怪物親子襲来2

「ふあー」


「ほえー」


 マイクの案内で、神殿の本殿前に到着したユーゴ親子だが、その大きな本殿を、クリスもコレットも、口を大きく空けて見上げていた。


「パパここおっきいね!」


「そうじだいへんそう」


「リリアーナは、昔ここでお仕事してたんだよ」


「ママが!?」


「リリママはきょじんだったんだ」


「はは、ははは。確かにお仕事してらっしゃいましたね……」


 今まで見てきた中で、最も大きな建物に興奮する子供達に、かつてこの場所でリリアーナが仕事をしていたと教えるユーゴ。だがマイクとしては乾いた笑いを上げるしかない。何と言っても教皇とは違う立場で、リリアーナはナンバーワンだったのだ。しかも聖女として歴代最長就任でかつ、その美貌もあり最も人気であったため、彼女は単なる聖女以上であったと言ってもよかった。


「あのエルフの子、どこかで……」


 そのため本殿と言う事もあり、リリアーナと接する機会が多かった神官達が、クリスの顔を見て首をひねっていた。


「ではこちらへ」


「すいませんね」


 マイクもそんな雰囲気を感じ取り、気付かれて騒動になる前にと、ユーゴ達を総長室へと案内するのであった。


 ◆


(嫌な予感がする)


 ところ変わって祈りの国の守護騎士団総長室。ここには表に出せない大陸中の国家の極秘情報や、危険因子、神々と竜達の情報まで集められている、まさに大陸でも最重要な場所であった。


 そんな部屋の主である守護騎士団総長ベルトルドは、目を通していた書類を机に置くと、自分の他に誰もいない部屋をぐるりと見渡した。これには訳があり、現役を退いてから、殆ど機能していなかった戦士の勘であったが、ここ数年はしょっちゅう感じていたのだ。理由は殆ど一つ。


(またあの怪物が忍び込んでいるな……)


 祈りの国への悪魔の襲撃や、竜達の長の目覚めなど、数少ない例外はあったが、このベルトルド曰く嫌な予感を感じるときは、大体決まってある怪物が襲撃してくるときなのだ。


(胃薬を……)


 軽い場合は自分に因縁がある奴が手配されていないかの確認なのだが、ベルトルドはそんな度胸がある奴はいないし、そもそも生きていないだろうから、総長室に来なくてもいいだろうと言いたいが、稀にどこどこに竜がいたとか、悪神が復活したとか、大陸を揺るがす情報を持ってくるため、来るなと言えないのだ。


「ベルトルド総長、マイクです。今よろしいでしょうか?」


「ああ」


 そんな時に聞こえてきた声は、このままなら勇者は間違いなしと個人的に思っている、マイク守護騎士のものだった。

 そして今よろしいでしょうかと尋ねられたら、胃の調子もよろしくない。よろしくないのだが、自分が仕事をしていれば、変に気を効かせる怪物がそのまま帰るかもしれないと、胃薬を飲みながらついうっかり返事をしてしまった。


「ユーゴ様とお子様達をお連れしました」


「ぶっ!? ごほっごほっ!?」


 ベルトルドは完全に油断していた。普段の怪物はこっそり忍び込んでくるため、まさか部下から来たと報告されるとは思っていなかったのだ。そのため、水で流し込んだ胃薬が逆流する寸前であった。


「ごほっ! ごっほっ!?」

(まさか仕返しか!?)


 だからつい、マイクが自分を恨んでいる理由にちょっぴり覚えのあるベルトルドは、彼の手による策謀ではないかと疑ってしまった。しかしそれは下衆の勘繰りというものであろう。マイクは完全な善意でユーゴを案内したのだ。そんな、怪物と二人っきりで散歩する原因を作ったとはいえ、尊敬するベルトルドを恨んでいるはずが無かった。多分。


「ごほっ! は、入ってくれ」


「失礼します。お久しぶりですねベルトルド総長」


「だいじょうぶ?」


「じゃないかも」


「こ、子供!?」


 不意打ちを受けてしまったベルトルドは、マイクの言ったお子様と言う言葉を完全に聞き逃しており、怪物と一緒に入って来た幼子二人に驚いてしまう。


「息子のクリスと、娘のコレットです」


「クーです!」


「コーです」


「こ、これは。祈りの国守護騎士団総長のベルトルドです」


 信じていた部下の裏切り疑惑と、突然の怪物の出現、そして目の前の男の子から、尊敬すべき前聖女リリアーナの面影を強く感じたこともあり、混乱しきったベルトルドは、役職までつけて名乗っていた。


