ジャクソンのトラウマ。機械神歯車狭間vs若き日のユーゴ

 現在より30年ほど前の話だ。


 宝石や美術品を取り扱うジャクソン商会の歴史は古い。先祖は古代エルフ達が消えかけていた、神話のほぼ終わりの時代から商人として活動していたほどだ。


 そしてジャクソン商会は宝石や美術品を取り扱う関係上、それらが好きで好きで堪らないドワーフ達との関係が深く、半ば身内として扱われている。


『今日はありがとうございます』


『うんにゃ気にするなジャクソン。こっちも運ぶ手間が省けて助かる』


 ずんぐりむっくりなドワーフと、まだ若かったジャクソンが取引をしている。


 ジャクソンは山の国の奥地に位置する、ドワーフ達の重要な工房街にも入ることが許され、金銀細工やカットされた宝石を仕入れていた。


『それで頼んでたのは手に入ったか?』


『はい。何点か持ち込んでますのでご確認ください』


『よーしよし』


 そしてジャクソンは代わりに、山の国以外で作られた工芸品や美術品、特に東方産のオリエンタルな産物を持ち込んで商売を行っていた。


『前も話したけどまあ聞け。刀ってのはありゃ凄いぞ。最初に作り方を考えた奴は、大分脳みそがトンでるな』


『ほほう』


 当方の品の中でも根強い人気を誇るのは、実用性と鑑賞を兼ね揃えた刀だ。これはドワーフ達の感性をこれでもかと刺激するらしく、出来るだけ購入しようとするので、東方が輸出する主力品であった。


『しかしお前さんもタイミングがいいな。明日どえらいことが起こるから、見て帰るといい。発表するのも明日だから、お前さんならいいだろう』


『それはどういう意味ですか?』


『秘密だ。まあ楽しみにしておけ』


『はあ』


 付き合いの長いドワーフの意味あり気な言葉に、ジャクソンは困惑しながら頷くしかなかった。


 ◆


『な、なんですかこれは!?』


 そのどえらいことが起こると言われた当日。ジャクソンは山の国の奥地にある工房街から、更に奥に移動することになったが、ある意味その甲斐はあった。


 絶叫を上げる彼の視線の先には、大小合わせて何百何千何万もの歯車が重なりあった人型の巨人が直立していた。


 言葉通りすべてが歯車だ。胴回りも、腕と足回りも、頭でさえも歯車の凹凸で構成されていた。


『名を“歯車狭間”。儂らドワーフが作り出した切り札だ』


『か、神々はこれを知っているのですか!?』


『当たり前だ。そうでなければお叱りを受けるわ』


『そ、そうですよね』


 これが単なる人間と同程度の大きさなら、ここまでジャクソンも慌てない。だが歯車狭間は山のような巨体で、機械の巨人、もしくは機械神とすら形容できる威容にして異様さを放っていた。


 そしてジャクソンは、まさか神にすら秘密にして、ドワーフがこのようなモノを作り出したのかと戦慄したが、そこは手抜かりがない。ドワーフ達は信奉する神々になんとかコンタクトを取り歯車狭間の製造許可を得ていた。


『客観的な事実として、儂等の国が一番危険地帯に位置しているからの。神々からは万が一に竜や悪神が復活した時のみ、歯車狭間の起動が許可されておる』


 ドワーフや彼らが信奉する神々の最重要懸念事項は、山の国の周辺で眠る竜や悪神、古代の巨人達だ。


 この一帯はかつて神々と敵対した者達の本拠地付近であるため、常にこれらの存在が復活する危険性を秘めている。それ故ドワーフとドワーフの神々は、これらに対処する機械神、歯車狭間を生み出したのだ。


