心底ビビられている怪獣親父
(慎重に……慎重に……)
自分の店の前で怪物と出くわしたロバートソンは、平静を装いながら慎重になれと自分に言い聞かせる。
(ああ……ドナート枢機卿が、湖の国での顛末を報告されて、“満ち潮”の会長とユーゴ殿が知己だと知っていたけど、この反応を見ると実感するなあ……)
マイクはロバートソンの僅かな反応から、彼がユーゴと関わりがあるだけでなく、トラウマ持ちのある意味同士だと見抜いた。
余談であるが、ドナート枢機卿から湖の国のパーティーで、ユーゴ一家と出くわしたことを聞いたベルトルド総長は、自分達はどこにも逃げ場がないのかと絶望した。
(大丈夫だ。昔のようにピリピリしていない。大丈夫だ。多分。いや、きっと)
ロバートソンは、最近の細々とした付き合いで、ユーゴが以前のような狂犬でないと分かっている。だがそれでも悪神を真っ向から消滅させられる存在なのだから、恐ろしいものは恐ろしい。うっかり怒りを買おうものなら店は吹き飛び、自分も消し飛ぶと本気で思っていた。
「ようこそ“満ち潮”の本店へ。お子様のお名前は、クリス君とコレットちゃんでしたね」
「そうです」
「クリスです!」
「コレットです」
頭を下げた後に、しゅたっと手を上げたクリスとコレットが、ロバートソンに挨拶をする。
ロバートソンは、湖の国で行われたパーティーで、クリスとコレットにも会っている。ユーゴと関わるとき、脳細胞が全力稼働している彼は、名前を瞬時に思い出せた。
「子供用の服やおもちゃも取り揃えておりますので、是非ご覧になってください」
「いやあ楽しみです」
流石は大陸において最も有力な商人と言う他ない。子を連れた親のご機嫌を窺うには、子供についての話題をするのが一番だと、商人の基礎にして奥義を発動したのだ。現にユーゴの顔は、来てよかったと満々の笑みになっている。
「それではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
(こ、これが大陸有数の商人なのか! 確かに“満ち潮”の会長が、ユーゴ殿を案内するのはおかしい! しかし、自分にそれが出来るか!? いや無理だ! 自分の店の中にユーゴ殿がいたら、絶対に何か起きていないか確認してしまう!)
そしてロバートソンは、歴史的偉業を成し遂げた。
普通に考えると、自分の家に怪獣が入ろうとしているのだから、その様子を確認したくてたまらない筈だ。それなのに、ユーゴを野放しにして迎え入れたロバートソンの偉大さに、マイクは心底敬服した。
マイクだけではない。ユーゴ被害者の会の全員が、怪獣を完全に自由にして受け入れたロバートソンを称えるに違いない。特にマイクの上司ベルトルドなどは、ユーゴが祈りの国で好き勝手動き回っていると想像しただけで胃を痛めてしまうほどだ。
(大丈夫……大丈夫……)
勿論ロバートソンも平常心とは言い難いがどうしようもない。
湖の国でのパーティーは聖女リリアーナがいたから、同じテーブルにいてもおかしくはなかった。しかし、“満ち潮”の本店で、一応単なる客のユーゴをロバートソンが案内するのは不自然極まりなく、却って余計な騒動を巻き起こしてしまう可能性があった。
そのため“満ち潮”本店は、怪獣親子が好きに動き回る魔窟と化したのだ。
(でも自分は無理だ……)
一方、マイクはそういかない。
大陸の平穏を維持するために存在する守護騎士として、ユーゴ達に危害を加える者が現れたら排除する必要があるからだ。
(お子様達がいるからどうなるか全く分からん……!)
当然マイクが心配しているのはユーゴでなく、怒った彼が巻き起こす騒動の被害だ。
マイクはブチ切れて豹変したユーゴを見たことがないが、それでも自分の子供に敵意が向けられた親がどうなるかは分かる。
ユーゴという男の面倒で危険極まりないところは、昔は理性を失うことがないものの常時イライラして、大陸に穴を開ける爆弾なら、今はほぼ怒ることがないが、逆鱗に触れると非常に理性が怪しい大陸消滅爆弾になることだ。
つまりユーゴを以前から知る者は、常に起爆しているがなんとか大陸が無事な昔と、起爆ボタンは一つだが、ひとたび押されると世界そのものが危険な今という、一粒で二度おいしくない体験を味わっていた。
(もう二十年とか三十年前の話だし、そろそろ許してくれねえかなあ……)
そんなロバートソンとマイクの反応を把握しているユーゴにも言い分はある。
彼が大陸に穴を開けたのは、竜や悪神などが相手で、周りのことを気にするどころではない状況だったのが殆どだ。それらを放っておいた方がよほど危険なことを考えると、山や大地は必要な犠牲だった。
尤も、だからと言ってそんなことが出来る存在に、怯えるなというのが無理な話でもある。
(いやでも、開けた穴も吹っ飛ばした山も十どころじゃねえからなあ……山に至っては纏めて四つは消したこともあるし……)
「パパ! はやくはやく!」
「すぐ行こうさあ行こう」
「よーし行こうか!」
若干遠い目をしながら、自分のやらかしを数えていたユーゴだが、手を握っている愛する子供達に急かされると、軽い足取りで“満ち潮”本店に足を踏み入れた。
(邪魔にならないところで、でも何か起きたらすぐに駆け付けられる場所を……)
可哀想なマイクも。
◆
後書き
話が進んでませんが、久々な更新なので、いかにこいつがビビられてるか書きたくて……許してください(小声)。
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