パーティー9

「あれ? 俺が狙ってた肉は?」

「ん? ああ、あそこだよ」

「コレットちゃんの口の中」


「はあいほのはち。もぐもぐ」


 パーティーが始まった途端、コレットが収めたダークエルフの業が光った。全員の注意がジェナに向いている間に、狙いが被っていた肉料理をぶすりとフォークで突き刺して、自分の口へと放り込んだのだ。


「コレット……」


 ジネットは自分の娘が披露した、その見事な業に卒倒しそうだった。なにせ達人中の達人と言っていい彼女すら、コレットの自然な動きを見落としそうになったのだ。明らかに子供の動きではない。


 が、それが料理の奪い合いに披露されとなると話は全く別。ここに、ダークエルフが受け継いできた技術が、単なる早食いの業になってしまった瞬間であった。


「ジェナねーにもあげる」


「ありがとうね!」


 しかもちゃっかりともう一皿確保しており、それをはいどうぞとジェナにプレゼントしている。


「しっかし成長したなあ」

「子供の成長は早いっていうからなあ」

「コレットちゃんとクリスくんも早い」


「もう一人前のレディなのですわ」


「コーもですわ。おほほほほ」


「はっはっは。なんか言ってるぜ」

「2人とも10年は早いな」

「まだまだお子ちゃま」


 たった数年見ないうちに、随分成長したな感慨深いと、歳に似合わない爺臭いセリフを吐く三人衆であったが、腰に手を当てておほほと笑うジェナとコレットの姿に、やっぱりまだまだがきんちょだなと笑い合う。


「ついこの前まで、お菓子を寄越せって俺のポケットを漁ってた癖によく言うよ」


「うふふ」


「何のこっちゃ?」

「さあ?」

「記憶にございません」


 そこに突っ込みを入れたのはユーゴである。彼に言わせたら、それこそついこの前まで自分のポケットを漁っていたがきんちょたちが大人ぶっているのだ。そのことを思い出してリリアーナは思わず笑ってしまっていたが、三人衆はすっとぼけた顔でテーブルに置かれた食事に手を伸ばしてなかった事にしようとしていた。


「昔のお兄ちゃん達ってどんなだったの?」


「そりゃ品行方正ってやつだ」

「家の手伝いをして、勉強もして、早寝早起きさ」

「いい子の見本市」


「騙されちゃいけないよソフィアちゃん。こいつら、街中で検問ごっこして通りたいなら賄賂にお菓子を寄越せって要求してきたんだ」


「えー、そんなことしてたんだ」


「あはは、三人衆のお兄ちゃんたちの方がお子ちゃまじゃんー」


「えっへえっへ」


「クーもけんもんごっこする!」


「あ、バラすんじゃねえよ!」

「そんなこともあったなあ。いやなかったなかった」

「記憶にございません」


 三人衆の昔話にソフィアが興味を持って訪ねたが、返って来た答えはいい子の見本という嘘八百で、それをユーゴにばらされ慌てて否定するも、真相を知った子供達は全員大笑いだ。尤もクリスだけはその検問ごっことやらをしたいと言っているが。もし行われれば、約一名が絶対に突破できない無敵の検問が出来上がることだろう。


「国王陛下、本日はおめでとうございます」


「うむ」

(ジェナアアアア! 一人だけ楽しんでるんじゃねえ!)


 堪らないのはグレンである。なにせ自分だけ招待客から挨拶を受けるという大事な仕事中なのに、ジェナの方は一人和気藹々と知人達の輪に入っているのだ。


「お、余もドナート枢機卿に久方ぶりに会えてうれしく思う」

(あっぶね! 俺って言いそうになった!)


「ありがとうございます」


 現に今だって大物中の大物、ドナート枢機卿と言葉を交わして緊張している。かつてパーシルの血統の証明にドナート枢機卿が立ち会ったため初対面ではないのだが、その時の彼は王族の教育なんて受けていないサーカスの雑用係グレンであり、ドナート枢機卿がどれほど大物かよく分かっていなかったのだ。


(慎重に、慎重に)


 尤もそれはドナートとて同じだった。各国の王族達にすら敬意を向けられているこの枢機卿は、小国の少年王にそれはもう慎重に接していた。その原因、ユーゴが聞けば俺は爆弾かと言ったであろうが、ドナートにすればどこに導火線があるか分からないため、それはもう慎重に接していた。


 その上更に……。


(納得がいかん! なぜ貴族であるこのコトリットが挨拶されず、あんな貧相な男に満ち潮の会長とドナート枢機卿が赴いたのだ、問いただしてやる!)


