幕間 わんにゃん警備隊長の仕事ぶり

 さて、ユーゴ一行が湖の国に行っている間、当然だが家の警備隊長は大忙しだ。


 そう、つまりポチ警備隊長とタマ警備隊長の事である。


 では彼らが何をしているか、それも勿論警備である。


 ではでは、彼らが何をしているか見てみよう。


 まずポチ警備隊長。


 庭のど真ん中でお目目を瞑ってへそ天仰向け!


 続いてタマ警備隊長。


 そのお隣で仲良くお目目を瞑ってへそ天仰向け!


 野生や警戒心など全くゼロ! これっぽっちも無し! 警備隊長として失格!


 その様子は睡眠不要な人工精霊なのに、今にも鼻提灯でも作りそうなほどリラックス仕切ったものであった。まあ今は夜であるためそれほどおかしくは無いのだが、ユーゴが作って門に張り付けたお手製の泥棒避けステッカー、猛犬注意、猛猫注意の文字が悲し気に風に吹かれている事だろう。


 尤もそのユーゴが見れば、うーん野生はどこへ。でも可愛すぎ。と言いながら写真を撮りまくってアルバムに収めるのは間違いない。


『はっ!?』


『検知』


 そんな二人が突如としてクワッと目を見開いた。恐らく何らかの異常を検知して、警備隊長としての職務を全うするのであろう。


「ぬお。もう来やがった」


 門の前にいたのは、高級な住宅街に見合わぬ髭むさい男で、まさにいかにもこの屋敷を狙っているかのような外見であった。


 猛ダッシュで駆けつけるポチとタマ。彼らはその職務を全うするために、門の隙間からその手を差し出して……男の手にお手をした。


「おお可愛い奴め。可愛い奴め」


「わふわふ。くぅーん」


「にゃあ」


 ポチとタマの両方からお手をされた髭むさ男は、今度はその頭を撫でて笑みを浮かべる。


 実はこの男、風体は全く合っていなかったがそれなりの家出身で、家もこの住宅街に存在しているのだが、ではなぜそんな男が日も暮れてそこそこの時間に、人の家の犬と猫と戯れているかと言うと……


 一人娘が気難しい年頃となってしまい、この時間帯、娘が風呂に入る時間はなんだか家に居づらくなって、歩いて時間を潰していたのだ……。


 だがそんな彼の日課に変化が訪れる。ある日通りかかったユーゴ邸でポチとタマが偶々門にいた時、ついつい門の外からお手を要求してからというもの、こうやって夜中にむさい男と犬猫の密会が始まったという訳だ。


 なおこの事についてユーゴは、男が犬と猫だと思って色々愚痴っているのを隠れて聞いてしまい、涙を流しながらそっと去って、この密会を見て見ぬふりしていた。間違いなく、自分の将来の姿に重ね合わせてしまったのだろう。パパのとは別に洗濯してというあれである。


「ふう、満足した。じゃあな」


「わん!」


「にゃあ」


 そんな男であったが、暫くポチとタマを撫で回すと満足したと言いながら帰っていく。


「うちも犬か猫を飼ったら娘と話す接点に……」


 お父さんに幸あれ。


 ◆


 お父さんが去って暫く経ち、夜も更けてくるといよいよ警備隊長の職務を全うする時間帯である。


 ではポチとタマが何をしているかと言うと……


 泥棒さんを追っ払おうとしていた。


 そう、真面目に仕事をしていたのだ!


 まずこの泥棒さん、二人組の男女でさっと街に入ってさっと出ることを信条をしており、あっちの街へこっちの街へと移り渡っているため、足取りが掴みに難く捕まった事もなかった中々の泥棒さんであった。


「こことかよさそうだな」


「そうね。家の明かりもついてないわ」


 さで、そんな泥棒さんたちであるが、このリガの街でも素早く獲物を見つけてずらかろうと考えて、高級住宅街をうろついていたのだが、ふと目に映ったのが何を隠そうユーゴ邸である。


「庭もいい感じに手入れされてる。色々余裕がないと手が回らないところもだ」


 このユーゴ邸、金目のものは……家の所々に落ちているよく分からない服だったり、遺物だったり、秘蔵のワインだったり、ユーゴの作った彫刻だったりで、確かに金目の物はあるっちゃある。が、彼を知っている者からすれば、この家は地獄よりもよっぽど恐ろしい禁断の地なのだ。だから泥棒さんの目の前にいたら、シンプルにこう言ってあげるだろう。止めとけ、馬鹿、アホ、間抜け、もしくは、お前ら正気か? 死んだわあいつ。と。


「ここにしよう」


「そうね」


 が、そんな事を知る筈もない泥棒さんたちは、ぐるりとユーゴ邸を一回りするとよし決まったと頷き合っている。


『誰か来てる!』


『索敵実行』


 しかし、警備隊長が屋敷の外を一周した泥棒さんたちを見逃すはずがない。


『徴税官さんじゃないよ!』


『徴税官は朝昼』


 まずポチとタマが疑ったのは、ユーゴの宿敵徴税官である。彼はよく屋敷を外から見て回って、また見覚えのないものが出来ているとぶつぶつ言いながら、ユーゴの財布事情を怪しんで去っていくので、ポチとタマにとってもおなじみの光景だったのだ。だがしかし、徴税官がやって来るのは朝昼で、見通しの悪い夜に来たことはなく、ポチとタマも候補からすぐに消した。


