お別れ4 父と母と、夫と妻と、親と子と

 よし。夜になって子供達はソフィアちゃんとぐっすり寝た。やっぱり寂しがって皆で手を繋いでだ。


「じゃあちょっとベルトルド総長の所へ行ってくるね」


「はいあなた」


「行ってらっしゃいです!」


「子供達の事はお任せくださいね」


「いってらっしゃいなのじゃ」


「行ってらっしゃいませ」


「勇吾様お気を付けて」


「フェッフェッ。まあ詫びといてくれ」


 皆に送られてながら、ベルトルド総長を訪ねて祈りの国へ転移で飛ぶ。だが婆さんについては腑に落ちん。9割以上婆さんに責任がある筈だ。


 そう、小島で婆さんが作った氷の彫刻をベルトルド総長に言っておく必要があったが、子供達が起きている間に行くと、泣いてしまう可能性があるため、夜にこっそりと抜け出したのだ。


 ◆


「なに、氷の彫刻? 船が逆さに突き刺さっている?」


 ヤバい。総長の部屋に忍び込んだら、まさにそのことを誰かと通信魔具で話している。これは急いで弁解しなければ。


「申し訳ありませんベルトルド総長。実はその事で……」


「ぬあっ!?」


 出来るだけで神妙な顔で声を掛けたのだが、通信に気を取られていた総長は飛び上がって驚いた。いかん。焦って急に声を掛けたが、もう歳の総長には気を使わないといけないな。


「お、驚かすな!」


「本当に申し訳ありません……」


 怒鳴る総長。すまん。あんたも歳なんだ。普段以上にもっと労わらないといけないよな。


「その事でといったな」


「実は連れが仕出かしたことで……」


 そう、俺は船をぶっ刺しただけだ。だから俺は弁解に来ただけ。


「まあ、海賊達を仕留めに行ったマイクの危険が無くなったんだ。それでよしとしよう」


 流石だ。これぞ祈りの国守護騎士団総長。度量がある。しかし、マイクさん?


「ありがとうございます。ひょっとして、マイクさんと話してました?」


「ああ。今丁度現地にいる。謝るならマイクに謝るんだな」


「分かりました。すぐ向かいます」


 いきなり氷の彫刻を見せられてマイクさんも驚いただろう。今から直接謝りにいかないと、


「そうしてくれ」


「それでは失礼しました」


「ああ」


 さて、すぐ行かないと。


 ◆


 ◆


「申し訳ありません。随分驚かせてしまったようで」


「い、いえいえそんな!」


 氷の彫刻や突き刺さった船、ねぐらの中を確認していたらしいマイクさんを見つけてすぐに謝る。この度はうちの婆が本当にご迷惑をおかけしました。いや余所のだったな。


「でもよかったです。盗賊や海賊を討伐した人に、その所有物の優先権があるので、よかったら確認してください」


「いえそんな事は」


「いやどうか確認されてください」


「いやですが」


「いやいや、すぐ済みますので」


「そういう事でしたら」


「どうぞこちらです」


 マイクさんに、海賊達の貯め込んた物の所有権がと言われたが、別に金に困っている訳ではないので辞退しようとしたが、お互い譲り合いループに陥りそうだったため、彼の案内に付いて行く。


「いくつか高価そうなものを、ほかの者が整理しています」


「ははあ」


 守護騎士が高価と言うからには、それなりの物をため込んでたみたいだな。


「こちらです」


「失礼します」


 ねぐらの入り口辺りで、布が敷かれている上に幾つか高価そうなものがあった。ふーむ。ん? この小さな赤い球……どこかで。なんだ、記憶がこれでもかと刺激される。


「これ何処にありました?」


「え、あれ? こんなのあったかな?」


 何処にあったかマイクさんに聞いたが、どうも覚えがないらしい。


 手に取って確認!?


 し、しまった!?


 これは!?