 コトリット子爵は憤慨していた。自分の立てていた予定が全て貧相な男によって破綻してしまい、もはやにっちもさっちもいかなくなった彼は、その貧相にお前は一体何なのだと詰め寄ろうとしたのだ。


(いかーーーーーん!)


 だがそんな子爵を、元勇者として全力で会場中に気配りしていたドナートが察知した。そう、ドナートがもう一つ心配していたのは、よく分からない貴族が外見上貧相なユーゴに突っかかり、なにかの怒りを買ってしまうのではないかという恐れであった。


 しかし今のドナートは、祈りの国を代表して一国の王に挨拶をしている最中なのだ。そう簡単に動けない。ではどうするかというと、


(ビム殿! ロバートソン殿!)


(承った!)


(勿論ですとも!)


 そう、同士を頼るのである。


「いやしかし、ユーゴ殿もお変わりないようですな」


「ビム長老こそお元気そうでなによりです」


「これはこれはお貴族様、どういたしましたか? 良ければこのロバートソンがお話をさせて頂きます」


「む、むう。いや、そうだ商談の話をだな」


「おお! ではあちらで少しお話を」


「うむ!」


 正確に言うとユーゴとの関わりがほぼ無いビムは同士ではないのだが、何故かアイコンタクトで心が通じ合っていた。


 しかしなんと見事な連携なのか。ビムが素早くユーゴに話しかけて今お話し中ですという雰囲気を作ると、その隙にロバートソンが間に滑り込んで、コトリットを遠くへ連れて行ったのだ。ドナートは勇者時代の相棒、ベルトルドと自分の連携にも劣らぬ業を見た。


「ありがとうございます」


「なんのなんの。では私もご挨拶に伺います」


 パーシルとの挨拶を終えてユーゴ達のテーブルに戻ったドナートはビムに礼を言う。


(間違いない。俺を危険物扱いしている。けどまあ、その分家族と話す時間が増えるしいいか!)


 そんな彼らが何をしているのかユーゴも気が付いていた。が、変なのに絡まれて時間を割かれるのは嫌なので、ご厚意に甘えようと黙っていた。


「国王陛下、改めておめでとうございます」


「う、うむ。余もまた会えてうれしい」

(エルフの森の長老なんて大物とまた話しなきゃいけないのかよ! き、緊張する―――!)


(慎重に、慎重に)


 ビム長老は戴冠式にも出席しており、少しだが話もしていたパーシルであるが、相手は大陸に大きな影響力を持つエルフ族の長老なのだ。当然パーシルは背中に汗を流しながらなんとか挨拶をこなそうとした。尤もそれはビムも同じであった。戴冠式の時には知らなかった衝撃の真実、ドロテアが彼らと関わっていたことを知ったビムは、何処に起爆魔法が分からないと慎重にパーシルに接していた。


(いかーーーーーん!)


 その時ビム長老の体にぶわりと汗がにじみ出る。


(あのエルフの少女は間違いなく国王の結婚相手にと誰かが連れてきたに違いない、問い正してくれる!)


 パーティー会場を歩くウガナ公爵が、どういう訳かソフィアをパーシルに嫁がすために誰かが連れてきたに違いないと思い接近していたのだ。


 戦場で連携を取るためエルフに備わっている感覚で、何者かがソフィアに急速に近づいていることを察知したビムは、慌ててちらりとそちらに目線を向ける


(お任せあれ!)


 しかしやはり同士だ。


「ウガナ公爵でしたかな?」


「お、おお! これはこれはドナート枢機卿!」


「よければ向こうでお話でも」


「ええ、ええ是非!」


 ウガナ公爵をインターセプトしたその同志ことドナート枢機卿は、そのままウガナ公爵を引き付けてテーブルから離れていく。ビム長老との親密さを見せつけようとしたウガナ公爵にとってもまさに渡りに船で、彼は先程までの考えをすっかり忘れてしまっていた。


(私は設置型の爆破魔法かい。まあ面倒は御免だったからありがとよ。フェッフェッ)


 勿論ビムの反応は、ソフィアの保護者であるドロテアの反応が怖くて仕方なかったからだが、ドロテアはそんなのお見通しである。だが面倒に対処するより、ソフィア達が笑っているのを見ていたかった彼女はビムに内心で礼を言う。


(ふう)


 安堵のため息をつくビム。


 このパーティーは彼ら同志達の活躍によって、平穏無事に


「失礼、前聖女のリリアーナ様ですかな?」


(((いかーーーーーん!)))


 終わらないかもしれない。

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