ご招待

「いやあ、凜の髪はサラサラで綺麗だね」


「も、もうぅ……」


 居間で、凜の黒い絹のような髪を櫛で梳いている。彼女は人が居る所で甘えるのが苦手だから、子供達が勉強していたり、他の奥さん達が席を外している時を見計らってスキンシップをしている。そうしないと、今でもリンゴのようなほっぺになっているのに、誰かに見られると顔がトマトの様になってしまうのだ。


「男の子でしょうか? 女の子でしょうか?」


「さて、どっちにしても凜に似た可愛い赤ちゃんさ」


「もうぅ」


 凛とセラの赤ちゃんのお名前は、まず性別が分かってからにしようという事になった。というのも、どちらか片方のお名前を考えるのも、夫婦揃ってうんうんと悩みに悩んでいるのだ。そのため、婆さんに性別の判断をしてもらってから、改めてお名前を考えようという事になったのだ。


「じゃあ、きっと勇吾様に似て優しい子になります」


「そうかな? へっへっへっへ」


「じー」


「じー」


「ダメだよクリスくん、コレットちゃん」


「はうわっ!?」


 おっと、凜が可愛らしすぎたもんだから、子供達がドアの隙間から覗いてるのに気が付かなかった。そして完全に不意を突かれた彼女は、座っていたソファから飛び上がって、まさにトマトの様な顔になっていた。


「またまたイチャイチャしてた」


「いっちゃダメだよコー。りんねーたおれちゃう」


「そうだよコレットちゃん」


「はわ、はわわわわ!?」


「落ち着いて落ち着いて」


 いやあ、はわわってなってる凜も可愛いなあ。止めになって倒れるから口では言えないけど。


 おや? 覚えのない気配が家の前にいるな。一体誰だ?


「ちょっと来客みたい。凜、子供達をお願いね」


「は、はい!」


「じゃあコーはあかちゃんとおはなしする」


「クーも!」


「私も!」


「全く、仕方ないな」






 ユーゴは凜のお腹に近寄る子供たち3人の頭を撫でながら、玄関に向かって外へと出る。そこにはやはり覚えのない顔が門の前にいた。だが服装はきちんとしている。どこかの貴族の使いかだろうか?


「何か御用ですか?」


「ここの主のユーゴ様でいらっしゃいますか?」


「はいそうです」


「私、湖の国の書記官マースと申します。突然で申し訳ないのですが、アジル様よりお手紙をお預かりしておりまして」


(アジル? 誰だ? いや待てよ、湖の国……ああ! ダンさんの偽名だ!)


 聞き覚えのない名前に戸惑うユーゴであったが、湖の国からこの書記官がやって来たという事で思い出した。その名はかつて紆余曲折合ってこの家に滞在した、湖の国の王子と王女、グレンとジェナの保護者をしていたダン老人の偽名だったのだ。


「その、申し訳ないのですが出来ればご返事を……」


「分かりました。御拝見させて頂きます」

(ああ……金が……どこも世知辛いな……)


 普通はどこどこに泊まっているので、また後日受け取りに来るという話になるのだが、使者は出来れば今返事を欲しいと言ってくる。勿論国の使者としては口が裂けても言えないのだろうが、そんな宿費さえないほどカツカツの予算でやって来たのだろう。ユーゴも不憫に思いながら、手紙の内容に目を通す。


(えーとなになに? おお、グレン君戴冠するのか! ちょっと早いけど、王位が空白なのは不味かったんだろうな。それでパーティーへの招待か。戴冠の儀に招待できない事をこんなに謝らなくても、一般家庭が参加したらそれこそ針の筵だから気にせんでもいいのに。ああ、それでユーゴ、リリアーナ夫妻ご家族って強調してるのか。リリアーナの名前ならパーティーに参加してもおかしくないか)


 手紙の内容は、グレン、本名パーシルが王として戴冠する事になったので、その日のパーティーへ出席して欲しいという内容だった。しかし戴冠の儀の方は、玉座の間とその周辺で行われるため、どうしてもスペースと出席者の都合上招待できない事を謝っていた。尤もユーゴに言わせれば、そんな所に紛れ込んだ日には胃が痛くなること間違いなしなので、むしろありがたいくらいだったが。


(参加はするが、セラと凜はどうするか……。まだ身重という訳でないし、ダンさんもお礼を言いたいから出来れば全員来て欲しいと書いてるが、転移をしたとき母子の影響はどうなる? 婆さんに聞くか)


「少しお待ちください」


「はい勿論です」


 ◆


「ああ、あの双子かい」


「そう。それでセラと凜に転移の影響はある?」


 ユーゴは早速、丁度家にいたドロテアに転移が与える母子への影響について質問していた。


「私が作った触媒を使ってるんなら特に問題ないだろうさ」


「ああそうなのね」


 ユーゴは出来れば皆で一緒に行きたかったためホッとする。


「でもまあ、ソフィアも行きたがるだろうから私が送ってあげるよ」


「ありがとう婆さん。婆さんも参加しなよ。グレン君とジェナちゃんも会いたがってるかもよ」


「まあ少し考えておくよ」


 ある事情により、グレンとジェナを預かっている間、大陸中を飛び回っていたユーゴに比べて、ドロテアの方が双子と関わり合っていたのだ。


「じゃあセラと凜にも聞いて来る」


「はいよ」


 母子共々影響がないのであれば、あとは聞くだけである。


「行く行く!」


「私もです。しかし、あの小さかった子が王とは」


凛とセラも勿論行くと言い、グレンとジェナに遊んで貰っていた子供達は、


「にーににとねーねに会えるの!?」


「にーにとねーね。にーにとねーね」


「お兄ちゃんとお姉ちゃんに会えるんだ!」


それはもう嬉しそうに興奮して、コレットとクリスは手を取り合ってぐるぐる回っているほどだった。


「それじゃあ皆で行こうか! じゃあ後は……」


 他の家族達も行くと言ったので、ほぼ参加が決まった。ほぼである。では残りはと言うと


 ◆


「お前さんら湖の国の王城から、パーティーに招待されてるけど行く?」


「は?」

「え?」

「なんのこっちゃ」


 クリス達とは逆で、グレンとジェナの遊び相手をずっとしていた


 三人衆であった。

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