被害者は人間だけではない

前書き


週間ランキング、100位以内に入れていただきありがとうございまあああああす!



「ふおおおおお!」


「ほうほうほうほう」


 ユーゴの手を引っ張って“満ち潮”の本店に足を踏み入れたクリスとコレットは、広い店内に所狭しと並べられた雑貨、家具、本、よく分からない道具。それらを求めて来店している人の多さに目を輝かせる。


(やっぱ魔法があったり実際に神がいたからか、文明レベルがちぐはぐだよな)


 小さなデパートや百貨店のような店内を、ルンルン気分のユーゴが見渡し、この世界の文明について一瞬考える。


 魔法や実在していた神の存在は、学がないユーゴでも分かるほど、歪な成長と発展を齎している。魔道具を用いての生産性の向上はその一つで、そうでなければ売るものが少なく百貨店は成立しないだろう。しかし、人の意識と文化はまだまだ発展途上で、技術に人間が追い付いているとは言えなかった。


(だがあの学者先生の言う通りなら、今は技術の方も停滞気味の様だ)


 ユーゴは湖の国で出会った、異端ともいえる科学への想いを持ち、過保護な神を嫌う老人ワイアットの顔を思い出す。かつてワイアットが言った通り、事実として神の後追いをする近年の技術は停滞気味で、その打破が求められていた。


「パパあれなに!?」


「これは?」


「さて、なんだろうね」


 だがユーゴが今考えるべきことは、魔道具を置いているコーナーで、ふよふよと浮いている金属の蝶のようなものに興味津々のクリスとコレットだ。


「すいません。これはなんですか?」


「これはお目が高い。魔法の国から流れてきたものでして、高額な人工精霊をお求めやすくするための廉価版と言ったところでしょうか。今は特別な力を持ちませんが、ゆくゆくは戦闘用にも調整されると聞き及んでいますので、いわば次の流行の最先端とも言えます。勿論人工精霊にもいいところがあります。人工精霊を生み出した者の力が強ければ、その分人工精霊も強力になりまし、知能もあるのは大きな利点でしょう。しかし、正直なところなにぶん高額すぎる上に、大抵の人工精霊は費用に見合う戦闘力を持たないので、いずれは画一的なこちらの蝶の発展型が主流になると思われます」


「ほほう」


 流石は大陸有数の商店“満ち潮”の従業員だ。金を全く持っていなさそうなくたびれ果てた中年のユーゴにも愛想よく対応するが、専門的な分野の従業員の悪癖は抑えられなかったらしく、一気に商品の説明を行う。


(まさか、あの学者先生が関わってないだろうな?)


 ユーゴは素質に左右されない、画一的な規格の商品を目指していると言う言葉に、先ほど思い浮かべていたワイアットがいかにも好きそうだと感じた。


「パパ。ポチとタマ?」


「精霊」


「そうだね。ポチとタマは精霊さんだ」


 クリスとコレットは、人工精霊という単語を家にいるいるときに聞き覚えがあり、それがポチとタマのことであると知っていたので、父であるユーゴに確認をする。


「おお! 人工精霊をお持ちですか! それでしたらこちらの蝶もいかかです?」


 店員は、どうもこの中年の家か周りに人工精霊がいて、金を持っている可能性が高いと判断すると、商人の端くれとして売り込みをかけた。


「うーん」


「ポチとタマみたいじゃないからいい」


「すいません。どうも子供には……」


「いえいえ。確かに人工精霊と比べたら味気ないです。あちらは表情豊かで感情もありますからね」


 クリスとコレットは、浮かぶ金属の蝶が物珍しかったから興味が湧いたものの、欲しいかと問われれば、それはまた違う問題だった。そして苦笑する店員の言う通り、人工精霊と比べて蝶の性能が大きく劣っていることと、一緒にいて楽しい存在ではないのは間違いなかった。


(大丈夫……大丈夫。ここは“満ち潮”の本店なんだ。ユーゴ殿を軽く扱う店員はいないし、ガラの悪い客はとっくに出禁だ。きっと大丈夫)


 一方、できるだけユーゴの視界に入らないようにしているマイクは、自分に必死に言い聞かせている。とは言え現実逃避ではなく事実だ。店員は全員ちゃんと教育されている者ばかりで、そうでなければ大陸有数の商店とは謳われない。


 それロバートソンは、お客様は神様ではなく、普通のお客様が神様であって、迷惑客は迷惑な奴と出禁にするため客層も安定していた。なにせそうしないと、別の区画では武器も販売しているため、とんでもないことが起こってしまうだろう。


 そして武器や薬を売っている区画は、別の場所として区切られているが、他にも少々変わった場所がある。


 それは由来が不明で、怪しげな仮面や歪な陶器が置かれているエリアだ。殆ど不良在庫を置いてあるだけの場所だが、こういった物の中には時折とんでもない掘り出し物が眠っていたりする。


『俺が作られたのは古代ドワーフの時代だ。どうだ凄いだろう』


『なに言ってんだ。俺は古代エルフが作った失敗作だぞ』


『あーあー。そんなしょうもない張り合いして。私なんか神が暇つぶしで作った仮面ですよ』


 例えば、古さだけが取り柄で自意識を持ってしまった物とか。しかも、特別な力を持たないくせに、彼らだけで通用する言語でマウントを取り合っていた。


 このような品は、古代の存在がとりあえず倉庫に放り込んでいた物で、当時は全く価値がないが、尾ひれが付いて伝説の宝物庫に眠っていると語られていたりする。


「うん? 不良在庫っぽいエリアだな。いや……な、なんか見覚えがあるのが……」


「大安売り?」


「なんか哀愁が漂ってる」


 つまり、ひょっこり子連れでやって来た、若かりし頃に遺跡荒らしをしていたユーゴに見つかる可能性が高かった。


『げええええ!? 終焉を齎す者だあああああ!』


『至ってはいけない場所に立つ者おおおお!?』


『いやあああああ!? 超越を超えてしまった者がなんでここにいいいい!?』


 阿鼻叫喚であった。


 ユーゴ被害者の会の会員はなにも人間だけではない。彼が故郷へ帰るための手段を探し求めて、遺跡を荒らしまわっていた時期に掘り返され、ついでのようにその遺跡にいた超越者と、怪物ユーゴの戦いに巻き込まれた、知性ある物達も会員だった。


 彼らは見てしまったのだ。若き日のユーゴがなにもかもを粉砕して、人が持ってはいけない暴力を振るう光景を。


「パパ。あれなにか言ってる?」


「キンキンしてうるさい」


「い、言ってるような言ってないような。別のとこ行こうか」


「はーい」


「うい」


 感受性の強いクリスとコレットは、意志ある物の言葉は聞き取れなかったが、一斉になにやら叫びだしたのを感じた。その大きな声はマイペースなコレットが顔を顰める程だが、なんだこれ使えねえな。と売っぱらったり放置した覚えのあるユーゴは頬を引き攣らせて、別のコーナーに行くことにした。


 何度も言うが、ここは交易で成り立つ道の国。人、物が活発に動くと言うことは、それだけ若き日の怪物と出会ってしまった者だけではなく、物すら含めた……被害者の会会員が多いのだ。

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