お別れ またね

 はあ、ついに明日か。


「すうすう」

「ぐうぐう」

「すう」


 ソフィアちゃんの部屋を覗き込むと、そこには眠っているソフィアちゃんに抱き付いて、同じように寝息を立てているコレットとクリスがいる。そう、ついに明日ソフィアちゃんとお別れする日なのだが、昨日から子供達はソフィアちゃんにべったりで、一時たりとも離れようとしない。


「貴方」


「ああジネット」


 ジネットも心配そうにやって来て部屋の中を覗き込む。


「寝顔は普段通りですけど……」


「だねえ……」


 ジネットの言う通り子供達の寝顔は普段通りだ。しかし、起きてから……いや、今は朝食の準備をしなければならない。


「子供達が起きてもいい様に、朝食の準備を終わらせようか」


「そうですね」


 後ろ髪を引かれるが、一日の始まりは朝食からと決まっているのだ。疎かにするわけにはいかない。だが、どうなるか……。


 ◆


 ◆


「おはよう!」


「おじさんおはよー」

「パパおはよー」

「おはー」


 起きて来た子供達に声を掛け、返って来たおはようの言葉は普段通りなのだが、やはりというかコレットもクリスもソフィアちゃんの足にくっ付いて、絶対に離れませんと言った様子だ。


 この様子には母親であるジネットとリリアーナだけではなく、家族全員が心配気な表情になってしまった。


 そうだ、こういう時は体を動かすのが一番だ。って親父とお袋に言われたことがある気がする。幸いうちにはあれがあるじゃないか。


「この後プールで泳ぐ人ー!」


「はーい!」

「はい!」

「うい」


 勢いよく手を上げる子供達。やはりプール。子供にはプールが一番。夏休みに解放されてた小学校のプールに、毎日行ってた俺が言うのだから間違いない。いや、コレットとクリスは俺からの遺伝? へっへっへ。


 ともかく子供達の様子に皆もほっと一安心したようだ。あ、そういや惜しいことしたな。日本に帰ったとき、ちゃんとした競泳水着を買ったらよかった。そうすりゃジネットもう喜んでくれただろう。そうに違いない。


 いよっしパパパワー全開で遊ぶぞ! 今なら宇宙から隕石が落ちて来ても余裕だ!


 ◆


 ◆


 ◆


「とう!」


「えい!」


 一度プールの中に入り、水の冷たさに慣れたクリスとソフィアちゃんが、再びプールの中へ飛び込んだ。


「どっせい」


 バシャン!


 一方我が娘コレットは、何故か大の字でバシャンと飛び込み、大きな水しぶきを形作った。痛いだろうから止めさせようとしたのだが、どうも気に入っているようで、風呂でもやってジネットに怒られていた。


「ママ、えい!」

「そりゃ」

「えーい!」


「あらあら、やったわねー。それ」


 プールにいる大人は俺だけではなくリリアーナもいる。彼女はエルフが泉で沐浴する際に着る、厚手の布を体に巻き付けて、子供達から水を掛けられて反撃している。


「楽しそうですねー!」


「ああ」


 一方ジネットはルーと子供達を眺めて微笑んでいるが、人前で例の競泳水着擬きを着る事は断固拒否されてしまった。


「ぬお。今お腹を蹴ったのじゃ」


「あ、私もです」


「それは、ぐす。ようございました、ぐす」


 セラと凜は水で足を滑らさない様、少し離れたところでお茶を楽しんでいるが、臨月間近のお腹を内側からアンドレアと樹が蹴ったようで、それにアリーが感動して鼻をすすっている。


