強面
「セラ、ちょっと銀行行ってくるね」
「分かったのじゃ。クリスとコレットはお勉強中かの?」
「うん。邪魔しちゃだめだからこっそり行ってくるよ」
銀行に行かなければならなかったが、好奇心旺盛なクリスとコレットが知れば、付いて行くと言うだろう。いや、父親的には嬉しいのだが、今二人はリリアーナとジネットが、薬の作り方を教えているため、邪魔をしてしまうことになる。そのため涙を堪えて内緒で行くのだ。
◆
「すいませんお金を引き出したいのですが」
「はい、少々お待ちください」
相変わらず豪華な銀行だ。床は全部白石で、内装全体が金に彩られている。儲かるんかね? 俺がやっても……そんな商才ねえな。取り立て屋なら務まりそうだが。ははは。はは……
「まだ足りとらん。もっと金の装飾を増やすんじゃ」
「か、畏まりました」
おっと、確かこの銀行の支店長が、ドワーフに頭を下げている。この銀行の幹部とかなんだろうが、これ以上金の装飾を増やせとか、相変わらず種族全体が金の事好きだねえ。しかし、やっぱりこの銀行はドワーフが主導してたのか。
そういや昔、ドワーフの国家、山の国が秘密裏に作って暴走した機械神も全身金ぴかだったな。名前は何だったか……妙に腹筋に力を入れた覚えがあるが……思い出した、
まあ、山の国の方はデカい山脈に巨人だの竜だのが埋まってるから、国防上の切り札が欲しかったんだろうが、それが暴走してりゃ意味ねえな。
ん? 今入って来た髭面男、妙に心拍数が上がってるな。
「金を出せ!」
おいおいおい剣を抜いたぞ。こいつリガの街で銀行強盗とか正気か? そこらのボンクラ領主の領地と衛兵なら何とかなっても、ここは領主も衛兵も一級だぞ。金持って逃げてもすぐ捕まるに決まってる。
「警備!」
「強盗だ!」
「きゃあああ!」
「任せろ!」
「仕事だ!」
それにここの警備員達も中々やる。5人の警備員達が同じく剣を構えて強盗を包囲するが、全員が達人とは言えなくても十分腕利きの気配がする。取り押さえるのは彼らに任そう。万が一危なくなったら、強盗の膝にデコピンでもすればいい。
「少し待て。お客様方がいるのに切った張ったで血が出るのはよくない。俺が取り押さえる」
「アーロンさん!」
「そういや今日はアーロンさんがいてくれたな」
奥から現れた面構えの厳つい巨漢の男に、銀行員達のみならず警備員達もほっとしている。ほっとしているのだが……
「投降しろ。そうでなければ制圧する」
「なんだとてめえ!」
いやお前さん、前ここに来た時も思ったが、筋肉は盛り上がっているが戦う男の肉付きじゃないし、気配も一般人程度しかないじゃん。ってああそうか、一般人にも外見上強そうな巨漢を配置して、普段は分かりやすい警備役、そんで強盗が来たら戦意を喪失させようとしているのか。
「いいから金を寄越せ!」
「それが答えなら制圧する」
うん? 巨漢が自分から仕掛けた。何か策が、あの剣か。
「ふんっ!」
「ぎゃっ!?」
巨漢が強盗の剣を叩き落とし、その拳で顔面を殴りつけた。強盗は、伸びてるな。
「流石アーロンさんだ!」
歓声が銀行内に沸き起こる。
間違いない。巨漢が剣を抜いた途端、一気に剣から魔力が迸り巨漢の体を刺激していた。いやあれは……
「お客様の皆様、どうぞご安心ください」
深々と一礼をする巨漢だが……ふーむ。まあ、ちょっとだけお節介でもするか。
◆
◆
◆
「ふう……」
「もしそこのお方」
「はい? 自分ですか?」
巨漢に声を掛ける。色々手続きがあったのだろう。巨漢が仕事を終えて裏口から出て来たのは、あれからかなり時間が経ってからだ。
「はい。突然で申し訳ないのですが、その剣、魔剣の可能性があります。一度調べた方がいいかもしれません」
あの強盗を制圧した時、剣から出た魔力は巨漢を支配していたのだ。つまり、あの時の動きは巨漢の意志ではなく、剣に操られていたとも言える。
そんな事が出来る代表例が、邪な術を掛けられている、または製法で生み出された剣、魔剣だ。これは人の精神を蝕み、ついには最悪の場合、意思を乗っ取ってしまう危険な代物で、そんな物騒な代物は破壊してしまうのが一番手っ取り早い。
という訳で巨漢に声を掛けたのだが、なんだか様子が……
「き、聞いてくださいいいいいいい!」
「はんんんん?」
今にも泣きだしそうになっている。どういうこっちゃ?
