パーティーの終わり。親と子。

「ささ、こちらへどうぞ」


「ばーば。パパは?」


「坊やはちょっと仕事で立て込んでてね。まあその内戻って来るだろ」


「そっかー」


 ダンに案内されてパーシル国王、一家と三人衆にとってグレンが待つ部屋に向かう一行だが、クリスが父親の姿が無いことに気が付いた。そのため最後にユーゴと話していたドロテアに問うが、ユーゴが仕事と称してふらりと消えることはいつもの事だったので、特に疑問に思わなかった。


「こちらになります」


 そしてついにグレンがいる部屋に辿り着いた。


「パーシル国王陛下、皆様をお連れしました」


「うむ。入ってくれ」


 部屋の中から精一杯背伸びした声が聞こえてきた。それに対して三人衆は、ダンがいる手前何も言わなかったが、視線を合わせて目で笑い合う。


 そして部屋に入って来た一同にグレンは、


「おっす!」


 端的にこの部屋で自分が単なるグレンであると表した。


「にーにー!」


「ににんがし」


「グレンお兄ちゃん!」


「久しぶりだなちびっ子たち!」


「自分もちびっこの一員の癖によく言うぜ」

「言えてる」

「こう言うことは自分の事を無視しがち」


 群がって来たクリス、コレット、ソフィアに手を広げて歓迎するグレンだが、自分がそのちびっ子同盟の一員であることを忘れているのはいただけない。三人衆が何を大人ぶってるんだと突っ込みを入れている。尤もその三人衆を見たら今度はユーゴが突っ込みを入れていただろう。


「それでは国王陛下、私は部屋の外にいますので」


「爺ちゃんも遠慮しなくていいんだけど」


「いえいえ、皆様ごゆっくりどうぞ」


 自分の呼び方についてはもう諦めているダンが、子供達の時間を邪魔しては悪いと退出した。


「おばさん達も久しぶり!」


「まだまだ子供だな」


「まあジネットさん。グレン君はちゃんとお仕事してましたよ」


「おば……」


「凜ちゃんがショックを受けてるですね。でも大丈夫ですよ。もう少しでママになるんですから」


「ナスターセ流王家術を学びたければいつでも言うといいのじゃ」


「おひい様は免許皆伝でございます」


「いやあ、皆変わらないなあ」


 お世話になった一家の人たちにも挨拶したグレンは、変わらない彼女達に思わず笑みをこぼしてしまう。


「っておじさんは?」


「坊やはちょっと仕事で立て込んでてね。まああんたも歳を取ったら分かるさ。仕事なんてのは急に何処から降って湧くか分からないってね」


「ええー……分かりたくねえ……でも分かりそう……」


 そんな一家の中に、やはりユーゴがいない事に気が付いたグレンだが、ドロテアの言葉にうんざりした声を漏らす。どうやら既にその兆候はあるようだ。


「にーにこれみて! ひゅーってとぶの!


「こっちはみかんせいスーパーアルティメットりゅうせいごう」


「ぬお飛んだ!?」


 クリスとコレットがもう我慢できませんと、手に持っていた紙飛行機をグレンに披露する。これにはグレンも驚いて、落ちた紙飛行機をしげしげと眺めた。


「これどうやって作るんだ?」


「ふ、このジェナお姉ちゃんが教えて進ぜよう」


「双子の同い年だろうが!」


「かみちょうだい!」


「おりまげおりまげ」


「わ、コレットちゃん器用だね」


「所詮はお子ちゃまだな」

「んなこと言ってその手の紙はなんだ?」

「間抜け発見」


 ワイワイと賑やかになる子供達に、大人達は微笑まし気にその様子を見守るのであった。


 ◆


 一方、鏡面世界では、ユーゴがまさに自分の現身と対峙していた。


「いやしかし凄いな俺。こんなにも力って奴が沸いてくるなんてよ」


「ああそうかい。ところで俺なら親切に何が起こってるか説明してくれるはずなんだがね」

(前にリガの街に出た奴より出来がいいぞ。こりゃ面倒な)


 空気を燃やしながら飛来する拳。それを全て同じ拳で迎撃しながら、ユーゴは非常に面倒に思っていた。今目の前にいる自分の偽物は、かつてリガの街に現れた鏡の精霊よりも、遥かにユーゴを真似する精度が高く、今の状態とほぼ同じ速さ、力強さを持ち合わせており、まさにこの場には怪物が二人いると同じであったのだ。


「ああ聞いてくれるか? いや聞いてくれ。聞くも涙、語るも涙な理由があってよ」


「妙に今日は人の愚痴を聞くな。じゃあ手短にな」


 現在起こっている事がさっぱり分からないユーゴは、目の前の自分を打ち倒せばこの、老学者曰く鏡面世界の流入が止まるか判断できず、とりあえずはその愚痴とやらを聞くことにした。