「パパバリアー!」


「戦いはしゃへいぶつのかくほから始まる」


「おじさんごめんね!」


「なんですと!?」


「あらあらうふふ」


 リリアーナと水を掛け合って遊んでいた子供達が、形勢不利と見て俺の後ろに隠れて凌ごうとしている。射撃戦の心得が分かっているとは流石はうちの子供達だ。これは大人しく


「分かったよ! パパ皆の盾に、なりません!」


「パパがうらぎった!?」


「これがこつにくの争い」


「きゃああ!」


「うふふ」


 ここは手を広げて盾になるところだが、つい悪戯心が沸き起こって、後ろに隠れた子供達を一気に抱き上げて前に引き出す。


「もう、パパだめ!」


「このうらぎりは高くつく」


「おじさん酷い!」


「はっはっは」


 子供達からぺちぺち叩かれて抗議を受けるが、パパとは時に厳しいものなのだ。へっへっへ。


「そーれいくわよー」


「にげろー!」


「てったい」


「きゃあ!」


 再びリリアーナに水を掛けられる子供達だが、俺が役に立たないとみるや、一緒に纏まってプールの中を逃げ始めた。うん、ちょっとは寂しさも紛れたかな。


 ◆


 ◆


「すう」

「ぐう」

「すー」


 プールではしゃいだ子供達は、お昼ご飯を食べて少しすると一気に眠気が来たようで、今はぐっすりと眠っている。


 さて、それなら今のうちに晩御飯の買い物と、ちゃっかりの所に頼んだケーキを取りに行くか。しかし、三人衆に会いに行こうと思ったら、妙な頭痛を覚えるんだがこれは一体なぜ?


「そういえばお姉ちゃん、この前三人衆の子が彼女連れて歩いてましたよ」


「なんだって!? それは本当かルー!?」


 あいたたたたたたたああああ!? あ、頭が割れるうううううう!


 ◆


 ◆


「皆ー、三人衆が来てくれたよー」


 商店街で三人衆に声を掛けると、それなら晩飯作ってる間子供達と遊ぶとやって来てくれた。


「にーに!」


「ににんがしー。いや、さんー」


「お兄ちゃん達だ!」


「おっすおチビ共!」

「コレット何言ってるんだ?」

「にーにで2掛2は4だけど、僕達は3だったって意味」

「お前すげえな」


 丁度お昼寝から起きてリビングにいた子供達が、三人衆にさあ遊んでくれと群がる。よし、この間に俺達は晩御飯を作ろう。


 ってこらコレット。こっそりおチビに近づいて、大体あとこれくらいで追いつくなって身長を測るんじゃありません。気にしてるんだから止めてあげなさい。


 ◆


 ◆


「それじゃあいただきます!」


 食べ盛りの子供達に三人衆もいるため、食卓に並べられた食器の数は途轍もない事になっている。


「ねーねこれ美味しいよ!」


「ありがとうクリスくん」


「もぐもぐ」


 クリスはソフィアちゃんの好きなものが入ったお皿を差し出し、コレットは普段通り黙々と食べていたが、ソフィアちゃんにピッタリくっ付くように座っている。


 思えば我が子達は、物心つく前からずっとソフィアちゃんといるんだ。その彼女と別れが近づくにしたがってべったりとなっているが、一度ソフィアちゃんとお母さんが会ったところを見て、幼いながらもお母さんの所に帰れるならそちらの方がいいと理解しているのだろう。ここ数日はべったりとしつつも、引き留める様な言葉は口に出していない。


「わふ」

『ボクも食べる!』


「にゃあ」

『同じく』


 しかし、ある意味子供達にそっくりなポチとタマが、ソフィアちゃんの下で座っているのは、そのまま子供達の心情を表しているだろう。


「いいかソフィア。俺の背を抜くときは一言断りを入れろよ」

「そんな恥ずかしい断りとか初めて聞いたぞ」

「もう既に大分怪しい」


「あはは!」


 三人衆には世話になっている。ソフィアちゃんが来たばかりの頃、彼女の遊び相手というには、コレットとクリス達は幼過ぎて、遊び相手というより遊んであげる対象だった。その遊んでくれる兄貴分になってくれたのが三人衆だ。そして我が子達の兄貴分としても遊んでもらって頭が上がらない。


「このお魚美味しい!」


「あら嬉しいわソフィアちゃん。私とジネットさんで作ったのよ」


「味付けを間違いそうになったのによく言う」


 リリアーナもジネットも、子供達と一緒にいてくれたソフィアちゃんに感謝し、そして自分の娘の様に可愛がっている。


「あ、お水が無くなりましたね。アレクシアさんのトマトジュースも飲みます?」


「うんルーお姉ちゃん!」


「今回のは自信作です」


「ありがとうアレクシアさん!」


 可愛がっていたのはルーもアリーもだ。いや、ルーはちょっとだけお姉ちゃんぶっていたかな? とにかくソフィアちゃんが家族なのは変わらない。皆がこの子の事を家族として愛している。