 なおドワーフ達がコンタクトを取ったのは、あくまで彼らが信奉する神々だけであり、なにかと煩い祈りの国と、ドワーフ以外の神には全く連絡をしていない。


 しかし、一部の強力な神は、ドワーフとその神の企みに気が付いていたが、理由が理由だったので黙認していたし、“契約”の神は歯車狭間の能力が、“来訪者”との契約を履行するための突破口になるのではないかと期待すらしていた。尤も、ドワーフの神に釘を刺して保険を準備させていたが。


『彼は? 東方生まれの様ですが』


『ああ……まあ、万が一歯車狭間が暴走した時の保険だ……』


 忙しく動き回るドワーフの中で、ジャクソン以外に唯一、東方生まれらしい黒髪黒目を持つ通常の人種がいた。


 しかし妙だ。周りにいる百名ほどのドワーフ達は、椅子に座っているその男を、まるで存在していないかのように視線を向けない。


 話は変わるが、とある組織に属する者達の国籍で最も多いのは、祈りの国でも道の国でもなく、ここ山の国である。以前にも述べたが、帰る手段を探し求めていた上に、北方山脈に眠る竜などを感知すると、手当たり次第に抹殺していたので、放浪していた彼にしては珍しく、山の国は活動拠点だったのだ。


 そう。保険の名をユーゴ。とある組織の名はお馴染み、被害者の会である。


 つまりこの場に百名ほどのドワーフは全て、なんらかの原因で若き日のユーゴと関わってしまった被害者達だったのだ。


 それ故、ユーゴは歳を取ってから山の国の街に、ほぼ足を運んでいない。他の国の比ではなく、やんちゃしていた頃の彼を知る人物が多数存在しており、若さゆえの過ちを再確認する羽目になるからだ。


『あまりじろじろ見るな。世の中には触れちゃいかん男がいるんだ』


『は、はあ』


 ユーゴに注視していたジャクソンを、ドワーフが無理矢理止める。


 ただでさえ山の国は閉鎖的な上に、ドワーフの職人達は偏屈が多いので、ユーゴの名前自体が広まることはなかった。そして名を口にした瞬間、怪物が隣に現れるのではと心底恐れていた。


『よし! 起動するぞ!』


 そうこうしているうちに、いよいよ歯車狭間を初めて起動することになり、全員が固唾を飲んで見守る。


『ゴガガガガガガガガガ!』


『な、なんだあ!?』


 そしていきなり暴走した。


 歯車狭間の全身の歯車が右回転左回転の統一性なく、バラバラに高速回転し始めると、その隙間から蒸気を噴出して、勝手に動き始めてしまう。


『ちっ。おい、あれ壊すぞ』


『すまんが頼んだ!』


 荒々しい舌打ちをするユーゴに、ドワーフ達は避難しながら叫んだ。


 歯車狭間のスペックを熟知しているドワーフは、万が一暴走した場合、即座に破壊するようユーゴの頼んでいる。


 そうでなければ危険すぎるのだ。


 機械神の名に相応しい、権能というべき力を持つ存在の暴走は。


『なんだあ!?』


 一瞬にしてユーゴの腰と胸に鉄のような歯車が現れて、それが高速回転する。


 胸の歯車は右回転、腰の歯車は左回転。


 それが次元に干渉して、空間が捻じれる。


 これこそが“契約”神が、故郷に帰りたいと願うユーゴとの契約を履行するため期待した、次元への干渉能力だ。その力はまさに、歯車で次元という名の狭間を捩じる機械神、歯車狭間の名に相応しい。