 あの日こっちに来た原因だ!




 ◆


「パパ?」


「パパ?」


 おきた。

 ねむねむ。ねーねはおねんね。クーはおきてる。


「コー、パパどこ?」


「どっか。でもかえって来る」


 コーの言うとおり、パパがおうちにいないっぽい。でもコーたちのところにぜったいかえってくるって言った。


「うん。おやすみ」


「おやすー」


 クーがまたねた。コーもねる。


 パパはかえって来る


 ◆


 ◆


 ちっ。それこそ思い出した。上下左右のない真っ白い空間。あの時は木や岩、金属、何かの道具、それに無数の干からびた死体が漂ってた。しかし今は何もない真っ白な空間だ。


 うんざりする。確かに殺したと思ったんだが、あの時は訳が分からん状態だったから、完全じゃなかったか?


『……せ』


 ほらおいでなすった。


『力を返せえええええええええええええええ!』


 カラカラに干からびた、巨大な人型のミイラが現われる。


 こいつこそが俺がこちらに来た原因。赤い小さな球を異なる世界に転送し、それを触った者をこの空間に引きずり込み、生体エネルギーを吸い取るアンコウの寄生虫!


「喧しいぞハガル!」


 かつて自ら名乗った名は


 "運送"の神ハガル。


 俺の持つ"倉庫"は奴がくたばったときに落とした袋だが、権能はそれよりも上等。"倉庫"は収納と持ち運びしか出来ないが、奴はそこからさらに、何処へでも送ると戻す事が出来た。そう、赤い球という釣り針を、遠い遠い世界にまで送り込み、それに引っかかった奴を自分の世界に引きずり込んだ。自転車に乗って家に帰ってたどっかのガキが、気が付かずタイヤで踏んだ時も。


 魔力が薄れ、消えかかった自分の体を維持するため、獲物のエネルギーを求めて。


「死ね!」


 渾身の力でハガル殴り飛ばす。奴はここで会ったが100年目といった面だが、それは俺の方も同じだ!


 返せと言うのは、恐らく"倉庫"の力の事だろうが、それを知っているという事は、分身や分裂体ではなく、自転車と一緒に落っこちて来て、訳も分からず戦っていたら倒せていたガキを、俺を知っているという事だ!


 確かにあの時はがむしゃらで、勝ちはしたが殆ど逃げるように空間を出たんだ。殺したと思っていたが実際には死んでおらず、また細々と、いや、この干からび具合、まさかとは思うが、あれからようやく何とか生み出した赤い球を、これまた何とかようやく大陸に送り込んだのに、初めて触ったのが俺? そうだ、以前引き込まれた時は死体が無数にあったじゃないか。


「まさかとは思うが俺を狙ったんじゃなくて、たまたまか!? ひょっとして偶然か!?」


『お、おのれええええええええええええええ!』


「はっはっはっはっはっはっは! あっはっはっはっはっはっは!」


 この反応、もう笑うしかない。運命って奴は本当にあるのかね? その運命に感謝してもう一度殴りつける。


『ぐぶううううううう!?』


 ふんっ。腐っても神か。吹き飛ばされるものの、単に殴るだけじゃ死なん。


 なら今度こそ確実に殺す。今度こそ逃がさない。


『ひっ!?』


 えらく怯えるな。おっとあの時は単なるガキだったからな。こんな力持ってなかったものな。あの時は何かの間違いで、それで今度は殺せると思ったか? 馬鹿め。また殺すつもりで引きずり込んだ奴に殺されるんだ。あの時と同じように因果が帰って、いや、あの時はちゃんとできなかった。だからこそ


 自分の密度を極限まで高める。


【死ね】


 人生で一番力を込めた右拳を


『も、元の世界に戻してやる! それに私が死んだらこの空間は崩壊するんだぞ!』


 ぷ。はっはっはっはっはっはっはっは! 言うんじゃないかと思ったが本当に言ったな! ええ!? まあ10年ちょい前ならそれもありだったが!


