットとリリアーナがいれば、お母さんと一緒なんだなと一発で分かるが、ユーゴと子供達は僅かな面影と、黒い髪が少し混じっている程度の共通点しかない。


(なんだこの視線? 妙に俺とクリス、コレットを交互に見ているような? そういや、子供達とだけで祈りの国に行った時も似たような視線が……)


 それにユーゴも気付いたが、正解には辿り着けていない。


 これがリガの街なら、珍しいダークエルフのみならず、聖女と結婚している中年は一種の有名人なので問題ない。よく夫婦と親子揃って買い物に出かけるため、子供達との親子関係も知れ渡っている。


「パパ早く!」


「ごーごー」


「はっはっはっ! お菓子屋さんは逃げないよ!」


(なんだ親子か)


 これでクリスがパパと言いながら、コレットと共にユーゴの腕を引っ張らなかったら、衛兵さんあの人怪しいですと通報されてしまうところだった。


(ユーゴ殿が通報されてしまうかもしれない。通り魔が襲い掛かるかもしれない。チンピラが突っかかってくるかもしれない。窃盗犯に狙われるかもしれない。竜が唐突にやってくるかもしれない。悪魔崇拝者が悪魔を呼び出すかもしれない)


 その衛兵さんのような立場のマイクは、頭の中でぶつぶつと可能性を列挙し続け、かもしれない警護を行っている。


 しかし、ベルトルド総長から特別にユーゴが関わっている、もしくはその可能性が高い事件について教えられているマイクは、彼が騒動の中心であることを知っている。実際、少し出かけたら狂った精霊に、遠出すれば悪神や竜と出会い、なにもしなくても裏の連中と関わるユーゴだから、かもしれない警護は的外れではないだろう。


「パパ! クーはこれ!」


「コーはこれ」


 お土産のお菓子を買うと提案していたコレットとクリスだが、お菓子屋に入るなり自分が食べたいものを指さす。


「すいません注文お願いします」


 ユーゴはニコニコとしながら、子供達が指さしたお菓子を注文する。


(きっと今から強盗がやって来るぞ。間違いない。路地裏よし)


 マイクはハラハラしながら、周りを指さし確認する。どんな時でも油断していない、守護騎士の鑑と言っていいだろう。


「ふわぁ……」


「ねむねむ……」


「おっと。いっぱい楽しんだから眠たくなっちゃったか。パパが抱っこしてあげるね」


「すう……」


「ぐう……」


 道の国に来てから興奮しっぱなしだったクリスとコレットは疲れていたようで、注文したお菓子を待っている間あくびをして目を擦る。そしてユーゴに抱きかかえられると、すぐに寝息を立てて眠ってしまった。


(ユーゴ殿の手が塞がって、お子様達は眠ってなにも見ることはない! 今から強盗が来るぞ! 警戒しろマイク!)


 マイクは子供達を抱きかかえたユーゴが、器用に会計を済ませているのを見ながら最大限の警戒をする。マイクにしてみれば、この状況で強盗が来ない筈がなかった。


「ありがとうございましたー」


(……あれ?)


 だがである。ユーゴは子供達とお土産を抱えて、なんの問題もなく店を後にするではないか。これにはマイクも肩透かしを受けた。


「お疲れ様ですマイクさん。自分達は帰りますので、ベルトルド総長とドナート枢機卿にどうかよろしくお伝えください」


「あ、はい。分かりました」


「それではこれで失礼します」


「はい。お疲れ様です」


 どれほどの肩透かしかというと、一直線にやって来たユーゴに素直に頷き、そのまま彼を見送ってしまう程だ。


「……ひょっとして何も起こらなかった?」


 再起動を果たしたマイクは、自分や商人達が懸念していたことが起こらなかったと実感する。そう。幾らユーゴがトラブルメーカー兼トラブルバスターでも、騒動が起こらないことだってあるのだ。


 結局マイク達は今日一日、しなくてもいい心配をして胃を痛めたのだった。


 ◆


 後日、マイクは祈りの国でベルトルド総長に事の顛末を報告した。


「なに? 道の国であいつに会っただと? 少し休め」


 それを不憫に思ったベルトルドは、マイクに休暇を与えて苦労に報いたとか。

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