「今からかれこれ……まあずっと昔だ。この鏡面世界の成り立ちについては?」


「戦争時代の神の逃げ場所がどうのこうので、魔力が無いからどうのこうの」

(俺の記憶はコピー出来ないのか)


「なんだ大まかに知ってるんだな。その通り、そんで俺はマルコのクソッタレに作り出された精霊、今となっては誰もいないこの世界の管理人だ!」


 それを聞く、知らないという事は、自分の姿を真似出来ても中身までは無理なのだろう。


「最初鏡面世界の入り口は、神が入るには小さすぎたのさ。だから健気にも俺はマルコが入れるよう入り口を少しずつ拡張して、ついにそれを達成したから奴をこっちに呼んだら、あの野郎なんて言ったと思う? ご苦労様? ありがとう? はんっ。なんで魔力が無いんだ! 体が崩れる! 以上! それが親愛なるマルコ様との最後の会話さ! ああクソッタレ!」


「ならどうしてお前は今もここにいる?」


 自分が切れ散らかした時の仕草そのもので頭を掻きむしる姿に、げんなりしながらユーゴは問う。


「馬鹿な話さ。入り口を拡張する力は与えられても、鍵を開ける力は与えられなかったんだ。マルコの頭の中じゃ俺が現実世界に行くことなんて考えてなかったらしい。尤も俺も当時は考えてなかったが」


「当時は?」


「そう! 今は違う! 長い年月、そりゃもう長い年月鏡の世界に閉じ込められたらどうなると思う? 俺も鏡になっちまったんだ! だから現身じゃなくて本物になりたくなるんだよ! 嘘だ。すまんな。ようやく訪れた、鍵が開いたお陰で少し興奮しすぎた。いや、鏡面世界と同化したのは本当だ。これは、単に俺の才能だ」


(大分情緒不安定だな……こりゃ話し合いは無理か?)


 怒鳴ったかと思えば急に落ち着くその有様に、ユーゴは徐々に対話による解決を選択肢から外していく。


 そう、気が遠くなるほどの年月たった一人ここにいたこの存在は、最早正気を失っていた。


「本当の事を話そう。マルコだ。どうしてもマルコを殺したい。捨てた道具が、俺が今までどんな気持ちで一人この世界にいたか思い知らせてやりたい」


「俺もついさっき知ったがマルコは戦死した。現代にそんな名前は残っちゃいないくらい、もう歴史にも埋もれた存在になってる」

(さてどうなる……)


 ドロテアの言葉なのだ。そのマルコ神が死んだことに間違いはないだろう。そしてその報復を思いとどまってくれればと、ユーゴはそれを口にした。


「やっぱりな! あの腰抜けが戦争を生き残れるはずがないと思ってたんだ! まあ、惨めに生き残ってたら俺が殺してやろうと思ってただけなんだ!」


「ああ。だからお前のやってる事に意味はない」


「なら残った神だ! 神は全員兄弟姉妹、親戚みたいなもんだからな! 身内に責任は取ってもらわなきゃな! このまま現実世界に流れ込み、鏡に、この世界となった俺で圧し潰す!」


「……もう寝ろ」


「そいつは勘弁。ってやつだ」


 もうどうしようもない。自分の姿形であるが、狂気を振りまくそれを終わらせることを決意するユーゴ。


 そして今日最も恐るべき拳が、星の表面なら容易く砕く破壊が放たれた。


「おおっと! いや本当にすげえな! 今の人種ってのは皆こうなのか? だがまあ、俺には、鏡面世界そのものには意味がないな。それに時間が経てば経つほど、俺が現実世界に入り込んで圧し潰す。もう少しでちょーっとだけ入り口を潜り抜けられそうだ」


