ダークエルフのスキンシップ

「さあ来なさい」


「むむむむ!」


「ママがマジ。略してマジ」


 短刀を逆手に持っている娘のコレットと、目の前に大上段に剣を構えているクリス。


 コレットは常に短刀を逆手に持っている。まだそんな持ち方は早いから、普通に持つ様矯正しようとしたが、訓練の度に気が付けば逆手にしている。だが、明らかに動きがにわかではないきちんとしたものだ。短刀に熟達する過程を飛ばして、いきなり自分の最適解を導き出したのだろうか? 誇らしい様な頭が痛い様な……


 一方で、どうもクリスは剣を使うのが上手い様だ。以前は正眼だったが、今の大上段に構えている姿も様になっている。魔法に対する適性が高いと思ったが、意外と剣を扱わせても大成するかもしれない。まあ、おっぱいお化けも運動音痴という訳ではないからな。


「なあポチ、タマ。どうやったら上手にやられるのかな?」


「わふ!」


「にゃあ」


 夫が庭のベンチに座ってタマとポチに話しかけている。夫には申し訳ないのだが、あの人に戦闘教官としての適性は無いと言わざるを得ない。戦いを教えるためには、時として非情にならなければならないのだが、夫は優しすぎて子供達にそうする事が出来ないのだ。だからこそ私は夫を愛しているのだが。


「すきあり!」


「ふいうち上等」


「甘いわね」


「あう!」


 クリスが剣を振り下ろす事だけに集中していたため、頭に柔らかい模擬剣を落とし、攻撃をしていても躱す事を意識させる。


「ママ大好き」


「ええ私もよ」


 そんなクリスの影からするりと出てきた娘。上から見下ろしていたのに、まるでクリスの影から出てきた様だ。やはり子供の技術ではない。


 しかも最近夫と訓練した際に妙な知恵を付けて味を占めたようで、こんな囁き戦術まで使ってくるようになった。いや、勝つために必要な事は何でもしろというのがダークエルフの教えだが、まさか娘から動揺を誘わうために親愛の言葉を言われるとは誰も思うまい。


「くるりん」


「無駄な動作をしない」


「ぐえ」


 だが訓練に手心は加えない。コレットの足を払うように剣を滑らせるが、何故か大げさに一回転して避けるので、服の首元を掴んで宙吊りにする。


「ぷらーん」


 でも確かに子供達の言う通り気が逸れていた。しかし、それをこの歳の子供が二人とも感じ取れるだなんて、戦うことに対するセンスはやはりずば抜けてる。立場上遠くから眺めていただけだったが、一族のダークエルフの子供がしていた訓練を考えると間違いない。天才と称してもいいだろう。


「わんわん!」

(クリスとコレットの難ある所にポチとタマあり!)


「にゃあ」

(以下同文)


「おっと邪魔しちゃだめだ。ほーれほれ耳の裏こちょこちょー」


「きゅーん。すぴすぴ」


「にゃあ」


 そんな訓練中の子供達に、ポチとタマが加勢にやって来ようとするが、夫に取り押さえられ耳の裏をくすぐられて降伏していた。夫とドロテア殿が言うには、竜の長とも真っ正面から戦えると太鼓判を押しているポチとタマだが、果たして将来学園に通うコレットとクリスの護衛が務まるか、あの姿を見ると少し不安だ。


「すきあり!」


「以下どうぶん」


「本当によく分かる事」


 また意識が逸れたところを、クリスが最短距離で私の足に突きを、宙吊りになっているコレットは身を捻って私の手を切り付けようとする。


「ほっ!」


「またくるりん」


「よく出来ました」


 また同じようにクリスの頭に剣を落とそうとすると、クリスは大きく横に動かず、そのまま突進力を維持した最小限の動きで躱し、掴んでいた服から手を放したため落下したコレットは、大袈裟な動きをせずクリスと挟み込むように私に切り掛かって来る。


「はいちゃんと着地するのよ」


 そのクリスの剣を自分が手に持っている短剣で、コレットの方は手元を掴んで軽く後ろへ投げ飛ばす形でいなす。


「ほあああっと!」


「またまたくるりん」


「10点10点10点!」


 危うさを感じさせない着地をした子供達を、夫が拍手で褒めている。


「パパもすきあり!」


「ゆだんは死を意味する」


「なぬううう!? さあ行くのだポチ、タマ!」


「わん!」

(クリス、コレット今だよ!)


「にゃあ」

(さあどうぞ)


「う、裏切ったなああああ!? ぐああああああ!」


 何故か子供達が、着地した先にいたベンチに座っている夫に目を付けて襲い掛かる。それに対抗して夫はポチとタマで対抗しようとするが、二人の短い足が夫の手を抑え付けて、そのまま子供達の柔らかい剣を受けてしまう。


「ふふ」


「クーコーポチタマコンビネーションアタック!」


「ながいながい。あとコークーだから」


「わん!」

(いくぞー!)


「にゃあ」

(先導する。我に続け)


 ガックリと、いかにもやられたという形でベンチに倒れ込んだ夫。それに微笑んでいると、この勢いを逃がさないとばかりに、子供達がポチとタマを引き連れて襲い掛かって来た。


「みんなーおやつにしましょー」


「わん!」

(ジャーンプ!)


「にゃあ」

(タマ流空中殺法)


「とう!」


「とう」


「ふふ」


 と思ったのだが、リリアーナが玄関からおやつの準備が出来たと知らせると、全員がジャンプして私に抱き付いてきた。しかし、ポチとタマが顔にへばりついて前が見えない。どうやら子供達が仕掛ける前に、視界を塞ごうとしていたらしい。


「さあおやつだおやつ!」


 夫もベンチから立ち上がって、ニコニコ笑いながら隣に立っている。


「ほいっと」


「きゃ、もう」


「へっへっへっへ」


「パパゴー!」


「楽ちん」


 まだ子供達を抱いたままだが、今度は自分が夫に横抱きにされる。


「むー、旦那様、あとで私もお願いしますね」


「勿論勿論!」


 ふ、リリアーナが羨ましがっているがそれは後だ後。


 ダークエルフにとって子供の訓練はスキンシップと同じだが、夫ともスキンシップしなければならないからな。

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