被害者の会2

時は大怪獣ユーゴン、ちびっ子怪獣クーゴン、コーゴンが道の国に上陸する少し前まで遡る。


「最近は街道も安定していますな」


「確かに」


 この時、道の国では商店会議と呼ばれるものが行われていた。この会議、参加出来る者は道の国でも、大商人と呼ばれる様な者達に限定されており、時には大陸にも影響が出る様な議題を話し合う事すらあった。


「今年は作物の出来がいい」


 尤も普段は、どこどこの商品がある程度売れているとか、作物の出来の良し悪しだとか、街道の安全がどうのこうのと、彼等にとって毒にも薬にもならない会話で、単なる定例会のようなものだ。


 それも当然。商人が自分の飯の種をぺらぺら話す様では、それはもう商人とは言えない。あるとすれば、利害が一致した特殊な状況だろう。しかし嘘はつかない。商人は信用第一という綺麗な建前ではなく、ここに参加している誰かを罠に嵌めて敵対するのは、後々の事を考えると損にしかならないからだ。


「なんとか小大陸の事業にもっと食い込めないものか」


「海の向こうの産物が高値で売れるのは、東方が証明していますからな」


 そんな商人として隙を見せない会議だが、一致団結して対応しなければならない事も時として起こる。


 例えば小大陸の事件。これは既に騒動自体は終わっているが、まだまだ現地の復興は続いており、相応の物資が日々大陸から運び込まれ、それは彼ら商人として見過ごすことのできない商談だった。


「騎士の国の街道はようやく安定し始めましたな」


「全く。一時はどうなるかと思った」


 例えば、騎士の国と魔法の国の衝突と、その際に現れた恐るべき蛇による被害。大陸中央と言う物流の動脈で起こったこの事件は、彼ら商人にしてみればとてつもない衝撃で、もしこれが単なる戦争だとしても、物流のストップは武器商人すら儲けの事なんて考えられないほどの痛手となる。だが実際に起こったのは、たった一匹の怪物によって複数の軍が壊滅するという、人間種にとって背筋が凍る事件で、しかもそのせいで騎士の国は政情不安定となり、ここ数年は街道の安全も覚束なくなっていた。


「騎士の国の馬鹿野郎め」


「まさに」


 余談だが、情報も商品、または武器である彼ら商人は、蛇が出現する前に起こった騎士の国と魔法の国の衝突が、おおよそ騎士の国側から仕掛けたことを掴んでおり、この大陸で三番目に騎士の国に悪態をついている国家であった。そして一番目は勿論魔法の国なのだが、では二番目はどこかと言うと


『仕事を増やしやがって、騎士の国の野郎ぶっ殺してやる!』


 人間種の存続のために、日夜奔走している祈りの国であった。


「そろそろ騎士の国で、一つ大きな商談を探してみるか?」


 さて、そんな会議だが当然発言力の大きな者、即ち選ばれた大商人の中でも特に大きな商店の主がいる。


 今発言した、刀傷で片目が潰れている壮年の男もそんな一人だ。この堅気とは思えない厳つい顔をした、ハララ商会の主ニクソンは、元々それなりの商家に生まれたが、父の教育の一環として行商として下積み生活を送り、目の刀傷はその時に山賊に襲われた際に受けたものだ。しかし父はその傷を受けたニクソンに、男の顔になったと言ってのけ、ハララ商会は妙な表現だがニクソンの代となっても、武闘派商人と思われていた。


「さて、頃合いはいいけど、混乱してたから財布の紐は固いかもしれないね」


 ニクソンの言葉に首を傾げているのは、同じく壮年の男性であったがその外見は正反対だった。宝石か美術品が欲しければジャクソン商会に行けと謳われる商店の主は、いい年の取り方をしたと表現できるような、柔和な笑みを湛えた品のいい、ジャクソンという名の商人だった。


「まあ、それも含めて様子見はする必要があるな」


 そしてこの会議で最も力のある商人こそ、大陸一の商店の呼び声が高い"満ち潮"の会長、ロバートソンであった。商人らしくどこでも愛想よく振る舞える彼だが、こういった場や自分の商会では、まさに王の如き威厳と重圧を放ち、この会議に参加出来る者達すら寄せ付けない格の差を見せつけていた。


「お三方が扱われている彫刻なら、すぐに食いつく貴族は多いと思いますが」


 一人の商人の、本当に、本当に何気ない発言だった。彼は言葉通り、ハララ商会、ジャクソン商会、満ち潮が取り扱っている彫刻の見事さを、お世辞抜きで褒め称えただけなのだ。


 その彫刻とは、戦神や祈りの国のかつての勇者ベルトルドをモデルとしたもので、その見事さからここ数年で一気に有名となったのだが、製作者が謎であった。しかし、この三商会がその謎の製作者とつながりがあるのは一部界隈では有名で、注文予約も極々稀にだが受け付けていた。


「確かにあれならな」


「そうですね」


「うむ。売れるだろう」


 そんな何気ない言葉に対して、三人の大商人は確かにあれなら、騎士の国でも十分売れるだろうと頷いていた。表面上。


 彼等三人は奇しくも同じタイミングでお茶に手を伸ばした。


 何故か、急に喉が渇いてしまったのだ。


 その時である。


『ギャオオオオオオオオオオオオ!』


『がおおおお!』


『がおがお』


 三人が同じタイミングで幻聴を耳にした。


「うっ!?」


「はわっ!?」


「ごっほごっほっ!?」


 その幻聴を聞いた三人は、いっそ見事なまでに狼狽えてしまった。


 紳士然としたジャクソンは、強烈な頭痛に襲われ頭を押さえ、ニクソンはお茶を溢してズボンに染みを作っているのに、そんな事に気が付かずはわわと辺りを見回し、満ち潮のロバートソンは、むせながら逃走経路を確認していた。


 そう! この三人にはある共通点があった! 若き日のやらかし時代のユーゴに関わっちゃったという共通点が! そして機を見るに敏が商人ならば、危を感じるに敏が大商人の条件!


 残念ながら若き日の彼らは、それを持ち合わせていなかったため、ユーゴに出くわしてしまったが、しっかりと経験を積んだ彼らは感じ取ってしまったのだ!


 大怪獣とちびっ子怪獣が、道の国に上陸したことを!


 そして……


 ◆


 ◆


 ◆


(いやあ、総長も鬼じゃなかったなあ。道の国の商人会議に探りを入れるって体で、実質休暇をくれるだなんて。ここは掘り出し物が多いから、買い物も楽し!? こここここ、この悪寒は一体!?)


 ここにもまた被害者が……

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