商人ニクソンと最高魔導士エベレッドのトラウマ。風竜ハリvs怒りに満ちたユーゴ

 片目が刀傷で潰れた強面の男、ハララ商会の主であるニクソンは、意外な人脈を持っている。とは言え商人は人脈がなければ話にならないが、それでもその名はかなり大きかった。


 なにせ魔法の国のトップである最高魔導士エベレッドなのだから、流石は商人が多い道の国における有力者だ。


 そして魔法の国は、最先端の魔法技術を研究している国家であり、その商品の価値は計り知れず、ニクソンはエベレッドとの伝手を使って有利な商売を。


 していなかった。


 ニクソンはエベレッドとの関係を利用する商人ではなく、あくまで商取引において誠実な商人として活動していたので、特別な扱いを望んがことは一度もなかった。


 この辺りがもう三十年近くエベレッドと親しい理由なのだが、では商人と一国のトップにどんな共通点があったのか。


 当然、ユーゴ被害者の会会員である。


 しかも、トラウマになった原因を一緒に見ていた。


 ◆


 三十年ほど前。


『はあはあ……くそっ!』


 魔法の国と山の国の北部の境にある北方山脈で、若き日のニクソンが片目を押さえて悪態を吐く。行商をしている最中、山賊に襲われたニクソンは片目が潰れた上に一人だけ捕らえられてしまうが、隙を突いて命からがら逃げだし、北方山脈を彷徨っていたのだ。


『ふうむ。これはひょっとして当たりかのう? 古代エルフかドワーフの遺跡。はたまた竜達に関係する場所か』


 それと同じくして、まだ当時は身軽な立場だったエベレッドが、研究のため単身で北方山脈を訪れ、妙な魔力反応がある洞窟を発見した。


『調べてみるとするか』


 それは当時から“6つ”の魔法を扱えた天才、エベレッドだからこそ気が付けた違和感だが、それがよくない方にも働いてしまった。


 人種としてはトップの実力という自負と事実を持っていたために、自分なら大丈夫だろうと高を括って調査を行ったのだ。


 そしてもう一点。エベレッドの保持していた魔力の水準が、神々と竜の戦争当時に活躍した、古代エルフの一兵卒と同等か若干上だった故の悲劇が起こる。


『感知された!? い、いかんぞこれは!?』


 エベレッドは自分を認識した存在に気が付いたが、それと同時に相手の戦闘力をある程度把握して顔が真っ青になる。


『ギイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 洞窟の奥深くで眠っていた存在が、宿敵に仕える兵がやって来たと勘違いして目覚めてしまった。


 慌ててエベレッドが崩壊し始めた洞窟から飛び出した直後、ソレが洞窟の天井をぶち破って天に羽ばたく。


 全長10メートルほど。

 標準的な四足だが細長く、棘状の鱗は緑と青に輝き、尾が空に舞う。

 牙は長く目も細長い。

 翼は全長の倍ほどもある。

 風が渦を巻き始める。

 緑の魔力が可視化される。


 それは空を飛ぶことに特化した個体。


『りゅ、竜を目覚めさせてしもうたぁ!』


 エベレッドの叫び通り、かつて神々と争った究極の戦闘生命体。竜が再び天空に降臨したのだ。


『ひいいいいいい!?』


 それを偶々洞窟の前を通りかかった若きニクソンが目撃して、腰が抜けてへたり込んでしまう。


 最早、庶民の間で竜は実在したのかと疑われるような存在だったが、それでも人種は子供の時から、伝説で謳われる恐ろしさをたっぷり聞かされて育つ。しかも魔法の素養がないニクソンですら、竜からビリビリと体を揺さぶるほどの魔力の圧と、怨敵の雑兵がやって来たと勘違いしてまき散らす殺意を感じたのだから、怯えるのも無理はない。


『【雷よ 奔れ 狂え 其方は 最初の 破壊】!』

(他人に尻拭いをさせる歳ではない!)


 エベレッドは自分が竜を目覚めさせた自覚があるため、なんとか解決しようと渾身の魔力を込めて人類最高峰の“6つ”を解き放つ。


 ドンと空気を震わせながらエベレッドの手から放たれた雷は、自然現象とは違い地から天へと奔るが、威力は本物と遜色ない。直撃すれば大型の魔物であろうとも、心臓が耐えられず即死するだろう。


 そして雷が竜に直撃する。


『やったか!?』


 エベレッドは“6つ”が直撃すればいかに竜とはいえただでは済まないと信じたかった。


『ギイイイイイイイイ!』


 だが竜は健在。どころか傷一つない。


『【風よ 逆巻け 渦巻け 切れ 斬れ 伐れ】!』


 それを確認したエベレッドは、間髪入れず再び“6つ”を唱えると、天へと僅かな線が出来上がり、それは発展して風の刃が高速回転する竜巻が生み出された。


『カアアアアアアアア!』


 その竜の言葉を翻訳するなれば、雑兵如きが。であろうか。


 かつての神々と竜の戦争において“6つ”は当たり前だった。地を埋め尽くす神々の先兵である古代エルフ達が“5つ”や“6つ”を唱え、時には指揮官クラスが現実を歪めてあり得ざる現象を引き起こす“7つ”が飛び交っていた。そして運が悪ければ術者の願いをそのまま形とする“8つ”までもが荒れ狂う戦争を生き抜いた竜にすれば、エベレッド単身など雑兵に過ぎない。


『ガアアア!』


(お、終わったかもしれん……我々の魔法基準で“7つ”相当をこうも易々と……)


 エベレッドは大陸の命運が尽きたのではないかと絶望する。竜を中心にして、彼が渾身の力で編み出した竜巻の更に倍以上の風の柱が天へと昇り、しかもその周りで数十の竜巻が荒れ狂う。


(これが竜達の長……!)


