「すいませんお手紙を配達しに来ました」


「はーい今行きまーす!」


 偶々門の近くのお花の手入れをしていたら、手紙を配達しに来たらしい人に声を掛けられた。


「それでは失礼します」


「ご苦労様です!」


 大体の場合手紙は、ご主人様の取引相手である商会で、稀に昔の付き合いのある人物や祈りの国からの手紙だ。今回は……見覚えのある商会の印だ。


「パーパパパパパパパ!」


「パパパパパパ」


 コレットちゃんとクリスくんが、独特の掛け声で模擬剣を打ち合っている。いやはや、二人ともきちんと形になっているのが凄い。お姉ちゃんが教えるのが上手いのもあるだろうけど、将来は歴史に名を残すかもしれない。


「パパの事呼んだかい我が子達!」


 あ、ご主人様にも二人の声が聞こえたようで、家から飛び出してきた。


「んーんー」


「呼んでない呼んでない」


「あれーおかしいなあ」


 首を横に振る二人にご主人様の方は首を傾げる。ご主人様の耳なら間違いなく聞こえているはずなのだが、二人に合わせているらしい。


「うーん戻るかあ」


「パーパパパパパ」


「パパパパパパ」


「やっぱり呼んだね!」


「んーん」


「ふーふー」


 くるりと背を向けたご主人様に対して、再び二人が掛け声を出してから誤魔化す。コレットちゃんの方は横を向いて口笛を吹かそうとしているが、空気が漏れているだけで可愛らしい。


「もう騙されないぞお!」


「とおお!」


「げいげき」


「ふははは! パパパワー全開のパパには効かないのだ!」


「パパ反則!」


「言うとおもった」


 今度は間違いなく聞こえたぞと、ご主人様が子供達を捕まえようとしたが、二人は模擬剣で迎え撃った。普段ならそれでご主人様がやられたと言って打ち倒されるのだが、今のご主人様は一味違う。パパパワーを全開にして二人を捕まえてしまったのだ。


「手紙の受取ありがとうルー。どこから?」


「"満ち潮"の会長さんからです!」


「ああロバートソンさんか。という事は彫刻の発注かな」


 手紙を持ってご主人様に近づく。"満ち潮"は大陸各地に支店がある世界有数の大商会の一つで、先日行われた湖の国でのパーティーにはその会長が出席していた。


「脱出!」


「スルリスルリ」


「あ!?」


「むう。やりますねコレットちゃん、クリス君」


 ご主人様が手紙に気を取られた隙をついて、子供達が腕の拘束から逃れて、少し離れたところから見ていたお姉ちゃんとリリアーナお姉ちゃんの所へ駆け去っていった。


「我が子の成長が嬉しい様な悲しい様な……えーと、ああやっぱり彫刻の発注だ」


 残念そうに二人を見送ったご主人様が手紙を読むと、やはり彫刻の発注だったようだ。


「ふむ、また戦神マクシムか。皆あのおっさん好きだねえ」


 ご主人様の作る彫刻は主に戦神や闘神で、しかもどうやら実際に見たこともあるためか、その出来栄えに惚れ込んだ神殿の聖職者のみならず、道場を営んでいる者も箔付の為に欲しがっているらしい。


「数は、一つか」


 だが販路の数は多いが製作する数は抑えており、値崩れを防いでいる様だ。


「じゃあ石材屋に行ってくるね」


「ルーも行きます!」


「じゃあ行こう行こう」


 ふっふっふ。お姉ちゃんたちが羨ましそうにしているが、お買い物デートを逃す私ではないのだ。


 ◆


「やあルーちゃん」

「夫婦で買い物かい?」

「仲が良いようで何より」


「こんにちわ!」


 ご主人様と手を繋いで歩いていると、道行く人に声を掛けられる。この街で暮らし始めてもう5年以上。常に人当たりのいい女の子として、街に溶け込む作戦は完遂したと言っていいだろう。その甲斐あって主婦のコミュニティにも混ざれて情報を収集することも出来る。


「ルーちゃん野菜のいいのが入ってるからね!」


「ありがとうございます!」


 それに加え、金銭的な優遇に優良品も手に入りやすい。うん、主婦として実に助かる。


「なんだまだ捕まっていなかったのか」

「おかしいな。ユーゴが娑婆に出てる」

「衛兵さんこいつです」


「うるさい黙れ」


 一方、ご主人様に対する一部の評判は全く改善されない。主婦会にそれとなく根回ししてもだ。それにセラちゃんが妊娠してからずっと大人バージョンなので、背丈が小さいのは私だけだ。


「あ、はっはーん。よく見りゃ独身だけじゃねえか。俺とルーのラブラブ振りが羨ましくてたまらないんだな?」


「わぁっ」


「死ね」

「死ね」

「衛兵さんこいつです」


 ご主人様が、あ、そう言う事ねと言わんばかりの笑みを浮かべて私を抱きしめた。不肖このルー、街中の皆に理解してもらうため、このまま街を一周します! って凜ちゃんみたいな事を思ってしまった。親友だから考えが似てしまうんだろう。


「それではな諸君。家族を待たせていてね。はっはっはっは」


 そう家族。物心ついた時には父も母も亡くなって、お姉ちゃんだけだった私に出来た家族。


 ご主人様がいて

 お姉ちゃんがいて

 リリアーナお姉ちゃんがいて

 セラちゃんがいて

 アレクシアさんがいて

 凜ちゃんがいて

 コレットちゃんがいて

 クリス君がいて

 ソフィアちゃんがいて

 ドロテアさんがいて

 ポチがいて

 タマがいて

 そして新しく樹君とアンドレアちゃんが生まれる。


 私の大切な家族。


 ただ……仕方ないとはいえ、やっぱりソフィアちゃんが魔法学園に通うために帰るのは寂しいなあ……。

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