パーティー3
コトリット子爵は焦っていた。先代国王が耄碌している間に、国庫から金をちょろまかしていた彼は、それを見越して現金がないにも関わらず、普段通りの買い物をしたのだ。国王が死ぬ前日、いや当日も。その当日には宰相が国庫を押さえたのに。
つまりである。このコトリット子爵は、他人の金を当てにして借金をこさえた大バカ者であったのだ。
ここ数年は何とかやりくりしていたのだが、それももはや限界に差し掛かった子爵にとって、この日のパーティは千載一遇のチャンスであった。なにせ商人共は大勢来るわ、今まで殆ど見た事のない大貴族、果ては王とその妹まで出席するのだ。何とか顔を売って金の工面をしようと捕らぬ狸の皮算用、もしくは追い詰められた故の妄想をしていた。
そんな大バカ者であるが、パーティー会場にいの一番に来たかと言うとそうでも無い。なにせ商人と貴族では身分が違う。彼等に混じって最初から会場に来ては足元を見られてしまうと考えたのだ。まあ間違いではないのだが、いや寧ろ正しい。正しいのだが切羽詰まっている割には余裕と言わざるを得ない。
そして彼の結論は、雑多な商人の後に来る、大店の主。彼等が来たほんの少し後に、おや、少し早く来過ぎたなという雰囲気を出しながら、最初に来た貴族として挨拶を受け、その後融資なり支援の話をする。そういう計画になっていた。
(そろそろか)
そして大商人達が城の中へ入ったのを確認した子爵は、この日の為、金が無いのに余所から借金をして作った服をチェックして、パーティー会場の方へ足を進める。もう一度言うが、肝心なのはあくまで早く来過ぎたという感じを出す事である。
(ん?)
「始まる前にトイレトイレ」
「抜けだしてもよさそうな感じの会場だったけどな」
「おっさんを助ける最終手段の場所を確認しないと」
「ちゃっかりよ、俺は嬉しい……!」
「コレットとクリスはトイレいいのか?」
「あー、肉体効率がいいとロスがなくなって、排泄とかの頻度が減るんだよ」
「よく分からねえけどエルフとダークエルフってそんなもんなのか」
「それにしてもよかったなおっさん。結構気楽そうなパーティーで」
「最終手段は必要じゃなさそう」
「いやほんと、始まる前はどうなる事かと……俺、始まる前から疲れたわ」
(なんだ? なんと品のない歩き方だ)
子爵の前からやって来る男と青年一歩手前の3人。子供達の方は両手を頭に乗せていたり、ガニ股歩きだったり、いかにも教育されていない庶民で、男の方も黒髪黒目という東方風なこと以外は、いかにも疲れ切って覇気のない中年であった。
(しかもセンスが古い。どこの御上りさんだ?)
その上着ている礼服は、一昔前どころかそれ以上前に流行った服であり、なんとかなけなしの金で用意した礼服だと一目で分かった。
そのため子爵が出した結論は。
(どうにかして会場に潜り込んだ庶民め。ここは王城だぞ。衛兵に言って摘み出すか?)
本来選ばれた者のみがが入れる、この王城に相応しくない庶民も庶民。そんな存在が我が物顔で通路を歩いているのだ。
「ふん」
一応道を譲る分別はあったらしく、脇に寄った彼等に鼻を鳴らして好き勝手するなと釘を刺し、パーティー会場へと足を進めるのであった。
◆
「あれ下町じゃ宣戦布告なんだけど」
「もう長い事されてねえな」
「街の全てを巻き込んだ第二スーパー下町大戦が再び」
「あれは本当に大変だった。じゃねえや、ああいう面倒くさい生き方してる生き物だって思えばいいのさ」
◆
(な、なに?)
そして到着した会場。子爵の想定では大商人達が牽制し合い、雑多な商人達は彼等に取り入ろうと隙を伺っている。そんな時に入ってくる最初の貴族である自分が注目される。そんな想定をしていた。
ところがである。
(何故誰も入口を見ていない!)
中にいる商人の誰もが入口を見ていないのだ。
(あのテーブルに人だかりが。一体誰が来ているのだ?)
そんな商人と思わしき連中が集まっている一角。そこでは次から次へと誰かに挨拶している様だが、人の壁でその誰かがよく分からない。
(見に行くか? いや自分から行くのはマズい)
自分よりも注目を集めて、抜け駆けした愚か者の顔を確認しようとしたのだが、人が群がっているところに入り込むのは、非常に外聞的によろしくない。
「む。そこのお前、あれは一体なんだ?」
「これはこれはお貴族様」
そのため子爵は、群れから離れて一息ついたであろう商人に声を掛けた。
「実は前聖女のリリアーナ様がお越しになっていまして」
「なに!?」
子爵にもリリアーナの名前は覚えがあった。なにせ歴代の聖女で最も長く勤めあげ、かつ最も強いと言われたのがリリアーナなのだ。そして同時にその美しさも有名であった。
(これはチャンスだ!)
そんな美味しい存在を放っておく訳にはいかない。聖女と近しい存在と思われれば、金の問題など一瞬で片付くだろう。
(ええいどけ商人共! ん?)
だが、やはり商人をかき分けながら聖女の元まで行くのは矜持が許さない。子爵がそんな事を思っていると、一瞬だけ隙間が出来て、その聖女を見る事が出来た。
(う、美しい!)
腰まで流れ、きらきらと光を放っているかのような金の髪。最高峰の職人が作った陶磁器よりも白く美しい肌。深く大らかさを感じさせる緑にも青にも見える瞳。
まさに生きた女神を見た子爵は、先程まで商人達の中には入らないと誓っていたにも関わらず、ふらふらと吸い込まれるように人垣の中へ入ってしまった。
そしてもう少しで話せそうな位置まで来た。
ところが
「おっさん、なんか人増えてるぞ」
「聖女様困ってるじゃん」
「仕事だから無下にも出来ない」
「ちゃっかりの言う通り、あれも商人の仕事だからどうするかと思ってたけど、ちょっと多すぎるな」
どこかで聞き覚えのある声が入口から聞こえてくると、その声の主が子爵たちの前に現れた。
「すいません皆さん。あくまで国王陛下のお祝いの為に来ておりまして、どうか今日の所はご勘弁ください」
草臥れた中年が子爵や商人の前に現れ帰れと宣うではないか。
「あなたは?」
「彼女の夫です」
「なんですと?」
もう少しで聖女と話せそうだった商人の1人が、むっとした顔で中年に問うと驚くべき答えが返って来た。確かに聖女リリアーナが結婚したという話は聞いていたが、それが目の前の中年とはとても結びつかなかったのだ。
「偉い人は大変だわ」
「俺らは下町の商家で十分」
「言えてる」
だがである。品のない小僧共も、何故か聖女がいるテーブルに混ざっているではないか。それならばこの子爵であるコトリットが聖女と話せない道理はないと、子爵が一歩進もうと思った時、会場に名の知れた人物が入って来た。
「"満ち潮"の会長だ」
「たまたま近くで商談があったと聞いてはいたが、まさか来るとはな」
大陸中、その商店が無い街は無いとまで言わしめ、恐らく大陸で最も名の知れた商店である"満ち潮"。その会長がパーティー会場に足を運んだのだ。
顎が外れそうな顔で、ある一人を見ながら。
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