 そして逆に回転し合う次元と空間の捻じれに、人間が耐えられる筈がない。


 だがここにいるのは怪物だ。


『輪っかの玩具風情があああああああああ!』


 ユーゴが叫ぶ。


 その場にいた全員が見てしまった。


 捻じれた空間そのものである歯車が二つとも、ユーゴの手でがっしりと掴まれ止まってしまう。


 それは空間の捻じれが、ただの腕力で止められたことを意味するが、あり得ない光景というほかない。いったいどこに、次元の捻じれを力で押さえつける者がいるというのか。


 いや、それどころではない。ユーゴの指からぴしりと音が鳴ると、歯車に罅が走って亀裂となり、それはどんどんと広がって、ついには砕け散ってしまう。


『は?』


 次元の捻じれを腕力で止めた理解不能な現象に、ジャクソンのみならず怪物を多少知っているドワーフ達ですらポカンとした。


『腹筋が攣るかと思っただろうがボケ!』


 そしてユーゴは、時空間の断裂と捻じれに巻き込まれておきながら、それを腹筋程度で解決する問題に貶める。


 だが事実として、次元の捻じれは彼の胴体を断てず、力を込めた腹筋の前に敗北したのだ。


『ぶっ壊れろや!』


『ゴガガガガガガガアアアアアアアアアアア!』


 そのまま突進しようとするユーゴだが、歯車狭間はまだ負けていない。この機械神は両手を突き出すと、全身の歯車を更に高速回転させて力を生み出し、無茶苦茶に暴れ狂う次元の壁を作り出した。


 その次元の壁は大嵐の海の様に圧倒的で、物理現象どころか概念すら寄せ付けない絶対防御だ。例え隕石が直撃しても無傷なことを考えると、まさに機械神の権能。


『そ! れ! が! ど! う! し! た!』


 ならばそれを掴んで止めたユーゴを怪物以外になんと呼べばいい。


 権能と力がぶつかり合うが、勝負は目に見えている。


 シンプルこそ至高なのだ。権能などとごちゃごちゃ説明しなければいけないものに比べてユーゴの力は一言で説明できる。


 最強だ。


『おおおおおおおおおおおお!』


『ゴガガ!?』


 空間の壁を掴み、まるで引き戸を無理矢理こじ開けようとしているユーゴの力に、歯車狭間は更に出力を上げるが、全く抵抗することが出来ない。


『しゃあっ!』


『ガ!?』


 ついにユーゴが空間を開き切ると同時に、オーバーフローを起こした歯車狭間は、全身を構成する歯車が次々と脱落して人型を維持できず、崩れ落ちて機能を停止した。


『あ、あ、あ』


 そんな怪物をなんの予備知識もなく見てしまったジャクソンは、腰を抜かして言葉にならない単語を漏らす。


 崩れた歯車の上に立つ怪物は、まさにジャクソンのトラウマとなって刻みつけられたのだ。


 ◆


 時は戻り現代。


(大丈夫……大丈夫……)


 ユーゴ被害者の会の共通した口癖を心の中で呟くジャクソンは、普段の洒落者の余裕がなく、自分の執務室でうろうろと彷徨う。


(大丈夫だけど確認しないと)


 だが、よせばいいのに、思い当たる不安の元凶が来ていないかを確認するため、そーっと窓から通りを覗き込んだ。


「ジャクソンさんのとこは、土産物感覚の安い工芸品も置いてあるから、そっちを見に行こうか。高い方はちょっとコレットとクリスには早いし、多分子供は入らせてくれないからね」


「はーい!」


「うい」


 ジャクソンは、二人の子供と話している親を認識した直後に意識を喪失し、目覚めたのは親子が帰った後だった。



 ◆


 余談である。

 崩れ落ちた歯車狭間は、徹底的に調査をされて暴走の原因を突き止められた。


 その原因とは。


『このパーツの単位が間違ってるじゃん!』


 一部の神々の援助、古代ドワーフが残した遺物、当時のドワーフ達の英知が結集した歯車狭間だったが、設計段階で神話時代、古代ドワーフ時代、現在の単位が入り混じってしまい、単位の修正に一部ミスがあったのだ。これによって歯車狭間の制御システムにエラーが発生したことを知ったドワーフ達は、暫く立ち直ることが出来なかった。


『ああ! 親父がぶつくさ言ってた、ヤードポンドってのはこういうことか!』


 これを聞いたユーゴは、生前の父親がぶつぶつ文句を言っていたことを思い出して、懐かしさを感じたとか。

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