パーティー10

「失礼、前聖女のリリアーナ様ですかな?」


(いかーーーーーん!)


 リリアーナが子供達に小さなパンを取ってあげようと、少し集まりから離れたのを見計らって、魔の国の研究機関のバッジを服に留めた老人の男性が彼女に声を掛けた。


「おやどうしました学者様?」

(爺さん団欒を邪魔するんじゃないよ。だがこのバッジ、魔の国の研究機関で最上位の物だったはず……)


 そしてその事を恐れていた一部の人間の予想通り、いつの間にかリリアーナの隣にいた男、ユーゴが老人のバッジを見ながら声を掛ける。


「いや団欒中に申し訳ありません。リリアーナ様に一つだけ質問させて頂きたくて」


「なんでしょうか?」


(一つだけだぞ爺さん)


 自分の後ろにいたリリアーナが横に立ったのを見て、ユーゴは仕方なくその質問を聞くことにした。


「神々は今も我々を見守っていて下さりますかな?」


「はい勿論です。この地に降りられることはありませんが、今も確かに私達を見守っていてくださっています」


「それはよかった。団欒中に申し訳ありませんでした。それでは失礼します」


(嘘だな。歳くって顔の表情は変えずに出来ても、苛立った血圧と心臓の反応をしてたぞ)


 聖女であったリリアーナに対して、リガの街でもこの手の質問はよくあることだった。そしてこの答えに皆満足して、神々に感謝の祈りを捧げるのだが、先程去った老人の反応をユーゴは見逃さなかった。そう、老人の心臓の動きと血流は、興奮していたのだ。怒りで。


「さて、どのパンを持っていこうか」

(竜の崇拝者か? いや、特有な爬虫類共の臭いはしなかったが)


「そうですねあなた」


 その場合に最も多いのが、神々と違って極少数ながら休眠状態で生き残っているその怨敵、竜の信奉者であることが多いのだが、そういった者達特有の臭いというようなものをユーゴは感じ取ることが出来なかった。


「はい皆、パンを持って来たわよ」


「ありがとうママ」


「もぐもぐ」


「あざっす」

「余ったの持ち帰っていいと思うか?」

「だってジェナちゃん」


「いいんじゃないかな?」


「そうなのジェナお姉ちゃん?」


「多分」


(うーん写真を撮りたい)


「また懐かしい目の奴が突っかかって来たね」


「なんだ婆さん聞いてたのか。懐かしい目ってのは?」


 リリアーナが持ってきた、一口サイズにカットされたパンに群がる子供達を、ユーゴがニコニコしながら見ていると、ドロテアが彼に話しかけてきた。


「明確に姿を現さなくても、自分の上に漫然と存在する神々が、鬱陶しくて堪らないって奴の目さ。理由はいろいろあるけど、昔は結構いたもんだがね」


「ははあ」

(こないだの"はじまり"もそうかね。まあ、因縁がありそうだったから言わんほうがいいか。って昔ってどれくらいだよ)


 どこか懐かしそうなドロテアを見ながら、かつてエルフの森で対峙した"はじまり"の面々を思い出したユーゴであったが、あまり立ち入るべきでない因縁を感じていたため、敢えてそのことについて言及しなかった。


「まあそれよりも来たよ」


「は、早くね?」


「リリアーナの立場を考えたら遅い位さ」


「ご無沙汰しておりますユーゴ様。本日はよくぞお越しくださいました」


 ドロテアは何処か疲れた様な表情をしていたが、一転して面白がっている声を出す。それが何故なのか分かっているユーゴは腰が引けていた。そんな彼に声を掛けたものこそ、ある意味その原因の一人。


「お、お久しぶりですダンさん。いえ、アジル殿」


「いえいえ、どうぞダンとお呼びください」


 ついにパーシルの戴冠の日を迎え、感無量と言った様子のダン老人であった。ではなぜこの老人にユーゴが腰が引けているかというと、


「ささ、どうぞユーゴ様、リリアーナ様。陛下も楽しみにしておられました」


「は、はは。そうですね……」


 このダン老人、ユーゴをパーシルの元まで引っ立てようとしていたからだ。


「おい、早速おっさんが連行されるぜ」

「流石にトイレって手は使えねえよな」

「絶対絶命」


 なにせ今まで付き合いのある国のトップ、祈りの国の教皇と海の国の国王とは超緊急時でしか会っていないため礼儀もほぼ簡略化され、魔の国の国王に至っては腕は引っこ抜くは足は踏み潰すはで全く持って論外。そのため、ある意味これが初めての国王陛下に対する謁見なのだが、根っからの庶民であるユーゴにはそれはもうキツイ。竜の長を殺すのと、国王との謁見。どちらかを選べと言われたなら、ユーゴは竜の長の元まで走り去り即座に始末して、これでいいんですよね!? と言い出すだろう。


「それじゃあ行きましょうか旦那様」


「そ、そうだね!」


 そんな明らかに行きたくねえと顔に書いてあるユーゴだが、一家の主として呼ばれたからには行かねばならない。何とか右手と右足が同時に、といった事を起こさずに歩きだした。


「む、聖女様とあの謎の男だ」

「いったい何者なのだ?」


(頼むから俺のことは放っておいて相手と談笑しててくれ!)


 しかもである。悪目立ちしすぎていたため注目度もバッチリで、ユーゴにとってまさに針の筵。大陸にいくつもの大穴を拵えた、世界最強の男の胃に穴が開きそうだった。


 しかし


「おお、これはよくぞ来てくれたリリアーナ殿、ユーゴ殿」

(あれ? 旦那さんのおじさんを先に呼んだ方がいいんだっけ? でも聖女様の名前で呼んだから、こうやって先に呼べたんだよな? それに殿って付けていいんだっけ? んんんん?)


「国王陛下、本日はお招き頂きありがとうございます」

(あれ?パーシル国王陛下って言った方が良かったのか? パーティー会場でだから、正式な謁見じゃないんだよな? 湖の国の場合は深々とお辞儀したらいいだけだったよな? んんんん?)


 全く慣れていないのはその挨拶される方、パーシルも全く同じであった。この二人、血縁はないのだが頭の中で首を傾げ続けている様は本当によく似ていた。平然としているのは慣れているリリアーナだけである。


 そんな二人だからこそだろう。


「今日は楽しんでいってほしい」

(このままじゃボロが出るからまた後で!)


「ありがとうございます」

(分かったまた後でだね!)


(もう、旦那様にグレン君ったら)


 なんと目で会話することに成功してしまったのだ。


 隣にいた宰相にしてみれば、ほぼ貴賓として呼んでいる様なものなのに、えっそれだけ? と言いたげあったが、何故か二人とも話すことは話して十分満足しましたといった雰囲気で、大体それが想像できたリリアーナは思わず苦笑してしまいそうなのを必死に我慢していた。


「おい、もう帰って来たぞ」

「すげえやり切った感が出たんだけど」

「最終奥義、グラスを持ってすってんころりんを使わずにすんでよかったよかった」


「いやあ、グレン君は名君になるね。間違いない」


 ほぼそのまま帰って来たユーゴに不思議がる三人衆だったが、ユーゴは未来の偉大な国王陛下に敬意を払いながら、額の汗を拭う仕草をするのであった。

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