被害者の会3

(に、逃げないと!)


 緊張しきったマイクが、素早く視線を走らせて逃走経路を確認している。この男、守護騎士団総長のベルトルドに、道の国で行われる商人会議を探って来いと命じられていたのだが、余程のことがない限り当たり障りのない話しかしない会議を探って来いという命令は、早い話がそれを名目に休暇を楽しんで来いという意味で、マイク自身もそのことを感謝していた。つい先ほどまでは。


 次期最年少勇者候補の名が泣く。なんとこのマイク、人種の未来を守るために存在する守護騎士であるにもかかわらず、身の危険を感じて一人だけ逃げようとしているではないか。見下げ果てた男である。


(この悪寒の原因はユーゴ殿に間違いない!)


 次期最年少勇者候補に相応しい。なんとこのマイク、ついにユーゴが関係する事限定で、悪寒の正体を突き止める事に成功したのだ。多くの愚か者がユーゴの擬態に騙され消滅したことを考えると、事前にその危機を察知出来たのは、まさに被害者の会筆頭である、ベルトルドが目を掛けている男に相応しいと言えるだろう。ついでに言うと、ベルトルドはユーゴが守護騎士団の詰め所に忍び込むと、嫌な予感としてそれを察知できるようになっていたので、まさに上司と部下は似る、である。


「あれ、マイクさん?」


 全く意味がなかったが。


「ゆ、ユーゴ殿!?」


 逃走経路を決めて、さあ逃げ出そうとしたマイクだが、やはり次期勇者候補と言っても次期は次期。詰めが甘いと言うしかない。ユーゴと出くわしてしまったマイクは、いつもの事だが小大陸でのプチ旅行を思い出して、冷や汗を流してしまう。


「マイクさん! こんにちは!」


「覚えてる。こんにちは」


「おお! クリスもコレットも偉いなあ!」


 一度会っただけのマイクを覚えていて、きちんと挨拶をする我が子達に、ユーゴの顔はニッコニコだ。つまりマイクの顔とは正反対。


「これからどちらへ?」


「え、えっと、仕事で満ち潮の商店に行こうと!」


 世間話のつもりで話しかけたユーゴの問いに、マイクの脳みそは一応の仕事である商会会議の事が浮かび、会議で最も力のある商店である満ち潮と結びついた結果、これから行く場所は満ち潮の商店であると答えたのだ。


「奇遇ですね。自分達もこれから満ち潮に行くんですよ」


「き、奇遇ですね。あはは」

(終わった……)


 つまり、ユーゴ達と行き先が被っちゃったのだ!


(うーむ。心拍数が偉い事になってるけど、仕事で行くなら仕方ないよな)


 しかもである。ユーゴも一応、自分が原因でマイクが緊張している事は分かっていたが、仕事で来てるんならいつ終わるか分からんな。諦めてくれと思っていた。哀れマイク。素直に休暇だと言っておけば、ユーゴも少し時間をずらして満ち潮に行く配慮をしたのに。


「マイクさんは何してる人なの?」


「えーっと、守護騎士っていって……なんて言えば……」


 なし崩し的に怪物と一緒に満ち潮に行く羽目になったマイクは、クリスの好奇心に溢れた質問に対して、はて、幼子に守護騎士の事をどう伝えたらいいかと悩む。


「こわーい怪物を倒したり、悪ーい人たちを懲らしめて、皆の笑顔を守ってる凄い人なんだよ」


「ほんと!?」


「大物だった」


「間違っては、ないのかな?」


 ユーゴの説明に興奮した子供達が、尊敬の眼差しをマイクに向け、マイクも気恥ずかしそうに肯定する。尤も、それを言ったユーゴ本人が、どんな存在よりも怖ーい怪物で、悪ーい人たちから心底恐れられてる事を、当然ながら子供達は知る由もない。


「しかもマイクさんは、そんな凄い人達の中で一番凄い、勇者ってのに一番近い人なんだ」


「勇者!?」


「凄い大物だった」


「ユ、ユーゴ殿、どうかその辺で……」


 ユーゴの褒め殺しと、子供達のキラキラした目に耐えられなくなったマイクが、もう勘弁してくれと音を上げた。


「じゃあクーは勇者になる!」


「おおそうか! クリスは勇者になるか! へっへっへ」


 クリスの宣言に大喜びのユーゴだが、実際に勇者クリスが誕生すれば、最強無敵の馬鹿おやぢも常に相手どらないといけない、最強の勇者が誕生する事だろう。ちなみにであるが、これが社会不適合者の代名詞である、特級冒険者になると宣言されたら、ユーゴは膝から崩れ落ちていた。


「ちょう面倒そうだからコーはいいや」


「あー、まあ、あれだね」


「ははははは」


 その勇者を目指いしているマイクがいる前で、コレットが面倒そうだからいいやと言ったため、ユーゴは親として言っちゃいけませんと窘めなければならなかったが、実際勇者はそりゃもう忙しい職業であり、それはマイクも否定できず、つい素直な笑いが漏れてしまった。


「おっと、この気配は……」


 そんな最中、ユーゴは目的地である満ち潮の商店前に止まった馬車から、覚えのある気配を感じ取った。


「!?」


 その気配の持ち主も、ユーゴに気が付いたようで、馬車の中から慌てて飛び降りて来た。


「これは、いつぞや以来ですな」


「そ、そうですな!」


 まさに先程のマイクとそっくり。脂汗を掻きながら馬車を大急ぎで降りて来たその人物こそ、この国の顔役の一人である……


「お元気そうで何よりですロバートソンさん」


「ユ、ユーゴ様こそお変わりないようで!」


 満ち潮の会長、ロバートソンその人であった。


 今ここに、被害者の会道の国代表ロバートソンと、祈りの国代表マイクが揃ってしまったのだ!


 果たして彼らの胃は無事に済むのか! それは神のみぞ知る事だろう。

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