「セラお姉ちゃん、リンお姉ちゃん。いつ頃産まれそう?」


「そうじゃのう。再来月あたりかの?」


「それくらいですね」


 残念な事は、再来月あたりに生まれる予定のアンドレアと樹を、ソフィアちゃんに抱っこして貰えない事だ。いや、ソフィアちゃんがまたうちに遊びに来た時に、その機会はいくらでもあるか。


「おじさん大丈夫?」


「え!? 大丈夫大丈夫! なんでもないよ!」


 いかん。物思いに耽り過ぎて手が止まっていた。今はただこの時間を大切にしなければ。


「あ、ソフィアちゃんの好きなケーキを買ってるからね!」


「うちのケーキ」


「やった!」


 そう。大切にしなければ。



 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 ついにこの時が訪れた。


「やっぱりやだあああああ!」


「うええええええ!」


「クリスくん、コレットちゃん」


 朝からクリスとコレットはソフィアちゃんに泣いて縋り、彼女にぎゅっと抱きしめられている。


「ほら、コレット、クリス」


「ああああ!」


「やああああ!」


 暴れる子供達をなんとか抱き上げるが、子供達は顔を真っ赤にしてソフィアちゃんに手を伸ばす。


「本当に、本当に娘がお世話になりました」


「こちらこそソフィアちゃんには、娘と息子がお世話になりました」


 この家にも何回か来ているソフィアちゃんのお母さんは、その度にこちらが恐縮するほど頭を下げているが今日は特にだ。しかし、頭を下げないといけないのはこちらの方で、俺達もまた彼女に頭を下げる。


「ソフィア、ちゃんとお礼は言った?」


「うんママ!」


「うううう」


 ソフィアちゃんがお母さんと手を繋いだのを見て、腕の中の子供達の動きが少しだけ弱まる。この子達も分かっているのだ。お母さんの所へ戻れるならそちらの方がいいと。


「それじゃあいいかい?」


「うんお婆ちゃん!」


 普段と同じように、送りは婆さんの転移でだが、普段と違う事があるとすれば、それはソフィアちゃんがここに戻ってくるのが少し先という事だろう。


「皆!」


 ソフィアちゃんが元気よく手を振る。


 そして


「また、ま、ぐしゅ。ううううううううう。ま、ま゛た゛ね゛み゛ん゛な゛!」


 最初は元気に手を振ろうとしていたソフィアちゃんだが、じわりと涙が浮かび、ついにはぽろぽろと大粒の雨が地面に吸い込まれていく。今まで明るくしていたが、やっぱりソフィアちゃんも悲しくて仕方なかったらしい。そして別れの言葉ではなく、次にまた会うための言葉を口にする。


「うえええええ!ま゛た゛ね゛え゛え゛え゛!」


「びえええええ!ま゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 コレットとクリスの顔も同じように真っ赤で目は涙で溢れているが、それでもソフィアちゃんをしっかり見て精一杯手を振り、再会のための言葉をなんとか絞り出す。


「またねソフィアちゃん!」


 俺が


「ええ。またね」


 ジネットが


「いつでもルーは大歓迎ですよ!」


 ルーが


「またねソフィアちゃん」


 リリアーナが


「また会おうなのじゃ!」


 セラが


「いつでもお待ちしております」


 アリーが


「また会おうソフィア」


 凜が


「わんわん!」

『またね!』


 ポチが


「にゃあ」

『また会いましょう』


 タマが


「おう、またな!」

「元気でな!」

「いつでも大歓迎」


 三人衆が


 再会を約束する。


「それじゃあ行くよ」


「皆様本当にありがとうございました」


 婆さんの転移で、頭を深々と下げているソフィアちゃんのお母さん。そして


「ま゛た゛ね゛え゛え゛え゛え゛!」


 大粒の涙を流しながら、それでも笑顔でソフィアちゃんは消えていった。


「うえええええええ!」


「ああああああああ!」


 それを見届けたコレットとクリスは、泣きながらジネットとリリアーナに抱きついている。よく頑張ったね。クリス、コレット。


 ソフィアちゃん。また会おうね。

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