『近所の子供でもない!』


『子供は寝る時間』


 次いで疑ったのは、元はお化け屋敷と名高かったこの家をこそっと見に来たり、面白そうな遊具が増えている事に興味をひかれた近所の子供達だ。


『それじゃあ!』


『ついに来た』


『泥棒さんかも!』


『かかって来い。相手になってやる』


 だがもうよい子は寝る時間であり、つまり起きているのは悪い子、泥棒さんたちという事になる。


「わんわん!」

『まずは警告から!』


「にゃあ」

『対泥棒さんマニュアルに従い威嚇射撃開始』


 うろうろしている泥棒さんたちに対してまずは小手調べ。ユーゴが作成した泥棒さん対策マニュアルに従い、壁の裏越しにとにかく吠えまくって思い止まらせようとする。これぞわんにゃん抑止力!


「うるさいわね……」


「門から見えたが小さな犬と猫だ。すぐに入り込もう」


「そうね」


 だが駄目! 可愛らしい外見の二人が吠えたところで泥棒さんはなんの感銘も感じなかったようだ。もう少し威厳があればよかったのだが、ぽんぽこ狸顔の柴犬と、くりくりお目目の猫ちゃんではどうしようもない。


「よし行くぞ」


「ええ」


 そしてついに泥棒さんは禁忌の家の壁をよじ登り始めてしまった!


「わん!」

『効果無かった!』


「にゃあ」

『第二フェーズ兼最終フェーズに移行』


 では次はいきなり最終手段。泥棒さん撃退である。


 これが何かのコメディなら、笑いありの愉快な泥棒さん撃退ショーになるのだが、この屋敷の主は家族の危機に対するギャグが一切通用しない。


「わふ!」

『スイッチオン!』


「にゃあ」

『安らかに眠れ』


 ポチが屋敷に駆け出し、自分の寝床である犬小屋の中に取り付けられている、肉球マークの付いたスイッチをポッチっと押し込んだ。

 ここら辺はコメディなのだが、起こった事はガチである。


「うわっ眩しっ!?」


「きゃあっ!?」


 一瞬で屋敷中の明かりが点灯したが、屋敷そのものがとんでもない強さの光を放ち、壁に上った泥棒さんの目を眩ませる。


「にゃあ」

『対象を泥棒さんと断定。鎮圧措置実行』


「わふ!」

『了解! ぽちっと!』


 それをその場に残っていたタマが確認し、壁に上った不審者を泥棒と断定。ポチに精霊同士の念話の様な物で伝えて、最後の手段を実行するよう要請した。


 泥棒さんたちにとって運が良かったのか悪かったのか。一応最初の一撃は非殺傷仕様だという事だろう。


「え?」


「は?」


 ズボリと壁の下にあった花壇から、花が飛び出してきた。この花、と言うか遺物は竜と神々との戦争時、地雷のような役割を担っており、普段は地面の変哲の無い花や草に擬態しているが、敵が接近したり何らかの方法で起動させると、空中に飛び上がって花粉、超強力な毒を辺りにまき散らすのだ。これもまたユーゴがいろいろ巻き込まれたときに入手したものだが、流石に市街地で、かつ自分の家の中という事もあり、まき散らされた花粉は、単なる強力な睡眠作用のあるものに調整していた。


「はれ?」


「あ」


 効果は抜群だ。目の前で散布された花粉により、馬鹿な泥棒さんたちは後ろ向きにひっくり返って道に落下してしまった。


「にゃあ」

『鎮圧を確認。ぐるぐる巻きの刑を実行』


「わん!」

『了解!』


 それを見届けたタマは、ユーゴの仕事場から頑丈な縄を持ってくると、泥棒さんたちの全身に巻き付け、最後にポチと協力して何とか縄を結んで泥棒さんたちを放置した。


「なんだこいつらは!?」


「見ない顔だ。身元を確認しないと」


「だがなぜ眠って縄が?」


「ここはリリアーナ様のお宅だ。顔を見られたくない守護騎士が賊を捕えて、我々に任せようと思ったのでは?」


「なるほど。とにかく詰め所まで連れて行こう」


 ここは貴族も住む住宅街で、真夜中に屋敷が超強力な光を放ったとなれば、警備の兵がすっ飛んでくるので、あとは彼らに任せればいい。


「こそ泥共が良く使う道具が一杯だ。これは話を聞かんとなあ」


「いや、これは、その」


「わ、私達は何もしてないわ!」


 哀れ泥棒さんたち。彼らは襲う家を間違えたばっかりに、連行されて余罪をたっぷりと調べられ、牢屋にぶち込まれる羽目になったとさ。


「わん!」

『勝利!』


「にゃあ」

『他愛なし』


 今日もポチ警備隊長、タマ警備隊長のお陰で、ユーゴ邸の安全は完璧に守られてるのであった。

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