◆
「まあ飲みねい」
「ありがとうございます……」
よく分からんが乗り掛かった舟だ。孫馬鹿事、ゾンビ店主の酒場で個室と酒を頼み、巨漢に一杯注いでやる。
「それであの剣、魔剣かい?」
「いえ、ガキの頃の話なんですけど、近くに掘りつくされた古代エルフの遺跡がありまして、度胸試しに中に行ったら、子供がギリギリ通れる隙間があって、その奥にこれがあったんです」
「ははあ、古代エルフの遺物か」
現代の人間種どころか、子孫であるはずのエルフ達でさえ再現出来ない古代エルフの遺物は、そのどれもが凄まじい性能を秘めているが、時折よく分からない用途のものも出土する。今回の殆ど魔剣みたいな機能を持っている遺物の名称は確か……
「自動魔具か」
「そう言うみたいですね……子供が行っちゃいけない場所でしたから、秘密の宝物として親にも内緒で隠してたんですけど、それなりの年になってから、村に出た小型の魔物とも言えない様な雑魚に、初めてこいつを使った時はあっという間に倒して、一躍村の英雄でしたわ」
どれほど雑魚でも魔力を有しているなら魔物は魔物だ。単なる村人ならそれなりに覚悟を決めなければならないが、それをあっという間に倒したんなら確かに村の英雄だろう。
「そこで調子に乗っちゃって、そこそこ小型の魔物に悩まされてる小さな町で腕試しと……」
「あの動きなら小型の魔物なら余裕だったろ?」
「はい。まあ気分が良かったですわ。小型の魔物とはいえ、報酬金は農村生まれの自分からしたら大金でしたし、美人は寄って来てくれるわで」
「そんなに卑下しなさんな。人間なら皆そうさ」
「ありがとうございます」
何処か自嘲気な巨漢だったが、冒険者になる者は、多かれ少なかれ皆そういうものを求めているのだ。別に卑しいとかそういったことはない。
それに小さな町レベルなら、小型の魔物を余裕を持って狩れると、それはもう立派な頼りになる戦力だ。当時の巨漢の周りは大いに助かっただろう。
「そのあと暫く町で活動して、町を悩ましていた魔物の群れを倒したら、そこでも町の英雄だって持ち上げられまして、ますます調子に乗ったんですよ。その内小型なんか敵じゃないとか思い始めて……」
「……まさか最終的に北方開拓戦線に?」
「……そのまさかです」
「あちゃあ……まあ、生きて帰れたからよかったじゃないか」
「いや本当にですわ……」
ここ、剣の国の最北方は未開領域と称され、日夜冒険者と兵士が魔物を駆逐し、人種の生存圏を広げながらも、時には押し返されてしまう最前線だ。だがこの押し返されてしまうというのが問題で、なぜならその最前線にいるのは人類の規格外である特級冒険者達なのだ。その彼等でも押し返されてしまうような戦場なぞでは、言ってはあれだが銀行で見た動きの巨漢では何の役にも立たない。
「タイミングが良かったのか悪かったのか、最前線に着いたら大型魔物と特級達が戦ってましてね。そこで折れて、着いたばかりなのに逃げ帰りました」
「……ほれもう一杯。あれだ。死ぬ前に現実を知れてよかったと思おう」
城塞とそこに詰めている騎士達を真っ正面からぶっ潰せる、人種が現実的に想定している最大の危機である大型魔物と、人類最高峰の集団の戦い、いや戦争なのだ。恐らく精神的な修羅場をそれほどくぐっていなかった巨漢では耐えられなかったのだろう。
「ありがとうございます……その後魔物と戦うのが怖くなって、この銀行グループに拾って貰ったんですけど、意気地なしで戦いはこの剣任せだった自分が、警備員として給料貰っていいのかなって……」
ああそれで俺に泣きついたのか。剣に頼っている事を知られた、いや知って貰えたから。
「あれだ。そんな便利な物を持ってて、お天道様に顔向けできる仕事してるんだ。立派なもんじゃないか。給料はどう使ってるんだ?」
「貯金と実家の仕送りに……」
「ならお天道様に顔向け出来るどころか、微笑んでくれるよ。ほれもう一杯」
「ありがと、ありがとうございますうううう! おおおおおお!」
悩みは人それぞれだが、根が真面目だからこういう悩みをため込んでたんだな。ついには泣き出してしまった。消音の魔具を効果最小範囲にして起動っと。
ふっ見てるか婆さん。俺は単なるお節介焼きで、超ド級の問題に対するトラブルバスターなんかじゃないぞ。
◆
一通り話せてすっきりした顔の巨漢だったが、あの剣どれほどのものだったのかね? 婆さんに聞いてみるか。
「そんな事があったんだよ」
「フェッフェッ。そりゃご苦労様だね。しかし、話で聞いた形状の剣じゃ、大型魔物は無理ってもんだ。逃げたのは正解だね」
「やっぱり古代エルフにとっちゃ訓練用くらいのもんだったんか?」
「それより下さね。子供がチャンバラに使うおもちゃさ」
「ぶっ。おもちゃあ!? でも魔物は倒してたみたいだぞ!?」
「普段は安全装置が作動して斬れなくてね。で、万が一殺傷力のある武器や魔物と出くわしたら、安全装置が外れて、持ち主の体を動かして切れるようになるのさ」
「物騒なおもちゃだ。どんだけ殺伐とした時代だよ。しかし、なんでそんなおもちゃがエルフの遺跡に……」
「普通の人種が掘り返せる古代エルフの遺跡ってのは、当時にしてみれば何の価値もない様な、防御装置の必要ない所なのさ。それを考えると……ゴミ捨て場とかかね」
「スケールが違うわ」
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