 否。エベレッドは勘違いをしている。竜の名を高位風竜ハリ。末端でこそないものの頂点である竜達の長ではない。あくまで幹部、もしくは親衛隊に属する精鋭の一体だった。


 だがその頂点である竜達の長や、互角に渡りあった戦神達すら慄く存在が爆発する手前だった。


『グガ!?』


『な、なんじゃあ!?』


『はわわわわわわ!?』


 その怒気を感じ取ったハリとエベレッドから血の気が引くが、ニクソンが意識を保っているのはほぼ奇跡だろう。


 例えるなら常人が目と鼻の先で、火山の大噴火を目撃してしまったような、どうしようもないナニカ。


『くそったれがああああああああ! 鬱陶しいんだよトカゲ如きが! 親父とお袋の墓参りどころか、三回忌も七回忌もできてないんだぞ! ああ!? 俺は一体いつになったら帰れるんだ!? クソクソクソ! 死ねや!』


 偶々近くの遺跡を荒らしていたブチギレる寸前のユーゴが騒動を感じ取り、周囲の空間を歪ませながらやって来たのだ。


(ひっ!? なんじゃこれは!? 人間ではないぞ!)


 エベレッドをして恐怖で身動きが出来なくなる、圧倒的というのも生温い力がユーゴから迸る。


 ユーゴは現代のように家族が害されそうになり、理性を失うような狂気の怒りでこそなかったものの、故郷へ帰れる目途が全く立たず、積もりに積もった苛つきが頂点に達しかけていた。つまりエベレッドとニクソンは、最も恐ろしい時期のユーゴに出くわしてしまったのだ。


『トカゲの扇風機があ!』


 ユーゴが叫ぶと同時に姿が消えると、彼が立っていた地面は大きく地割れして、巨大な窪みができあがる。


『ガ!?』


 更にほぼ同時に、ハリが生み出した竜巻の壁が、途方もない力の塊にぶつかって消失する。


『落ちろおおおおおおおおおおおおおおお!』


 ハリが最後に認識したのは、天を支配する自らより上に飛び上がり、太陽光を背にしてそれすら歪ませている怪物ユーゴが、両の掌を人知を超えた握力で組み合わせている姿。


 そしてゴシャリとナニカが潰れた音だった。


『ひょえ』


『ひいい!?』


 エベレッドとニクソンはそれを下から見てしまった。


 両手を握り合った手の筈なのに、世界の大地と遜色ない鎚は、ハリの頭部を一瞬で粉砕するだけに留まらなかった。手が振り下ろされたと同時に弾けた大気は、ハリの首なし胴体に着弾すると、後ろ足の付け根まで消し飛ばしてしまう。


 そして残った足や翼の一部が、その衝撃と共に地面に叩きつけられると土埃が舞い上がり、着弾地点は大きくへこんでいた。


 だが……やはり恐るべき究極生物としか言いようがない。なんとハリの足や翼の一部は、それだけの衝撃にも関わらず、原形を保っていたのだ。怪物と戦っていながらごく一部とはいえ原形を保っているなど、まずありえないことだった。


 余談だが、エベレッドはユーゴと交渉して、ハリの一部を持ち帰っている。


 しかし呆気なさすぎる。


 呆気なさすぎるが、正しかった。言葉遊びではなく、言葉通りの最強の二文字が、長引く勝負や読み合いなどをする筈がない。


 そもそも最強が“勝負”するということがおかしい。


 ただ“勝”の字だけが相応しいのだから。


 ◆


 時は戻り現代。


(大丈夫……大丈夫……)


 自分の商店でうろうろしているニクソンは、ハリが死んだ後にユーゴとエベレッドに助けられた。そしてエベレッドとは被害者同士の交流が続き、ユーゴとも細々と関係があったのだが、今彼が感じている悪寒は当時感じた絶望と同じものだ。


(大丈夫だけど確認しないと……)


 被害者の行動は共通するのか。


 ニクソンは恐る恐る窓から通りを確認すると、そこには。


「ニクソンさんの所は、魔法の国の掘り出し物とかあるみたいだから、変わったのが見つかるかも」


「楽しみ!」


「わくわく」


 哀れ。楽し気な親子の姿を見たニクソンもまた、当時の記憶が走馬灯のように駆け巡り、気が付けば親子は店を出た後だった。

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