 だがそれすら現身は同じ威力で相殺する。


 そして時間は現身の味方であった。


 だから無駄なことはしない。


 全くしない。


 終わらせることにした。


「ならお前世界事叩き潰す!」


 ユーゴの脳裏に浮かぶ家族たち。


 そして今頃仲良く遊んでいるはずの子供たち。


 親が子供の遊びを邪魔してなんとする。


「おおおおおおおおおおおおおおお!」


 密度を高める


 重さを


 重さが


 重力を


 重力が


 高まり高まり高まり高まり


 高まり高まり高まり


 高まり高まり


 高まり


 重く


 重く重く


 重く重く重く


 重く重く重く重く


「は?」


 間抜けな声を出す割れ鏡。


 高々星一つでは理解出来ない超重力の化身。


 真っ暗な人型真っ黒な人型暗黒の人型渦の人型深淵の人型虚ろの人型


 そこから覗く無。無。無。無。


「どうして……! 俺が、親に捨てられた子が復讐して何が悪い! 捨て子の当然の権利だろうが!」


 それに自分の終わりを覚ったガラス片は、いや、哀れな捨て子は精一杯自分の正当性を主張する。


「なら親が子を守るのも当然だろうがあああああああああああ!」


 それが関係ない残った神への八つ当たりだから。なんてことは言わない。


 もっと単純な、もっと大事な理由。


 それを最期に送る。


【潰れろ!】


 大暗黒のが星に突き刺さる。


 ああ


 無が……


 ◆


 ◆


 ◆


「国王陛下、ワイアット評議魔導士様がどうしてもお会いしたいと……」


「なんだい思ったより大物じゃないか。悪いけど通してやってくれないかい? ちょっと聞きたいことがあってね。あんたら、庭にいた爺様が来てるとよ」


 部屋の扉から中を窺うようにしてダンが声を掛けてきた。その告げられた肩書にドロテアは少し驚いた。なにせ評議魔導士と言えば、魔法の国で選び抜かれた者にのみ与えられる称号なのだ。だがそれは今は関係ないかと、彼女は遊んでいた子供達に、その評議魔導士が庭園にいた偏屈爺さんだと教える。


「あいたい!」


「コーも」


「グレン、私も会いたい」


「まあ皆がそういうなら。通してくれ」


「はい」


 特にクリスとコレットがそれに反応し、双子であるジェナも会いたいと言われれば、グレンも頷くしかなかった。


「失礼しますぞ! はあはあ。国王陛下、どうぞお聞き下され。端的に言うと大湖から鏡面世界が流れ込もうとしております!」


「うん?」


「ああなるほどね。マルコの馬鹿が何かしらしくじったんだろう」


 転がるように部屋に飛び込んできた偏屈爺こと、評議魔導士ワイアットが今起こっていることをグレンに端的に話した。そして勿論全く理解されなかった。だが凡そでも理解しているのはドロテアだけなのだからこれは仕方ないだろう。


「急ぎ避難を! それと前聖女のご家族、夫殿が!」


「国王陛下、ユーゴ様がいらっしゃいました」


「うむ通してくれ!」


 グレンはそんなよく分からない話よりも、ダンから世話になったおじさんが来たと聞いて、勢いよく入室の許可を出す。


「いや遅れました。あ、先生すいません。使い走りの様な事をさせて」


「お、お主無事じゃったか!? それで一体どうなった!?」


「どうもよく分からないんですが萎んでしまいましてね。私も気が付いたら向こうから吐き出されてました」


「なんじゃと!? そりゃ一体!?」


 息を切らしながら必死にやって来たワイアットに追いつき、なんでも無かったかのように頭を掻きながら部屋に入って来るユーゴ。


「クリスー、コレットー。お爺ちゃん遊んでくれるってー」


「ほんと!?」


「さあスーパーアルティメットりゅうせいごうをつくろうすぐつくろう」


「ちょっと待つんじゃ! 一体何がどうなっておる!?」


「お爺ちゃん私も別の形の作りたい!」


「グレン、あの飛ぶの作った人」


「なに! そりゃ教えて貰わないと!」


「爺さん纏わりつかれたぞ」

「ありゃ暫く解放されないな」

「そう言って新しいのを作ろうと近寄る僕たちであった。まる」


「ちょ!?ええい離れんか! 本当に何があったんじゃ!?」


「まあまあ。何も起こってないじゃないですか」


 群がる子供達を何とか引き離そうとするも、そのまま圧し潰されそうになるワイアット。そんな彼にユーゴは呑気な声を掛ける。


「あなた、いいのですか?」


「いいのいいの。あの爺様にはあれでいいのさ」


 ジネットの言葉には、普段から子供たちと遊ぶのを楽しみにしているユーゴが、殆ど見ず知らずの他人にその子供達を預けていいのかと問うたが、短い交流だがあの老人にはあれこそが必要だと笑って見ていた。


「分かった! 分かったから離れんか!」


「そうとも。これでいいのさ」


 さあさあと群がる子供達とワイアットを見て、ユーゴは頷きながら机にあった紙を折り曲げるのであった。





 ◆




「あ、クリス。お爺ちゃんいる」


「え? ほんとだ!」


「なぬ!? まさかちびっこ共か!? この学園に来たのか!?」


 そしてちょっとだけ先にまた。





 ◆


「コトリット子爵。国庫の不正使用の疑いで拘束する!」


「そんな馬鹿なああああああ!」

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