パーティー4

(態々来る必要は無かったのだがな)


 正直に言って"満ち潮"の会長、ロバートソンはこのパーティーに全く興味が無かった。なにせ普段彼が相手にしているのは、騎士の国や魔法の国など、大国の倉庫番や経理の担当官、果ては大臣など、こんな田舎の王よりも、余程影響力がある者達なのだ。


(まあビム老に話しを振られては断れないか)


 その為本来なら部下を寄越して終わりなのだが、たまたま商談があって赴いた、エルフの森のエルフ族の長老ビムから、隣国の湖の国の戴冠式とパーティーに行くが、一緒にどうかと話を振られ、仕方なくこうして、歴史だけはある湖の国に赴いたという訳である。


「これはロバートソン様」

「私、砂の国で商会をしている」

「是非商談を」

「融資を」


 そんなロバートソンであるから、他の商人達は先を争う様に彼に挨拶に向かっていた。聖女と言うネームバリューも欲しいが、もっと直接的に金を持っている彼の方が優先順位は高いのだ。


(ええい邪魔だ!)


 リリアーナの美しさに我を失っていたコトリット子爵もそんな一人だ。いや、彼が一番切羽詰まっているため、一番最初に挨拶をしたい位なのだが、やはりそこは彼の貴族的プライドが邪魔をして、一番後ろ、そこから少し離れて、余裕そうな顔で突っ立っていた。


「ふう、誰か来たか知らんけど助かったねリリアーナ」


「うふふ」


(こ、この声まままままさか!?)


 ロバートソンに不幸があるとすれば、大商人とは言え彼は全くの一般人で、特にこれといった特徴ある気配をしていなかった事だろう。そのため、ユーゴは全く気配も消していなければ警戒もしていなかった。


 そのためロバートソンは、人垣の隙間から見ちゃったのである。


 まだ商会もそこまで大きくなく、直接商談に赴いたドワーフの故郷山の国で、聳える山々よりも巨大な巨人、あるいは神話の時代の悪神とも伝えられていた存在の、その大きな大きな拳を真っ向から殴りつけ、塵に変えた怪物を。


 見ちゃったのである。


(いたあああああ!?)


 驚天動地とはこの事。実はロバートソンの商会は、ユーゴの仕事、すなわち彼が作った彫刻を取り扱っているのだ。


 もう何年も前の事になるが、最初の彫刻がオークションで高値が付き徴税官を見返した、と思っていたユーゴは、開催が不定期なオークションではなく、安定した販路が欲しいと考えていた。そんな時に思い出したのが、ロバートソンが率いる商会"満ち潮"であった。その時には既に大商会の会長であったロバートソンだが、ユーゴが書いた手紙を卒倒しそうになりながら読んでこれを快諾。その後直接会い、晴れてユーゴの彫刻を取り扱う事となったのである。


 その彫刻を見ていないのに決めたため、取り扱わされたともいう。だが幸いにも、その彫刻はロバートソンの目からしても芸術的な作品であり、今では注文まで入って来るのだから、商人の人生は分からないものだなと思っていた。


 まあそんな訳でロバートソンは、ユーゴとは久しぶりではあるが、全く忘れていたという事でも無かった。


 ではなぜこんなに驚いているかというと、全くの不意打ちでリガの街にいるはずの怪物がここに居るのだ。ユーゴと会うのに心構えが必要なロバートソンにとっては、まさに顎が外れそうな顔になる程の事態だった。


「私、騎士の国で」

「私共の商会では」


「退いてくれ! いいから退いてくれ!


(おお! 私の方に来るとは、流石は大陸に名だたる商会の主だ!)


 群がる商人達を押しのけて、自分の方にやって来るロバートソンに気をよくするコトリット子爵。流石は大商人、貴族への正しい敬意というものを


「ユーゴ様!」


「え? これはロバートソンさんお久しぶりです」


 知らなかったらしい。


 ロバートソンは貴族的な余裕ある笑みを浮かべていたコトリットを素通りして、ユーゴの下へと赴いたのだが、はっきり言ってコトリットは認識さえされていなかった。


「今日はどうしてこちらに?」


「いやあ、実は新しい国王陛下と少々縁がありまして」


「なんと!」


「おい、一体彼は誰なんだ?」

「満ち潮の会長があんなに……」


 ロバートソンにしてみれば恐ろしい怪物のご機嫌伺いなのだが、他の者にしてみれば、あの満ち潮の会長が謙ってさえいる草臥れた中年は、一体何者なのかと疑問に思うのも当然だろう。


 それというのもここ数年、祈りの国や海の国などで表に出る機会が昔に比べて多くなったとはいえ、それでも怪物の存在を知っているのは、極少数の被害者達に限定されており、彼等が知らないのも無理はない。


「おっさんの仕事仲間みたいだな」

「俺らがガキの頃は青空市で土産物売ってたのに」

「その後酒場に直行してた」


 そんな大人同士の会話に、三人衆はユーゴがずっと昔に、青空市で土産物を売っていた頃を思い出していた。


「パパしごとしてたんむがもが」


「こらコレット!」


「んん? クリス、おっさんの仕事見た事ないのか?」


「パパがおしごとばはあぶないからはいっちゃダメって」


「ああなるほどね」

「石材に木材、切る道具も色々あると思われる」


 だがそのユーゴの子供、母に口を塞がれているコレットと、三人衆に答えているクリスは、自分の父が仕事をしているところを見た事が無かった。しかしこれは仕方ない事で、ユーゴは重い石材や木材、滅多に使わないが加工する刃物などが置かれている仕事場は、子供達には危ないと入れた事が無かった。


 そのためユーゴは、子供達に何の仕事をしているか、いまいち理解されていなかった。


「いや、それにしても奇遇ですね」


「は、はは。そうですね」

(なんということだ! 新しい王は彼と関りがあったのか!)


 こうしてグレンとジェナの二人は、自分の全く知らないところで、リリアーナがいた事に驚いた商人たちの評価加えて、大陸最大の商人からも、細心の注意を払う必要のある人物として認識されてしまうのであった。


 一方コトリットは


(な、なぜだああああ!)


 心の中で叫んでいた。

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