お別れ6 時間は進んでいる

 とんでもない羞恥心を味わってしまった。俺もう立ち直れない。まだ朝で帰って来たばかりだけど、今日はこのまま寝よう。


「るーるー」


「はっ!?」


 なんて考えてたら、既にリリアーナの膝に頭をのっけて寝る体勢に入っていた。彼女が子守唄を歌っているものだから、全く違和感なしにそのまま寝てしまうところだった。


「まだ色々用事が!」


「あらあら。残念」


 とても残念そうなリリアーナの表情に後ろ髪を引かれて、またその膝に倒れ込んでしまいそうになるがここはぐっと我慢だ。


 ソフィアちゃんとお別れする前日には、三人衆を呼ばないといけないから、今の内に予定を伝えておく必要がある。それにちゃっかりの所に、ソフィアちゃんの好きなケーキを注文しておかないと。


「ちょっと外に出て来るね」


「はい行ってらっしゃい」


 親父とお袋の写真を見ている皆を邪魔しない様に、こっそりと外へ抜け出すことにする。


「これもパパが赤ちゃん!」


「えっへえっへ」


「ぬああああ見ないでええええ!」


 その前に我が子達が見ている、俺がオムツを履いているどころか交換されている時の写真を何とかしなければ! そんなの撮るんじゃねえよ親父にお袋おおおお!


 ◆


 ◆


 なんかどっと疲れた……やっぱり寝てしまいたい……。


 い、いや、気を取り直してまずはここから一番近い、果物屋のおチビ、ケビンだな。手伝いして……は?


「いやほんとだって!」


「うっそお! あははは!」


 向こうからやって来ているのはそのおチビと、そばかすのある赤毛の髪の女の子。


 見間違いだな。あのがきんちょ三人衆のおチビが、女の子と親しそうに談笑しながら街を歩いてるだって? はは。ないない。だが何度見ても、あれはおチビのケビンだ。俺ももう歳か。眼鏡を買わないとな。


「あれ? おっさんじゃん」


「あ、どうもこんにちは」


「は?」


 初対面の子供に声を掛けられて、ついつい丁寧に頭まで下げてしまった。


「頭でもぶつけたのか?」


「この遠慮のなさ……本当にケビンだ……」


「はあ?」


 し、信じられない。だがこの遠慮のなさは俺が知っている商店街三人衆のリーダー、ケビンに間違いない。そのケビンが女の子を連れているだって? あ、ははあん分かったぞ。単に道案内してるだけだな。なにせこのがきんちょは遠慮がないから、親しげに見えただけか。きっとそうに違いない。


「あ、紹介するよ。この前付き合い始めた彼女のミーナ。そんでこっちは、ガキの頃から世話になってるユーゴのおっさん」


「ミーナです。初めまして」


「初めましてユーゴです。あ、ケビン。ソフィアちゃんがお母さんの所へ帰るから、その日の前の晩に来てくれないか?」


「そっか……ついに帰っちゃうんだな……分かった!」


「じゃあ俺は他の二人に伝えて来るから」


「おう!」


「ねえ、ソフィアちゃんって?」


「妹分みたいな奴だな。小大陸からこっちに来てたんだ。寂しくなるなあ……」


「小大陸から!?」


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 うん? 俺は一体何をしてたんだっけ? 確か……そう、三人衆だ。おチビには伝えた……様な気がする。うん。間違いない。店の手伝いをしてたおチビに伝えた。なら次はのっぽのマークだな。店の手伝いをして……。


「それでよお」


「んふふふ」


 向こうからやって来ているのはのっぽのマークと、それと同じくらい背が高くて栗毛の髪が長い女の子。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 はて? 俺は一体何をしてたんだっけ? そうだ、店の手伝いをしていたおチビとのっぽにソフィアちゃんの事を伝えたから、あとはケーキ屋のちゃっかりコナーに伝えたらいいだけだ。店の手伝いをしているかな?


「いらっしゃいおっさん」


「店の手伝いをして偉い! 素晴らしい!」


「うん?」


 ケーキ屋で店の番をしているちゃっかりを大声で褒めてしまった。おかしいな。さっきおチビとのっぽをこんなに褒めたかな?


「実はソフィアちゃんがお母さんのところに帰る事になってな。その前の日に食べるケーキを頼みに来たんだ。お前さんもその日に来てくれると嬉しい」


「そう……」


 普段はあまり表情を変えないちゃっかりが、随分寂しそうにしながら呟いた。兄貴分として三人衆はソフィアちゃんを可愛がってたからな……。


「分かった。渾身のケーキを作る」


「お、店のケーキを作るのも手伝うようになったのか?」


「うん」


 試作としてクッキーなんかを作ってはうちの子達にくれていたが、ついに店の商品を作るようになったのか。あの俺のポケットからお菓子を奪い取ってたちゃっかりがなあ。いやはや時間が?


「コナー君……」


「少し待っててね。もうすぐ店番終わるから」


 時間時間じじじかかかかかかかかかんんんんんんん!?


 店の扉からオドオドと入って来た三つ編みの女の子が、ちゃっかりの様子を気にしているがまさかああああああ!?


「彼女のリアちゃん。こっちはおっさん」


「は、初めましてリアです……」


 ぐわばら!?


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 はて? 俺は一体何をしてたんだっけ? そうだ、店番してた三人衆にソフィアちゃんの事を伝えたから、このまま家に帰るところだった。うん? 伝えたよな? ……間違いない。店番頑張れよって三人ともに言った覚えがある。


 はあ……こういう準備をしてたら、いよいよソフィアちゃんが帰るって実感が湧くな……。


 しかし……なにか忘れてる様な……しかし思い出そうとすれば頭痛がする。一体何を忘れてるんだ?

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