「ひょっとして……」


「はい。クリスはリリアーナとの。コレットは、昔ここでの騒動でリリアーナを護衛していた、ジネットとの子供になります」


「やはり!」


「ママのおともだち?」


「ベルトルドさんはね、ドナートのおじさんと一緒に、ママとここでお仕事してたんだよ」


「……なんでリリママだけわかいもがもが」


「コレット、お家で言っちゃだめだからね……」


 通りでリリアーナの面影を感じるはずだと、ベルトルドは納得する。


 その陰で、コレットが恐ろしい事実に気が付いてしまったため、慌ててユーゴは娘の口を塞いでいたが。


「それでは自分は失礼します!」


「ありがとうございましたマイクさん」


(マイクめやはり! もし次があったらまた貴様を任命してやる!)


 もう自分の役目は終わったと、そそくさと部屋を出て行くマイクに、裏切りを確信するベルトルドは、次この怪物に頼る事があったら、またその任務に就けてやると決心していた。


「おっほん。お二人はお幾つですかな?」


「5さいです!」


「5さい」


「ははあ、もうそんなに……」


 気を取り直して質問したベルトルドは、片手を大きく広げている子供達を見て、つまりそれだけ大陸情勢が忙しくて会いに行けなかったのだなと、成長を喜びながら、まだまだここで自分が倒れるわけにはいかないなと、複雑な気分であった。倒れそうな原因の一部は目の前でニコニコしていたが。


「ねえパパ。ベルトルドさん、ドナートのおじさんとおともだちなんだよね? ぴかってしていい?」


「コーのさいそくきろくをこうしんするとき」


「うーん、ベルトルドさん忙しいからね」


「うん? ひょっとして、光の玉追いですかな?」


「そう!」


「コーとクーはさいきょうタッグ」


「ドナートから聞けば、何でももう魔法を使えるとか。せっかくここまで来たのですから、一手やりましょう」


「すいませんねベルトルド総長」


「なんの。私も忙しいからと、会いに行くのを延ばし延ばしにしていたのだ。これくらいどうという事はない」


 袖を引っ張って何かをお願いする子供達に、ユーゴは難色を示した。いきなり来ておいてあれだが、守護騎士団総長となれば多忙なのだ。だが、ベルトルドは親友が、この子供達と魔法の訓練でもある、光の玉追いをしたと言っていた事を思い出し、折角ここまで来て顔を見せに来てくれたのだからと、喜んで子供達に付き合う事にした。


「じゃあいくね!【ぴかー】」


「いざじんじょうに【ぴかー】」


「うーむ。話には聞いていたが、実際に見ると驚きしかない。【光よ】」


「むむむ! はやい!」


「これはなんてき」


「これでも守護騎士の総長ですからな」


 齢五つの子供達が魔法を使っている事は驚きだが、それでも光の玉で追いつかれるほどベルトルドは老いていない。滑らかに光を動かして、コレットとクリスを翻弄していた。


「あ、実は本題がありまして、あれは復活し損ねた竜だったのかな? 森一つを押し潰した肉の怪物を仕留めたんですよ」


「なに!?」


「すきあり!」


「どうようはしをいみする」


「なんの!」


 だがここで思わぬ援護が子供達に届く。怪物的にはそちらが本題だったのだろうが、すっかり気を抜いてしまっていたベルトルドは動揺してしまい、更にその隙を逃すような子供達ではなかった。制御の甘くなった光を気にせず仕留めようとする当たり、既に父親の血が見え隠れしていたが、捕まる寸前でベルトルドは回避して見せたのだ。


「一体どこでだ!?」


「地図あります? 北方山脈のど真ん中です」


「副長、地図を持って来てくれ!」


「こんどこそしとめる!」


「パパそのままはなしてて」


「まだまだ甘いですぞ! それでどの程度の強さだった!?」


「単なる竜未満でしたが、再生力がとんでもなかったですね。それこそ前回の竜の長程度はありました。まあそれだけでしたが」


「お前の物差しでのそれだけを信用できるか! その竜の長と同じ程度が一つだけでも大事なんだぞ!」


「ひっさつ! クーコーこんびねーしょん!」


「コークーこんびねーしょんにするべき」


「ぬううううう!?」


「それでなんですけど、また穴が……」


「今更だろう!」


 哀れ守護騎士団総長ベルトルド。彼はモンスターパパとモンスターチルドレンの同時攻撃を食らい、てんてこ舞いとなるのだった。


 場所は何度も何度も言うが、大陸でも非常に重要な守護騎士団団長室である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る