パーティー12
「おじいちゃん、そのキラキラしてるのなに?」
「一番ちびっこのくせに中々目敏いの。
「クリス、その辺にしておきなさい」
「これこれ。それ以上邪魔しちゃいかん」
なんのオチもない物語を利かされた子供達だったが、クリスが老人の襟元にあるバッジに気が付き、それが何かと質問したが、それ以上老人の邪魔をするものじゃないとジネット達が止めに入った。
「気にせんでいいわい。子供が好奇心旺盛なのはいい事じゃ。これは……まあ、儂が偉い先生という証みたいなもんじゃ。そうじゃちょっと待っとれ……ほれ出来たぞ。そい」
だが老人は気にしなくていいとは言ったものの、襟を引っ張りバッジをどこか複雑な表情で見ていた。そんな老人が話を変えようと思ったのか、服の中に収めていたメモ用紙を取り出すと、それを折り曲げて宙に投げた。
「わあ!」
「ふおおおおおおお!」
「すげえ!」
「紙が浮いて移動した!」
「魔法じゃないのに」
「おじいちゃんどうやったの!?」
「うわあ。紙って飛ぶんだ」
その何気なく投げられた紙は、何の魔力も宿していないにも関わらず、幾許かの距離を移動した。
これにはクリスだけでなく、マイペースなコレットも口を広げて興奮しており、それは他の子供達も同じであった。
「どうじゃ凄いじゃろ。儂が考えたんじゃぞ」
「どうやったの!?」
「空気の動きだの、翼だのなんだの説明を受けるには早すぎるわい。ま、大人になって気が向いたら勉強してみるんじゃな」
(ああああ!? 紙飛行機なんて何十年も作ってないから、存在そのものを忘れてたあああ!)
それは、パーティー会場から子供達を気配を察知して見守っていたユーゴの故郷、そこで紙飛行機と呼ばれている物に他ならなかった。
なお、このどう考えても子供が喜びそうなものを、今までユーゴが作っていなかった理由は、元々折り紙というものに興味が無かった事に加えて、もう人生の大半をこの大陸で過ごしてきたが故に、すっかり存在その物を忘れていたからだった。
「ほれこっちへ来い。作り方を教えてやる。まずは半分に折るんじゃ」
「おしえて!」
(どうして……どうして俺は忘れていたんだ……)
メモ用紙を千切りながら老人がそういうと、子供たちが周りに群がって来る。それを感知していたユーゴは、戻って来たドナートと談笑しながら、それはもう落ち込んでいた。
「意外じゃ。もっと気難しいと思っておった」
「おひい様。そういったことは口に出さない方がよろしいかと思います」
「あの老人のお陰でコレットが大人しくなって助かった」
それを見守っていたセラたちは、老人の言動からは意外に思える面倒見の良さに感謝していた。特にジネットは、絶対にこういった場で目を離してはいけない娘が、興味津々で折られている紙を見ているため、それはもう大人しくなっていることに安堵しているくらいだ。
「ほれ出来たぞ。投げてみい」
「ありがとうおじいちゃん!」
「ありがとう」
気が利くことに老人は、クリスとコレットのどちらか一人に渡すと喧嘩になると思い、紙飛行機を2つ作ってから2人にそれぞれ手渡した。
「お前さんたちも作ってみるといい」
「えーと真ん中で折って」
「折り目の線に沿って」
「完成」
「お兄ちゃん作るの早いね」
「私も出来た!」
「いくよコー!」
「コーのりゅうせいごうにはいぼくはない」
そして各々の紙飛行機が夜空に舞った。
◆
◆
「さて、儂はもうそろそろ帰るとするわい」
「おじいちゃんかえっちゃうの?」
「パーフェクトりゅうせいごうがかんせいしてない」
少しの間それを見ていた老人であったが、やがて満足げに頷くと子供達に別れを告げる。
「お主等に付き合ってたら、こっちの体力なんぞすぐ無くなるわ。ま、儂が作ったそれ、興味を持ったら勉強してみろい」
「おじいちゃんありがとう!」
「爺さん達者でな!」
「偏屈って言ってごめんな!」
「ありがとう」
「娘たちが世話になりました」
「きにせんでいい。ではの」
子供達と大人達に礼を言われながら、老人は軽く手だけブラブラと振り庭園から去って行った。
◆
「ふう……いつから老いたのか……詮無き事か」
「子供達がお世話になりました」
庭園から去った老人が城の中を歩いていると、黒髪黒目以外これと言って特徴のない男、ユーゴが声を掛け来た。
「うん? はてどこかでお会いしましたかな? いや、ひょっとして庭園にいた小さい子共2人の親では?」
見覚えのないユーゴに話しかけられた老人であったが、その容貌が何処となく、先程まで興味津々に自分の手元を見ていた子供達と重なったようだ。
「はい。ユーゴと申します。コレットとクリスの父親で、クリスはリリアーナとの子供になります」
「聖女殿の? ひょっとして隣に居られましたか? いや申し訳ない。人を覚えるのがとんと苦手でして」
「いえお気になさらず。それよりも、改めてありがとうございます」
(やっぱりそういうタイプの爺様だな)
「何の何のお気になさらず。利発なお子さんたちでしたよ」
「恐れ入ります」
一度パーティー会場で会っているのだが、老人はユーゴの顔を全く記憶していなかった。尤もユーゴはそうだろうと思っていたが。
「しかし……不躾ですが……親であるあなたに聞きたい。成長、子の独り立ち……その時、子に痛みが伴う時、親はどうしますかな?」
急な老人からの質問にユーゴは苦悶した。それはまだ先、しかしいずれ確実に来ることだった。
「さて……子供たちはまだ幼児ですからな……先延ばしにしている考えですが……出来れば痛みなんてものは原因そのものを排除したい……しかし、私も永遠に生きて、永遠に子供達を守ることは出来ませんからな。それに、まあ、鬱陶しいでしょう。いずれこの先……痛みがあっても自分の力で何とかしてみろと言わなければならない時が来るでしょう。私にとって親になるという事は、人生で最も嬉しい事であり、最も難しい事でありまして、中々こう、ふふ。申し訳ありません。それこそ、なんとも難しい」
もう世捨て人同然だった自分に出来た家族。親として子供には何不自由なく生きて欲しい。しかしそれだけではだめなのは分かっている。いずれ子は親から巣立つのだ。しかしそれらが分かっていても、親というものは複雑すぎて難しすぎた。
まさにユーゴは、いや、彼だけでなく彼の妻たち全員が、この人生最大の難問に挑んでいる最中だったのだ。
「いやよく分かりましたぞ。急に妙な事を聞きました」
「いえいえ。あやふやで申し訳ありません」
「それでは失礼しますぞ」
「はい。ありがとうございました」
ユーゴの答えに老人はどう思ったか。それこそ、その顔は何ともあやふやで、ただ一つはっきりしているのは、老人がとても疲れ切っている表情という事だった。
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