 だがなあ!


【馬鹿め! 亭主が嫁と子供を置いてか!? 今度こそ死ね!】


 俺ぁ夫で親なんだよ!


 何があっても逃がさん! 極限の重さでこの空間から飛ぼうとするハガルの体を固定し、人生最大の本気の拳を突き刺す!


【ふん】


 今度こそハガルは完全に、体どころか魂魄すら消滅した。


 おっと、もう空間の崩壊が始まったか。


 しかし考えが古ければ、その頭の中も古い。確かにこの空間は崩壊しているが、婆さんが作った特注の転移触媒なら、例え"枯れた荒野"だろうが何処の世界からでも指定した場所に帰還出来る。


「転移魔具起動」


 ランプの様な転移魔具に、その婆さん特性の触媒を入れて起動する。さて、子供達はまだ寝てるといいんだが……




 は?




 転移した先が家の前じゃない!?





「ば、ば、馬鹿な!?」





 こんなことが起こる筈がない!






 なぜ俺は固められた地面に






 アスファルトの上に立っている!?






 なぜ止まれと書かれている!?






 これでは






 これではまるで






 






 …………………落ち着け、幻覚では……ない。草木の揺れも、無数の動植物の気配も感じる。しかもここは……まさかと思うが、俺が大陸に落ちた時に、いや、ハガルが俺を連れ去った時にいた場所じゃないか? だが、もう、もう四十年近く前だ。確証が持てない。それに一口に日本と言っても、微妙に違う、枝分かれした世界がいくつもあることを知っている。


 そうだ。もし、もしここが俺の記憶通りなら、俺の故郷なら、近くに俺の家がある筈だ。確認しなければ……


 ◆


 なかった。


 掠れた記憶を頼りに、なんとか家があった場所に辿り着いたが、家はなかった。家は。そこは単なる空き地だった。


 だが


 あった。


 そこからかなり離れた墓地にある






 親父とお袋の墓が。






 間違いない。雑草に埋もれ、汚れに汚れているが、確かにその墓には新島家と書かれ、親父とお袋の名前が彫られていた。俺の名はない。多分行方不明で処理されているんだろう。


 はは。なんとまあ。一時は気が狂いそうになるほど望んだ帰郷を、こんなに歳を取ってから果たすとはな。ははははは。


 ふう……


 なあ……


 親父、お袋。見てるか? 久々にあんたらの息子が顔出しに来てるぞ。


 そうだ思い出した。納骨してるところに……あった。二人の骨壺と一緒に、これでもかと写真を詰め込んでたんだ。それは親父とお袋が一緒に写っている若い頃のだったり、俺が産まれて笑っている姿だったり、小学校の入学式だったり、とにかく入るだけの写真を、暇な時に見てろと言って押し込んだんだ。


 ふ、今は写真がちょっとぼやけてよく見えないな。後でちゃんと見るとするか。


 ああ、写真は持って帰るよ。俺は一家の大黒柱だからな。ここは故郷であんたらも寝てるけど、俺の帰る所は皆の所なんだ。


 で、だ。あんたらにも来て貰う。なに、二世帯家族が三世帯になっても皆許してくれるさ。日本から離れるつもりがないとか言っても知らないね。老いては子に従えだ。日当たりのいい場所を選んで置いてやるから化けて出るなよ。いや出てもいいけど。というか出れるなら出ろ。という訳で、"倉庫"に親父とお袋の寝所を収納する。ハガルはくそ野郎だが、この遺物だけは便利極まりない。


 さて、帰るか。に。


































『兄貴いいいいいいいいいいいいいいい!』


 んんんんん? ちょい隣? 二つくらい挟んでる? その辺りから呼ばれたな。ごめんよ皆。ちょっと寄り道してもう一仕事するね。全く、あいつも大変だな。

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