お別れ3 故郷

 婆さんめやり過ぎだ。あんな人間氷彫刻を作ったら、偶々小島に来た人がびっくりするだろうが。


「船を逆さに突き刺した坊やほどじゃないさ」


「俺の方はまだ台風で誤魔化せる」


「誤魔化しって言ってる時点で語るに落ちたね」


「なぬ?」


 そうなのか? 船首から突き刺したのが悪かったかな……? 穴はこさえてないし海は割ってないから、ギリギリセーフだと思うんだが……。


「アウトだね」


「そ、そうかな?」


「ああ」


 それなら一応、そう、一応ベルトルド総長に言っておくべきかな? いやいや、婆さんの彫刻は誰がどう見たって変に思うから、彫刻の事だけでもいいか。とりあえず祈りの国に行って、ちょっと変な事が起こっているけど気にしない様に言っておくか。全く、婆さんのせいで余計な手間が掛かっちまった。


「今から行くのはよした方がいいね。坊やがやったことの説明は明日にしな」


「婆さんが、だからな。でもどうして?」


 婆さんが困ったように、帰って来た我が家を見ている。んん!? パパセンサーに感! これはクリスとコレットの泣き声! 間違いなくソフィアちゃんの事で悲しんでる!


「パパが帰って来たよコレット! クリス!」


「パパあああああああああ!」


「かえってきたあああああ!」


「あなた、よかった……」


「旦那様」


 慌てて家に飛び込んだら、クリスとコレットが大泣きしながら抱き付いてきた。ちょっと予想が外れたな。てっきりソフィアちゃんの所から動かないと思ってたが。それにジネットとリリアーナも困った風にしている。いや、コレットは帰って来た、って言ったな。


「パパが帰ってこないと思ったのかい?」


「ぐす」


「んぐ」


 涙を浮かべたまま、俺の腕の中で頷く子供達。そうか、ソフィアちゃんがお家に帰ってもう戻らないから、お昼寝から目が覚めて、俺がいない事を不安になったのだろう。


「パパはちゃんと帰って来るとも。今までそうだったでしょ?」


 子供の所に親が帰って来るのは当たり前だし、この子達が例え一人立ちした後でも、必要ならいつでも帰って来いと言うのが親だ。ましてやまだ幼い我が子達なら尚更だ。


「うん!」


「ん」


 納得したのか、頷く子供達を更に抱きしめようと


「ばあば!」


「ばあば」


「ほら落ち着いて涙と鼻水を拭きな」


 するりと俺の手を抜け出して婆さんの所へ向かう子供達。ぐすん。


 確かに婆さんもソフィアちゃんが帰ると自分の店に戻るのだが、店自体は同じ街中でそれほど遠くじゃないからいつでも会えるんだよ子供達。でもパパとママはいつも一緒にいても問題ないから、パパの方にもうちょっといてくれてもよかったんだよ。


「お婆ちゃんお帰り!」


「ああただいま」


 そこへソフィアちゃんも駆けつけ、婆さんは子供達に囲まれている。婆ちょっとそこ変われ。


 しかし、確かに婆さんの言う通り、今日は子供達と一緒にいた方がいいな。かなりコレットとクリスが不安定になってる。


「あなた、お帰りなさい」


「お帰りなさい旦那様」


「ご主人様お帰りなさい!」


「おや、お帰りなさいなのじゃ」


「お帰りなさいませ。今お茶の支度をしてまいります」


「お帰りなさい勇吾様」


「ただいまみんな!」


 それと子供達の所へ帰るのが当たり前なら、夫が奥さんたちの所へ帰るのも当たり前だ。



 ◆


 ◆


 リビングのソファに座り子供達を抱きかかえる。泣き止んで落ち着いてよかった。


「そういえばパパのこきょうはどこ?」


「遠い遠いところさ」


 俺の膝の上にいるクリスが訪ねて来る。多分、ソフィアちゃんの故郷が、以前に行った事のある小大陸だったと思いだして聞いてきたんだろう。


 俺の故郷。


 海があった。山があった。

 春があった。夏があった。秋があった。冬があった。

 電気があった。テレビがあった。エアコンがあった。携帯電話があった。電車があった。飛行機があった。


 家の方は……流石にどうなっているか分からない。オンボロだったから、取り壊されてるかな。あそこも思い出の地だから、無くなっていたら寂しいな。それに遺品もある。そう、遺品。


「パパのママとパパもいるの?」


「ううん。もう亡くなってるんだ」


「そっかあ。クー会いたかった」


「コーも」


「お爺ちゃんとお婆ちゃんもきっとそうだろうねえ……」


 残念そうにする子供達。


 俺も親父とお袋に見せてやりたかった。あんたらの孫だって。


 仲のいい夫婦だった。俺をこさえて駆け落ちする程度には。確か、お袋がそこそこの家の生まれだったが、一般人の親父とどうしても結婚したくて駆け落ちしたんだったか。旧姓は……何だったか……確か一条通に関係していたはず……そう、北、北……そうだ北大路だ。


 待てよ? よく考えると、世界にはそういう力が無いと思って、故郷では誰にも話していなかった、ほんのちょっとした肉体強化的な力は、古い家だったお袋の実家からのものか? いや、今となっては知る術はないか。だがそうだとすると、俺だけ異端だとびくびくしていたのは無駄だったな。そのせいで若干内向的だったから損をした気分だ。


 ああそうだ。それに故郷には親父とお袋の墓がある。もう何十年もの間、掃除も顔も出していない、親父とお袋の墓が。大したもんじゃない、こじんまりとしたものだったが、あそこには遺骨もある。雑草も伸びきって汚れているだろうな。これも未練か。もう少し親孝行したかったが、二人とも逝くのが早すぎた。


「そういえばパパのこきょうはなんていうの?」


「うん? あ、ごめんよ」


 もう長い事故郷としか呼んでないから、すっかり名前を言うのを忘れてた。


「パパの故郷はね」






















「日本って言うんだよ」






あとがき

長かった……ようやく書かないといけない事を全部書けたんですが、日本という単語が他の話に混じってたら、すぐに消すんでお知らせください。この時の為にとっておいたので多分大丈夫だとは思うんですが……多分……。

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