の日2

「いーつき」


「ちーちうえ」


「いーつき」


「ちーちうえ」


 庭のベンチに座った勇吾様と、勇吾様の膝に座っている息子の樹が戯れている。あまり表情を変えない息子だが、楽しんでいるのが母親の私には分かる。


「はーはうえ」


「なーに?」


「ちーちうえ」


「いーつき」


 そしてこの子はかなりの甘えん坊だ。常にだれかに引っ付いていたがる。いや、私もよく考えれば、母上の体調がいい時はよく引っ付いていたような気がする。


「いーつき、パパでもいいんだよ?」


「よびやすいから」


「そっかあ」


「ん」


 頷いている息子に、少し落ち込んでいる勇吾様。


 特にそうやって教育していないのだが、どうも日常会話で私が両親の事を父上母上と呼んでいる事がしっくりきたのか、樹も勇吾様と私の事を父上母上と呼ぶ。これはセラ殿の娘であるアンドレアも一緒で、樹とアンドレアが両方ともそう呼ぶから、余計に馴染んでしまっているのだろう。


「ポチいる?」


「わん!」

(イツキ呼んだ!?)


「ここ、ここ」


「わん!」

(分かった! とう!)


 犬小屋に息子が呼びかけると、中からポチが飛び出してきた。息子はタマとも仲がいいが、ポチとも負けず劣らず仲がいい。そんなポチに自分の隣を指さしてここに来るよう頼み、ポチは飛び上がって勇吾様の膝の上に着地した。


「ポチぎゅー」


「わん!」

(イツキぎゅー!)


 そして樹とポチが抱き付き合っている。今日は特に寒いという訳でもないから、単純にそうしたかっただけだろう。


「じゃあパパ皆をぎゅー!」


「きゃっ。もう勇吾様ったら」


「へっへっへ」


「ちちうえあったかい」


「わんわん!」

(みんな仲良し!)


 そんな息子達の姿を見ていると、勇吾様も我慢できなくなったのだろう。私も抱き寄せてその腕の中に包まれてしまう。なんて幸せなんだろう。


「ポチー? あ、そこにいたんだ」


「あにうえどうぞ」


「わんわん!」

(クリスもおいでよ!)


「そうそう! さあおいでクリス!」


「うーんちょっと遠慮しておくよ」


「がーん! そ、そんな……」


「そんなに落ち込まなくても……」


 するとポチを探しにやって来たらしいクリスが、屋敷の扉から庭にやって来た。樹は家族皆が好きなため、同じようにされることを望んだが、成長すると同時に恥ずかしがり屋になったクリスは苦笑しながら断った。それに勇吾様はショックを受けられているが、私も恥ずかしい事は恥ずかしい。


「そうだ、久しぶりに帰って来た事だし稽古をつけてやろうか?」


「え、いいの?」


「ああ」


「ありがとうリンお姉ちゃん」


「ふ、なあに」


 クリスが学園に通う直前まで、ある程度剣を振れるようになってからよく稽古をつけてやったが、今では中々の腕前になっている。しかしリンお姉ちゃんか。一児の母になったが、昔からリンねえと言われていたからな。ふふ。


「ははうえもあにうえもがんばれ」


「怪我しないでね」


 勇吾様から私は訓練用の刀を、クリスは両刃の片手で持てる剣と盾を受け取る。


「今はそれを伸ばしてるんだな」


「うん」


 盾と剣を構えるクリスの姿は、幼いながらどっしりとした安定感を感じる。驚くことにこの子は剣と魔法を高度に両立しており、長ずれば勇者にも引けを取らなくなるだろう。いや、まず間違いなくそれを超える。


「ではいくぞ」


「うん!」


「【水草流 水面歩き】」


「【不動金剛力業】」


 ゆるりとした歩方で相手を惑わす水草家の技を使うと、クリスは私が教えた業である、自分の重量と腕力を上げる、【不動金剛力業】を使って備える。


「しっ」


「んん!」


 あくまで呼吸は短くそして鋭く吐き出し、余計な動作をせずクリスに横から切り掛かる。だがそれをクリスはきちんと正面から盾で受け止めると、身動きの早い私を捕まえるため、最短の距離で剣を突いてきた。全く、幾ら全力で戦うのが礼儀で、人体に触れると途端に柔らかくなる模擬剣とは言え、訓練でも突きは危ないから禁じられている流派が多いんだぞ? まあこれもジネット殿と私の薫陶の賜物か。


「学園は楽しいか?」


「勿論んんっ!? ひ、卑怯だよ!?」


「何を言う。気を抜いたのが悪い」


 それならばと油断を誘う為、学園でのことを聞いたが見事に気を抜いたな。刀に対する反応が送れた。やれやれ、卑怯汚いは誉め言葉だぞ。



「ここまでにしようか」


「ぜーはー!」


 一通りの動きで稽古したが、やはり将来が楽しみだ。


「ははうえもあにうえもすごかった」


「そうかそうか」


「二人ともお疲れ様!」


「わん!」

(おつかれ!)


 ある意味クリスとの遊びが終わると、勇吾様と樹、それにどうやっているのかポチが拍手していた。


「ははうえだっこ」


「ほらおいでなさい」


「いやあクリスも逞しくなったなあ!」


「もう……やめてよ」


 座っている勇吾様の膝から甘えて来る樹を抱き上げると、勇吾様も立ち上がってクリスの頭を撫でている。そのクリスだが、恥ずかしそうに拒絶しているが満更でもないようだ。なるほど、年頃の男の子はこういう風になるのだな。樹の時には気を付けよう。


「はっ!? パパセンサーに感! アンが呼んでいる!」


 勇吾様が突然そう叫ばれた。どうやらまたアンドレアがセラ殿から逃げているらしい。


 相変わらず騒がしくも暖かい…………


 ◆


 ◆


 ◆


 んあっ!? ゆ、夢!? これが話に聞く正夢の日なのか!?


 勇吾様!?


「うーんうーん……コレット、アン……お嫁に行くだなんて……うーんうーん……」


 う、うなされている!?

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