の日
「こりゃ待たんかアン! ほっぺにケチャップが付いておる!」
「やーなのじゃー!」
フリルの多い赤い服を着た娘のアンドレアが、それはもう全力でわしから逃げておるが、ほっぺたに付いたケチャップを拭かれるのがそんなに嫌なのか。
頭の両側で金と少し黒い髪を結び、青い瞳をした我が子は、幼い頃のわしにそっくりじゃが、これほどお転婆ではなかった筈じゃ。だが何故かアレクシアはそれについてはだんまりじゃが、間違いなくお淑やかな淑女だったのじゃ。うむうむ。
「アンちゃんが逃げてる」
「あねうえたすけてなのじゃ!」
アンドレアの逃げた先に、休みで魔法学院から戻って来ておるコレットの姿があった。コレットも小さな頃はお転婆じゃったが、我が子も負けておらん。
「抱き付く前にケチャップ拭こうね」
「がーんなのじゃ! あねうえがうらぎったのじゃ!」
「これにはコレットお姉ちゃんも困惑」
じゃが流石のコレットも、ケチャップが付いたまま抱き付こうとしたアンドレアを制止したが、何故かそれにショックを受けたアンドレアは、コレットの横を走り去ってしまう。
「あらあら。アンちゃんほっぺにケチャップが付いてるわよ」
「リリアーナママまでもなのじゃ!」
「あら?」
次いで出会ったリリアーナ殿じゃが、その母性にアンも懐いておったのに、全くよく分からん理由で駆け去ってしまう。
「ちちうえたすけてなのじゃー!」
「呼んだかいアン! パパが来たからにはもう大丈夫だよ!」
アンドレアがある意味最終手段である、だんな様への助けを求めて声を出すと、即座にだんな様がアンの目の前に現れた。
だんな様はパパと呼んで欲しい様じゃが、アンドレアは特に教えてないのにナスターセ家の言葉使いになっておった。
「ははうえがあとでなめるケチャップをふこうとするのじゃー!」
わ、我が娘ながらそんな理由でほっぺにケチャップを付けておったのか……。
「うんん? でもアンのほっぺにはケチャップついてないよ?」
「え、そんなことはないのじゃ!」
「ほんとほんと。ほら」
「い、いつのまになのじゃ!?」
だんな様が何処からか取り出した、小さな手鏡に映っているアンドレアのほっぺには、確かにケチャップが付いていなかった。恐らく、わしとアンでは見えぬほど素早くだんな様が拭き取ったのだろう。
「無いのは仕方ないから、アリーにトマトジュース作って貰おうか!」
「そうするのじゃ!」
よかったのじゃ。アンドレアの意識が、アレクシアお手製のトマトジュースに向いた様じゃ、
「アリー、良かったらアンにトマトジュースを作ってあげてくれないかな?」
「アレクシアママおねがいなのじゃ!」
「勿論ですともアンドレアお嬢様」
アンドレアがだんな様に抱っこされてキッチンに向かうと、そこにはアレクシアがいた。アンドレアは特にアレクシアに懐いており、アレクシアもまた娘を我が子の様に可愛いがってくれておる。
「ははうえもいっしょにのむのじゃ!」
「うむ。アレクシア、わしもお願いなのじゃ」
「はいおひい様」
「パパも一緒に飲もうかな!」
うむうむ。家族仲良くトマトジュースを飲む。これぞ吸血鬼としての幸福なのじゃ。
「にゃあ」
⦅トマトの臭いを検知⦆
「おおタマ! こっちにくるのじゃ!」
「にゃあ」
⦅了解⦆
コレット達と一緒に帰っておったタマがやって来る。
「よしよしなのじゃ!」
「にゃあ」
⦅極楽⦆
タマを抱きかかえて撫でるアンドレア。天真爛漫でどちらかというとポチの性格に似ているのじゃが、どちらも大好きな娘はよくこうやっておる。
「アンー! ピースしてー!」
「ピース! なのじゃ!」
「へっへっへ」
パシャパシャ
だんな様が満面の笑み娘を写真で撮りまくっておる。この調子だとまたアルバム部屋が追加されることじゃろう。今何部屋めじゃったかの?
「逃げていたアンも捕まりましたか」
「みんないる」
「おお、リンママにイツキ!」
キッチンにリンが息子であるイツキの手を引いてやって来た。リンはキリっとしておるが、イツキの方は少し眠たげな様に瞼が下がっておる。だんな様曰く、なんでも幼い頃の自分に似ておるらしい。
「樹もピース!」
「ピース」
パシャパシャ
しかし性格はコレットに似ておるかもしれん。今の様にあまり表情を変えずにピースをしているところはまさにそっくりじゃ。まあ流石にコレットの様な突拍子の無い言動はせんが。
「ちちうえだっこ」
「勿論!」
そして意外と甘えん坊なところも似ておる。今もだんな様にせがんで抱っこしてもらい、首に小さな腕を回して抱き付いておる。いや、甘えん坊なところはだんな様に似ておるのじゃ。
「アンもなのじゃ!」
「へっへっへっへっへ」
しかし甘えん坊なのは我が娘も負けておらん。イツキが羨ましかったのじゃろう。椅子から飛び降りたアンドレアがだんな様の足元で跳ねて、だんな様の腕に飛び込んだ。うーむ。血こそ吸血鬼の根源じゃが、ハーフであるが吸血鬼のアンはだんな様の血を引いているため、将来とんでもない事になるのではないかと思う程身体能力が凄まじい。
「ははうえもだっこなのじゃ!」
「おおっと」
一通りだんな様は満足したのか、次はわしの方に娘が飛び込んできた。ま、今は先の事などいいのじゃ。腕の中の娘があったかいのじゃ。
◆
◆
◆
◆
むにゃむにゃ………
はっ!? ゆ、夢じゃったか!?
そ、そうか正夢の日じゃった!
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